第26話 グレンとの話し合い
5班の全員に魔力の増強を始め2日目を迎えている。
そして私は、早くも施設長のグレンから呼び出しを受けたのであった。
魔力というものを5班の全員に教え、実質初日の作業だけで全員の魔力が格段に増えていたのが主な原因だろう。
私もそれなりに結果は出るだろうと考えていたのだが、これほど劇的に変わるとは考えていなかった。全員、遍く10個以上の魔法石を魔力で満たしたのだ。
一番多かったのはポーの12個。勉強や休憩を含めると時間的にそれ以上は厳しく(手を載せるだけで魔力は込めるなと指示している)、実質それが最高記録だ。それでも身体的な疲れもほとんどなく作業を終えたポーは、確実に魔力量が増えている。下手をするとメリンダ王女と同程度の才能を秘めているのかもしれない。将来がとても楽しみだ。
魔力を自覚して魔力経路を開発、そして魔力の自発的な消費。それをするだけで、わずか一晩で結果がでてしまったことに、私も大いに驚いたものだ。
魔法という存在を知らなかった子供達が、こんなにも可能性を秘めていたとは、私の研究に新たな一ページを飾ることができた。
という事で朝一で呼び出された私は今、頭を抱えている施設長のグレンの目の前に座っている。
「はぁ……数日で結果を出すとは聞いたが、まさか初日からやらかしてくれるとは……」
「あはは、僕も想定外でした」
溜息を吐き、苦渋の表情をしたグレンとは対照的に、あっけらかんと返す私に向ける視線は、とても疲れているような感じである。
子供達の想定外な成長に、グレンは相当に驚いているようだ。
斯くいう私も驚いているのだが、それはこの世界が異常なだけであって、本来はこれが普通の状態なのだ。前世でなら、早ければ4歳ぐらい、遅くとも7歳くらいから魔法の練習を始めるのが普通である。しかしこちらではだれも魔法を知らないので、その辺りの常識的なことを私も忘れていたようだ。
「さて44番、そこで相談なのだが……」
グレンは困り顔で重い口を開いた。
「こうも明らかな結果が出てしまったのだから、君の実力は本物と認めざるを得ない」
「まあ、お察しの通りです」
初日の結果を目の当たりにしたグレンは、ほんとうに私が魔法の知識を持っていると確信したようである。
「そこでだ、今後の方針としてなんだが……」
「分かっています。僕に考えがあります」
少し言い淀むグレンに対し、先読みして答える。
今回の結果を鑑みて、どうしても全員にこれを教えることはできない、とグレンが考えていることは理解している。
教えた翌日に5班の全員が10個以上の魔法石を満タンにして見せたのだから、当然他の子たちに教えても同じような結果になるのは目に見えている。しかしそれは余りにも不自然で、余りにも荒唐無稽。誰の目から見ても怪しまれないわけがないのである。
それに彼等指導員の間にも少なからず問題を抱えているともなれば、なるべく目立たない方がいい。できればこれ以上は教えない方がいい、いや、教えるべきではない、とグレンは決めているのだろう。
しかし残念ながら私は、そこまで簡単に子供達を切り捨てることはできない。
「と、その前にひとつ言わせてもらいます。施設長は他の子たちを切り捨てるつもりなのですね」
「ぐっ……」
グレンは私の指摘に息を飲む。
その指摘が正鵠を射ている証拠だ。
「だーがしかし、僕はそれを許容しません!」
「──なぁ!」
「あなたたちの考えていることは間違ってはいないでしょう。ですが、そんなことをしても根本的な解決には至らない。そうではないですか?」
切り捨てるとは、それ即ち私達5班以外の子供達は死ぬ可能性が非常に高いという事だ。
「……だ、だが、これ以上不審な魔力の成長は、君達の中か私達の中に魔法を覚えている者がいると悟られかねん。断腸の思いだがそうするより他方法がないではないか」
「いいえ、それでは何の解決にもなっていないですよね? 施設長、あなたは子供達を死なせたくなかったのではないのですか? ならもっと知恵を絞るべきです」
「知恵と言ったって……魔法に関して私には何の知識もないんだ。無理を言わないでくれ」
「魔法の知識など必要ないでしょ。ただ子供達を死なせないように、どうにかすることを考えなければならない。そうじゃないですか?」
「……」
魔法の知識がないから無理だというグレンに、私は正論を説く。
グレンは施設の成績よりも子供達の命だ、とこの前はっきりと明言していたのだ。それを曲げるようなことをして欲しくはない。
知恵は、魔法が使える使えないに係わらず、人として持ちうる英知なのだ。知恵があるからこそ魔法もこの世界に生まれたのだから。
グレンは私の言葉に返す言葉もなく唸っている。やはり心の内は複雑なようだ。
ということで、ここで私の作戦を開示する。
「聞いてください。とりあえず、僕達5班の方針ですが、半分を『優』もう半分を『良』でとどめたいと思います」
「な、なんだと! なぜそんなことをする! 昨日の結果では、全員が『優』ではないか」
「ええそうです。ですが、それをしません。今日からは半分の5人で10から12個完成させ、残りの半分を7から9個までに留めます」
「な、何故なんだ!」
グレンは私の提案の意図を把握できないでいる。
既に優秀者としての基準に達しているのに、何故に態々半数を『優』の基準から下方修正するようなことをするのか、理解できないでいる。
このまま子供達の訓練を続けると、おそらく優秀者の基準など遥かに超えてしまうだろう。本来の使い方であの器具を使うことができるのであれば、6等級魔法石で1日30個から100個ぐらいは充填できるかもしれない。
そうなれば、この施設で選別している基準など根底から覆されるのだ。
そもそも最重要事項は、子供達を死なせない事、ただ一点である。
であれば、『優』でも『良』でも、どちらでもいい。奴隷落ちさえしなければ、後の生存は保証されたも同然なのだ。
王都に行こうが、この領地に残ろうが、魔力量的に余裕があれば問題ないのである。
ただ問題は、王都に行った後の事だけだ。『良』の子供達はこの領地の専用の施設に送られる。それは施設長のグレンが経験済みなので、そこでの子供達の待遇は予想に難くない。しかしここの施設には王都の施設にいた指導員はいないのだ。王都の施設でも同じようなことをするのではないかとグレンは言っていたが、本当に同じ作業をするかどうかも分からないのである。
この領地の施設の事はグレンに訊けばおおよそは分かるだろうが、王都の状況がなにひとつとして分からない。そこに5班全員を送るのもどうかと考えたのだ。
王都の状況も知りたいし、この領地の状況も知りたい。私達の班全員が『優』で王都に行ってしまえば、ここの情報が全くなくなる。どちらにしても王都への移動は冬前、ここに残る子供達は冬明けまではこの施設にいるのだから、ある程度初歩の魔法は使えるようになっているだろう。
とにかくこの国の状況を知り、このいかんともしがたい平民の扱いを改善したい、と考えているのだ。
王都の状況を探りつつ、この領地の状況も探る。そしてどうすればこの国を改善できるか指針を作らなければならない。それには一か所に集めるよりも、分散した方が良いのだ。
私はこの国を抜本的に改革してやるつもりだ。
「それは追々説明します。今は全員を死なせないようにすること。重要なのはそこだけです」
「……」
私の意見にグレンは何も言えなくなった。
その後、私はこれから子供達を死なせないための作戦を伝えた。
とりあえず、『優』の者は15名まで、その他全員を『良』でこの施設から出そうと決定した。とにかく魔力量を増やせば死ななくなるので、子供達を奴隷落ちさせなければいいだけだ。
方法は私に一任という事で決まり、子供達の指導はグレン他数名の指導員が行うことになる。
貧困に喘ぐ農村で生まれ、教育も行き届いていなかった子供達は、意外と素直だ。グレンや他の指導員の指導に逆らう者はあまりいない。「飯抜き」の呪文が発動すると、誰もが従順してしまうほどだ。よく言えば純朴、悪く言えば単純で扱いやすい。なかには私のように反骨心を持った者もいるのあろうが、今は指導員の大人の意見が絶対なので、この施設にいる内に魔力に関しての徹底した教育をしてもらう積りだ。
ここではグレン達がいるからいいが、他の施設に移るとまた別の指導員的立場の人間の下に着くことになる。そこで魔法のことが発覚したら処分されてしまう可能性が高いのである。この施設にいる内にその危険性を子供達に刷り込んでおかねばならないのだ。
こうして子供達の魔力量増強作戦が始まるのだった。
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