第27話 予感

 子供達の魔力量増強の訓練を初めて2週間程経過した。


 昨日、伯爵へ子供達の成績の中間報告が行われ、作業室にいる指導員ブルジンとエメーラは、いつも以上に和やかな顔をしている。

 それもそのはず。我が2組の全員が魔法石を7個以上充填でき、その結果が中間報告に盛り込まれているからに他ならない。ちなみに1組の方は数名が脱落したものの、概ね全員が7個以上の成績を出すことができた。訓練の優先度的に我が2組を優先したため、1組の子供達の仕上がりが遅くなったのが要因であることは明白であるため、この時点で脱落者が出ても何の心配もない。冬までには全員が『良』以上の成績を収められるはずである。


 この施設の子供達全員に教えるのに1週間ちょっともかかってしまった。班ごとに教えるのではなくひとりひとり個人を呼び出し、施設長のグレン等を交え教えてきたので、時間がかかったのだ。そしてそこで教えることは最低限にとどめている。私達5班全員がやっているようなことはしていない。

 5班以外には魔法という言葉も使っていないし、今行っている仕事が、魔法石に魔力を、という事も伝えていない。単に死なない程度魔力量を増やすという事だけに留めている。


 要は、いくら素直で純朴な子供達であろうが、指導員の命令が絶対であり守るべきものであろうが、口約束程度では子供達から情報が洩れる可能性が捨てきれないからである。

 子供とはいえ、ある程度信用の置ける人間だと判断しなければ教えないように心掛けているのだ。グレンにもそのことは重々念を押している。


 5班以外の子供達には、魔力を巡回させ『これを毎日続ければ仕事が疲れにくくなるよ』とだけ言ってある。グレン達にも協力してもらい、このことは他言無用だと個々に念を押している。

 グレンには、地下の部屋に戻る子供達へ、毎晩魔法石を一つ渡すようにお願いしている。子供達には魔力の循環をしながら、魔力を少しずつ魔法石に移すことをしてもらうためだ。魔法石を両手で挟むようにしながら魔力の循環をすることにより、僅かだが魔力が消費される。

 魔法石への充填としては効率が悪いのだが、魔力の自発的消費になれば、魔力量の伸びも多少は良くなるので、暫くはこの方法で魔力量の増強に励んでもらうつもりだ。

 ちなみに魔力充填用の器具を使わなければ、魔法石への充填率は格段に落ちる。数割程度しか充填できないので、今の子供達に6等級一つを満充填する魔力はないので、光ることはないだろう。

 これは疲れないようにする訓練、と認識してもらっている。人間性をみておいおい魔法の話をしなければならないだろうが、今の所はこれでいい。


 子供達には個々に、魔法石を一日何個まで充填する事、とグレンから命令している。怠けて少なくてもダメ、調子に乗って多くてもダメ。各指導員の監視も厳しくするように徹底している。


「なあトーリ、俺様は9個までで本当にいいのか?」


 休憩中のカイが少し面白くなさそうに小声で話しかけてくる。

 約2週間の訓練で魔力量も結構増え、ちょっとやそっとでは疲れなくなってきているので、まだ魔法石に魔力を充填したそうにうずうずしているのだろう。

 調子に乗るな、計画が崩れてしまう。


「うん、前も言った通りカイにはこの領地に残って、皆を纏めてほしいんだよ」

「そ、そうか、責任重大、ってことだな?」

「うん、責任重大だよ」

「そうか……わかった、俺様に任せておけ!」


 カイは根拠のない自信をつけ、やる気に満ちた返事をした。

 カイには『良』の成績でこの領地に残ってもらうことにしたのだ。我が5班の半分は王都に行き、もう半分はこの領地に残る予定である。

 全体としては、15名前後を『優』として王都へ、残りがこの領地に残留。私達5班は全員が『優』として王都へと行けるのだが、計画的に半数しか『優』を出さない予定だ。


 カイがみんなの纏め役といったのは嘘ではないが、もう一人、重要な子をこの領地に残すことにした。

 私の次に魔力量のあるポーも『良』として残ってもらうことにしたのである。理由はいろいろとあるが、ポーが残ってくれると今後の行動に都合が良い、といった所だ。

 彼女も私の提案に素直に応じ、只今魔法の訓練の真っ最中である。ポーにはなんとかここにいる内に魔力量を早急に増やしてもらい、ある程度の魔法を伝授させたいと考えている。冬が明けるまで、他の施設に移り本格的な作業に入る前までには、上級魔法を覚えてもらいたいと考えているのだ。


 5班から王都に移動するのは、私、クリス、ハル、エマ、バラン、の五人。この領地に残るのは、カイ、ポー、サミー、ミルザ、ジム、である。それぞれ男子二人、女子三人に振り分けた。

 予想外だったのはサミーである。サミーはこの施設に来たときには、一番衰弱が激しく、今にも死んでしまいそうなくらいの子だったのだが、この数週間で見違えるように健康的になった。

 それと併せ魔法の素質も十分以上にあったようで、今では5班の中でも上位の魔力量を保持しているまでになっている。

 サミーはカイの無償の優しさに感銘を受けたのか、特にカイに懐いているようで、部屋に戻るといつも一緒に訓練に励んでいる。カイと同じ班分けにしたのは魔力量が多いのもあるが、どこかサミーとカイを引き離しがたく感じたからだ。


 一応中間報告で良い結果を残せているので、私達は幾分余裕をもって作業に従事していた。

 そろそろいったん作業を終え、読み書き計算の授業が始まろうとした時、どこか不穏な空気を感じたのか、隣で作業をしていたクリスが私に耳打ちをしてくる。


『ねえトーリ』

『どうしたのクリス?』


 クリスを見ながら問い掛けると、クリスは視線だけを入り口に向け、どこか不安そうに話し出す。


『アイラス指導員、なんかおかしくない?』

『んん?』


 アイラス指導員がおかしい、それだけでは意味があまり伝わらない。

 何がおかしいのか。服装がおかしいとか、頭がおかしいとか、顔がおかしいとか、態度がおかしいとか言葉的に色々とあるだろうに。

 そう思いつつもニュアンスは伝わってくるので、入り口付近にいるアイラスに視線を向けた。


『……なにか挙動不審だね』


 アイラスを観察すると、ちらちらと廊下を気にし、扉の前をうろうろといったり来たりしている。いかにもおかしいな挙動、といった感じだ。


『でしょ? いつもと違うよね』

『だね……』


 普段なら作業場の端の方で不機嫌そうに子供達を睨んでいるのが、アイラス指導員の日常だ。それが今日は出入り口の前で廊下をしきりに気にしている。エメーラとブルジン指導員は、普段からアイラスとは話も少なめで疎遠にしている風なので、アイラスの行動を気にも留めていない。二人はアイアラスの行動よりも、2組全員の中間報告の方が嬉しいようで、にこやかに子供達の指導を行っている。


『私、何か嫌な予感がするよ……』

『そうだね……』


 いやな予感。その予感は大切だ。

 もその場の空気を察知することは必要だ。それが良い空気なのか悪い空気なのか、危機を察知する能力は、とても大切なものである。

 アイラスは、一見誰にでもわかる程に挙動不審だが、少し注意を向けなければ分からない程度の不審さだ。皆真剣に作業をしていれば、わざわざ注視するほどのものでもない。しかしクリスはその僅かな空気を感じ取ったのだろう。


 魔力、魔法の発現には未だ謎の部分が多い。

 魔力を操れるようになると、たまに自然と魔法的な何かを発動させてしまう人がいる。

 目に見えないところにいる人の気配を察知できるようになったり、他の人の次の行動を漠然と分かってしまったり、時には数日先の出来事まで言い当ててしまうこともある。

 これは魔法として意図して発動しているわけではない。その本人の持って生まれた特技、能力といって差し支えないだろう。


 クリスは、おそらく生まれながら何らかの特技を持っていたのかもしれない。言ってみれば危機察知能力的な何かを。それが魔力を意識して使うことによって覚醒したのかもしれない。

 クリスが嫌な予感がすると発言したことで私も魔法を発動し、周囲の状況を探る。


 ──ん?


 すると下階の方に複数の気配を察知した。

 施設長のグレンは指導員室にいるが、玄関ホールの辺りに3人ほどの気配がある。その気配はゆっくりと移動し、階段を上ってくる。


『数人が階段を上ってくるね』

『えっ? 今の時間なら1階にいるのは施設長だけだよね?』

『うん、でも施設長じゃない。一人はたぶん隣の作業室の指導員だね。他の二人はよく分からない。初めて感じる気配だよ』

『初めて? って、トーリ、見もしないのによくわかるね?』

『あー、うん。これも魔法の一つだよ』

『へーやっぱり魔法って凄いね!』


 クリスは魔法の有用性に驚いている。

 しかし魔力量を伸ばし、魔法さえ覚えてしまえば誰にでもできることなので、そう驚くほどのものではない。私としては先天的に特技を持っている方が驚くべき存在である。

 魔法を使わなければできないことを、自然体で常時発動できるなんて羨ましくてしょうがない。


『むーん……これは少し厄介かな……』


 クリスの言うように今階段を上ってくる3人には、ある種険悪な雰囲気を感じ取れる。

 それにその中の一人は、明らかに魔力量が多い。

 だが多いと言っても、ここの子供達よりは多いというだけで、それほどたいしたものではない。今のポーよりも僅かに多いくらいだ。相手がどのくらいの年齢なのかは知らないが、大人の平均的な魔力量より若干下回る、そんな感じである。


『厄介? どうして?』

『もしかしたら、魔法を使える誰かがここに来たのかもしれない』

『魔法が使える誰か?』


 クリスはよく分からなそうに首を傾げているが、これは厄介極まりない出来事である。

 この国で魔法を使える何者かは、それ即ち貴族。もしくは貴族の息のかかった者でしかない。


 そんな人物がこちらへ向かってきているのだ。


『クリス、なにが起こるか分からないから皆に注意するように伝達頼むよ。それとなるべく平静を装うようにね』

『わ、分かった!』


 クリスは私の命令を受けると、他の子供達にひそひそと耳打ちをして注意喚起して回る。



 そして再度クリスが席に着いた瞬間、それは起こるのだった。

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