第9話 “王都への道は一日にしてならず”だが、三日もあれば足りるらしい

 言わずもがな、巨大騎士と歩兵では一歩の大きさが変わるので、俺達が操縦するクラウソラス等は騎兵隊と一緒に先行し、後続の歩兵隊や輜重しちょう隊を適宜てきぎ待ちながら徐々に進んでいく。


 なお、リゼルは小国である故に面積がそれほど無いため、レヴィアに聞いた範囲だと約一週間で国内横断が可能という事らしい。


(思ったより大きいのか小さいのか……)


 撤収以後の体感的な旅次行軍りょじこうぐん(戦闘を想定しない移動方式)の速度は毎時約4キロメートルで、休憩を挟んで日暮れまでに四刻前後は移動する予定となっていた。


 以上から判断して、七日で国土を横断できるというなら、移動距離は224キロメートルくらいだろうか?


 地理的に東西へ長いとの事だが、それだけでは全くもって国土面積が分からないので、昨日飲み明かして仲良くなった同僚に騎体の念話装置経由で問う。


『なぁ、ロイド』

『どうした?』


『リゼル騎士国の面積ってどの程度なんだ?』

『う~ん、うちの古書に“畿内きない”より若干狭いとあったね』


 畿内きないとは、山城やましろ大和やまと河内かわちいずみ摂津せっつを指す言葉で、先祖をさかのぼれば同郷となる此方こちらが理解し易いよう、少々考えてくれたのだろう。


(戦国時代の大名国といった感じだな)


 現実的には周囲で馬を走らせる騎兵隊など、服装や装備が西洋式のため適切な表現ではないが、勢力規模を想定するには丁度良い。


 現状でリゼルが独立を維持している事実もあり、似たような規模の国が乱立しているのかと思い至り、騎体に同乗するレヴィアへ確認しておく。


『ん~、うちよりも大きい国は幾つかあるけど…… 領主や諸侯の権限が強いから一枚岩じゃなくて、上手く外交で誤魔化せてる感じかなぁ?』


さくろうするだけじゃなくて騎士国はにもひいでているのですよ、クロード様』


 話に混ざってきたエレイアによると、かつて大陸を席巻した神聖ローウェル帝国という存在があって、今の国々は皆そこから分離独立したとの事だ。


 その中で腐敗しきった帝都中枢より離れ、当時のリゼル地方に本拠地を移した帝国騎士団が中心となり、騎士達の国家であるリゼルをおこす。


『そんな経緯もあって、“滅びの刻楷きざはし”にあらがう諸国同盟の御旗みはたは神聖ローウェル帝国時代の物を使っているのです』


 何処か誇らしげに語るエレイアの言葉を聞きつつも、異形種の侵攻で大同団結が進んだ事に皮肉さを感じていれば、視界の先で先導する騎兵隊が馬肢うまあしを止めた。


 それに応じて俺達も騎体の歩みを停止させて後方へ振り向き、距離が空いてしまった後続部隊を眺める。


 対小型種の散弾式マスケット銃を担いだ歩兵や、多くの小荷駄こにだを率いる輜重しちょう兵に混じり…… 噛み潰された腹部装甲をじ開けたまま、人工被膜しのクラウソラス五番騎が遅々たる速度で慎重に足を運んでいた。

 

 巨大騎士を動かしているのはディノ・セルヴァスなのだが、その表情は自身への苛立ちに満ちている。


(くそッ、俺はがたい愚か者だ! 浅ましいにも程がある)


 ふらりと現れた黒髪黒瞳の稀人まれびとに敗れ、騎体と相棒の幼馴染を奪われた彼は内心穏やかならず、専属騎士の誰かが戦場で失態をさらせばと願っていた。


 状況次第では自身に名誉挽回の機会が訪れると邪推じゃすいして、思惑通りに再び騎体の操縦者へ返り咲くも、共に鍛え合った騎士ルーディックと魔導士ミリアの戦死と引き換えだ。


(すまない、二人とも…… 安直な嫉妬心で目が曇るなどッ)


 ここ数日は良いところが無かったディノだが、厳しい鍛錬を乗り越えた優秀な騎士として物事の分別ふんべつわきまえており、私情に囚われて未だに捨てきれない己を恥じる。


ままならないな、何もかも』


 呟く少し年下の青年に対して、騎体の動力制御を担当する魔導士リーゼは辟易へきえきしてしまう。同乗して人工筋肉に埋もれている手前、彼の陰鬱いんうつな想いがずっと流れてきて少々迷惑なのだ。


『ちょっと良いかな、ディノ君』

『…… 何か用でも』


『悩み事があるなら、お姉さんが聞いてあげるよ?』


 さとすような言葉を差し向けられて逡巡しゅんじゅんしたものの、話せば楽になる事もあるかと溜息を吐き、観念したディノが仔細を語り出す。


『うわぁ~、何気に最悪だね』

『うぐッ、人の傷口に塩を塗り込むような事を……』


『でも、後悔している限りは良いんじゃないかな? 一片の曇りも無い聖者よりさ、迷いを抱いて進む愚者の方が私は信用できるわ』


 落とした後で励ましてくれるリーゼは腰まで伸ばした金糸の髪や、豊満な身体を強調するような衣装と裏腹に細やかな配慮ができるようで、気持ちが多少軽くなった蒼髪の騎士は素直に礼を述べる。


『気遣いに感謝する。未熟な俺を導いて欲しい』

『愛想が尽きない限りはね~』


 最後に照れくさくなったのか、茶化して応える新たな相棒に見限みかぎられないためにも、先ずは地力を上げていく事を誓い、ディノは大破した騎体をゆっくりと前進させていく……


 その頃、彼らを含むリゼル騎士団が帰投する先、王都エイジアを囲む長い歴史の中で造られた外壁の上、黒衣の騎士が曇り空の下に人知れずたたずんでいた。


 無骨な全身鎧にさえぎられて外見上は判断できないが…… まとうう雰囲気はアンデッド特有のそれであり、異形種に含まれる不死族の骸骨騎士に他ならない。



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