第10話 骸の騎士と騎士の王

「短命ナル人ノつくリシ、みやこカ……」


 北寄りに王城、南側には教会の大聖堂がそびえ立つ光景を一瞥し、むくろの騎士ガイウスはかつて栄えた不死族の都市を想う。


 人族とは根本的に異なる強大な魔力に加え、浅黒い肌を持った同族の一部は人生を謳歌した後、死してなお活動を止めずに骸人むくろびととなって生き永らえた。


 自然の摂理に反した所業は当初こそ問題を感じさせなかったが…… 死を超越して権力の場に居座る者達や、彼らが存在維持のため民草に課した魔力税などが不興を買い、都市民の暴動を契機とした大規模な動乱が各国で起きてしまう。

 

 混乱が収まらずに長期化する最中、忽然と現れた異形達に疲弊した文明を滅ぼされた骸人むくろびと達は長い眠りに就き、目覚めて以降は魂に刻まれた“摂理の盟約”に従って“滅びの刻楷きざはし”の一翼いちよくになっていた。


 リゼル騎士国内に建造されていた精霊門も元をただせば、この骸骨騎士が指揮を執っていたのだが…… 早い段階で相手方に浸透戦略が露見したのは不運としか言えない。


「リゼルヲしのイデモ女狐ガ出テクルゆえ、大森林ノ精霊門ハクレテヤルガ…… 対価ハもらウゾ」


 淡々と言葉を紡ぎ、懐から取り出した鈍色にびいろに輝く小さな多面体を高く放り投げる。現在は出払っている王都の騎士団がふわりと上空に浮かぶそれを見れば、精霊門の欠片を思い出すだろう。


 事実それは至極小型の転移門であり、王都の人々を護る堅牢な城壁の内側へ、次元の狭間で休眠していた大型の異形種を呼び込む。


「ブルァアァアアァ―――ッ!」


 嘶きを上げた全高16メートル程の巨大な牛頭の獣人が空より落下し、騎体運用が想定された大通りに地響きを鳴らして降り立つ。

 

 その場にいた人々が唖然としている間にも、武具を纏った大型異形は握りこんだ金棒を横殴りに振るい、街路に面した三階建ての建物を叩き潰した。


「「きゃああぁああぁ!」」

「「うぉおおおぉッ」」


「う、うわぁああぁッ、ぐべ!?」


 唐突な災厄に見舞われ、思わず叫んでいた男性が砕けた壁石の直撃を頭部に受け、訳も分からないままに血飛沫をらして絶命する。


 他にも建材の散弾を浴びた不運な者は多く、木片に貫かれて致命傷を負った老人なども周囲に力なく転がっていた。


「に、逃げろッ、王城へ向かうんだ!」


「ぐすッ、うぅ、お母さん」

「うぐッ、メリー、私のことは良いから行きなさい…… 誰かッ」


 片足が千切れかけて倒れ込んだ若い母親の叫びに応え、近くにいた男性が幼子を抱き上げて、一度だけ頷いて振り返らずに走り去っていく。


 凄惨な状況とえども蜘蛛の子を散らすように逃げ出した住民達を狙い、牛頭の巨大獣人ミノタウロスが追随しようとするも…… 大き過ぎて、狭い路地まで追いかけることができない。


「グォオオッ!」


 苛立ちの声と同時に潰した建物へ身を乗り出し、よじ登って自重で壊しながら奥側の屋根に金棒を叩き付け、再び逃げ惑う者達の頭上へ砕けた破片を振らせる。


 その光景は王城からも窺う事ができるため、既に王都の守備隊は動き出しており、大型異形の姿を確認した国王も御付おつきの魔導士と城内の駐騎場へ向かっていた。


「…… どこに行かれるのか、ストラウス王」


「決まっておろう、クラウソラスK型で迎え撃つ…… 動かせる騎体はあれしかない」


 当然だと言い放った相手を押し留めるため、無精ひげを蓄えた精悍な壮年の魔術師長ブレイズ・ルミアスは左手に持った錫杖を真横に突き出し、通れないように通路を塞いだ。


「K型は飾りに過ぎません。式典で動かすなら兎も角、実戦など論外ッ」

「はッ、隣国の女狐がなまくらな剣など造るものか、あれは十分に戦える騎体だ」


「そう言う問題ではないのです!」

「ならば、巨大なミノタウロスを守備隊だけで倒せると?」


 至極真っ当な問いかけに、視線を鋭くしたブレイズは静かに頷く。


「守備隊と魔術師隊の命を以って成して見せましょう」


「却下だ馬鹿者、お前の心配は有難く思うが…… 危険はあっても多くの命を救えるなら、私は騎士の王として行動しなければならない」


 止まるつもりがない国王に対する実力行使を躊躇ためらった事が裏目となり、魔術師長が錫杖に魔力をめた瞬間、抜き打ちの一閃で魔石をめた先端部が斬り飛ばされた。


「はぁ…… 変わりませんな、貴方は」


「ふん、貴様も物分かりが良くなったフリをしているだけで、何も変わっておらんだろ」


 にやりと破顔するストラウス王は確かに退屈だと愚痴っては城を度々たびたび抜け出し、城下町で街娘を口説いていた頃と何も変らない。


 本来は止める立場にある当時の護衛騎士ゼノスも一緒に楽しんでいたため、いつも割を食うのは御付おつき魔術師のブレイズだった。


(ライゼスの野郎は我関せずで、厄介事に関わらなかったしな……)


 当時、仲が良かった才気溢れる四人組も今や立場を変え、最早いい歳をしたおっさんになっている事実に溜息して、魔術師長は切断された錫杖を降ろす。


「いつも通り、迷惑を掛けるな」

「いえ、慣れていますから」


 短く視線を交わした後、ストラウス王は控えていた専属の魔導士と共に頭を下げたブレイズの脇を通り過ぎたが…… 角を曲がると第二の刺客がやってくる。


「お父様、街が大変な事に……」


 稀人まれびと由来のつややかな黒髪を揺らして近寄り、翡翠ひすいの瞳で見つめてきた一人娘のイザナは不安そうな表情を浮かべていた。


「…… これから牛頭の大型異形を討ち取ってくる、可愛い顔を曇らせないでくれ」


 大きな手でポフポフと丁度良い位置にあった頭を撫でながら、父親が余りにも不敵な笑みを浮かべたので、彼女は心配の言葉を出さずに飲み込む。


「ッ、どうか無理はなさらずに…… ご武運を」

「あぁ、直ぐに済ませてくるさ」


 “その方が臣民の被害もすくなかろう”と付け足したストラウス王が通り過ぎる間際、追従する若い魔導士の女性にイザナが声を掛ける。


「お父様の事を頼みます、サリエル」

「はい、身命に賭して……」


 静かに頷いて父親を追う魔導士を見送りつつも、イザナが嫌な予感を打ち消す事ができない中で、やがて王都に残された唯一の騎体であるクラウソラスK型が正門より大通りへと出撃していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る