第25話 魔力を消費してみよう

「という事で、これからは暇があったら魔力を意識して巡らせることを忘れないでね」


 小一時間の訓練により、5班の全員が魔力を体内で循環させることに成功した。

 これができれば、あの仕事もかなり楽になる。しかしここからが大変なのも事実だ。魔力量を増やすためには、自分の意志で魔力を消費することが必須である。しかし皆にその方法は今の所ない。効率は悪いが、魔法石があれば魔力を直接魔法石に移せばいいのだが、この部屋には魔法石などない。

 簡単な魔法を覚えさせれば早いと思うかもしれないが、皆にはまだ早すぎるのだ。もう少し魔力経路を鍛える必要がある。初歩の魔法を教えるのは数週間後になるだろう。他にも魔力自体を無属性魔法として体外に強制的に放出することもできるのだが、今の皆には負担が大きい。なのでこれも却下だ。

 だがそう悠長なことは言っていられない。とにかく数日の内に結果を施設長のグレンに見せる必要があるのだ。そのためには私がみんなの魔力を消費させるしか方法がないのである。


「それから寝る前には必ず魔力を消費すること。魔力を増やすには、魔力を消費するのが一番だからね」

「トーリ、ちょっといいか? 魔力の消費ってどうやってやるんだ? 魔法ってやつを使うのか?」

「魔法か、なんか凄そうだね!」


 カイが魔力の消費方法を訊いてくると、クリスがウキウキとした表情で見てくる。


「それはもう少し後からだね。しばらくの間は僕がみんなの代わりに魔力を消費してあげるよ」

「……そんなことできるのか?」

「うん、任せてよ」


 私は常に魔力を消費するために多数の魔法を使用している。身体強化や暗視、遠視、それに偵察マウスに掛けている視覚聴覚共有魔法など、自分の魔力を日夜増やす努力をしているのだ。

 ちなみに今では偵察マウスは5匹いる。常に魔法を掛けて置き、必要な時に情報を収集できるようにしているのだ。


「それじゃあそろそろ寝た方がいいから、早速始めようか。カイ照明を消して」

「おう、分かった」


 カイは扉付近にある照明魔道具のスイッチに手を触れ照明を落とすと、部屋は真っ暗になった。


「──【ライト】」


 部屋が真っ暗になったところで私は光源魔法【ライト】を唱えた。私の左手の上に球状の光源がぽわん、と光を放つ。

 ──おおー!

 と、全員が私の灯した光源魔法に驚嘆した。


「すげえなトーリ、それが魔法、なのか?」


 カイが凄いというが、これは生活魔法の中でも初歩の初歩の魔法でもある。みんなも少しすれば覚えられる魔法だ。


「うん、これは【ライト】という光源魔法だよ。とりあえずみんなベッドに横になって魔力の循環をしていて。それじゃあクリスから始めようか」

「う、うん」

「僕の右手にさっきと同じように魔力を流すように送ってくれたらいいよ」

「分かった」


 今度は両手ではなく片手だけで手を繋ぐ。先ほどは両手を使い魔力を循環させる要領で魔力の動かし方を覚えてもらったが、今回は送られた魔力を私の魔法で消費する、という寸法だ。


 クリスが魔力を流し始め、それを受けて私は左手にある光源魔法にその魔力を注いでゆく。すると球状の光の球の輝度が徐々に上がってゆく。

 それを見た他の子たちは、明るくなってゆく部屋に再度驚愕する。


 魔法の出力は、込める魔力の量に比例する。別に高度な魔法でなくとも、込める魔力量を調整するだけで出力は増減するのだ。もっと細かく言えば、輝度を固定し発光時間を最初に設定することもできるのだが、魔力を消費するだけならその術式は不要である。

 例えば火種に使うごく小さな火も、建物を丸のみにするほどの大きな炎でも、元は同じ火属性の魔法である。たんに込める魔力の量でその炎の大きさを調整するだけなのだ。


 発動する呪文や魔法陣で最初から決まった大きさの炎を出すこともできるが、根本は同じ魔法の延長線上にある魔法なのだ。それを生涯かけて研究し、新しい魔法を開発するのが魔導師の中でも賢者と呼ばれる人種なのである。私はその上の大賢者である。


 魔力を流していたクリスの魔力が小さくなってきた。


「クリスもういいよ」

「ふぅ~、あの石に魔力を取られるよりも、かなりきついね、これ」


 魔法石に徐々に吸い取られるのと違い、短時間で一気に魔力を放出したのだ。それも魔力というものを自覚して初めての魔力放出なのだから、かなりの疲労感が襲うはずである。


「うん、魔力が少なくなれば疲れるのは当たり前なんだ。でも初めてにしては頑張った方だよ」

「そっか、私もっと頑張るね!」


 そう言ってクリスは布団にもぐり込んだ。相当疲れたのだろう。


 こうして全員の魔力を消費し、私も眠りにつくのだった。

 ちなみにポーの魔力を消費していた時、ここの誰よりもライトの魔法が眩しいほどに輝いた。輝度によって魔力量の目安にもなるので、暫くはこの方法で魔力を消費しようと思う。ポーの魔力総量は、今時点で6等級魔法石約3個分だと思われる。これならば数日中に休憩なしで10個の魔法石を充填できるかもしれない。


 こうして我が5班は魔力の増強に取り掛かるのだった。




 ベッドに横になり偵察マウスからの情報を確認した。


『施設長。44番はどういった感じでしたか?』


 日課の打ち合わせが済んだようで、各自自室に戻って行ったようだが、施設長のグレンと私達の担当であるエメーラ指導員とブルジン指導員が指導員室に残り話をしていた。

 グレンに話しかけたのはエメーラ指導員である。


『ああ、おそらく私の考えた通りの少年だった』

『そうですか。では44番に頼むのですか?』

『まあそうなる……』


 施設長のグレンは、ふうと静かに息を吐きながら椅子に背をもたれかけた。


『それよりもあの44番、本当に農村産まれの6歳の子供なのか?』

『ええ、そう聞いていますけど……』

『あれは年齢通りの子供じゃない。いくら何者か分からない奴に教育を受けていたとはいえ、あそこまで大人を手玉に取るような子供はいない。まるで老獪な貴族のジジイに匹敵するしたたかさがある。会話の主導権を握り、こちらの行動をあらかじめ予想しているかのような言動、どれをとっても6歳の子供とは思えない狡猾さだった』


 グレンは眉間を揉み解しながら、私との会話を思い返しているのだろう。

 少々やり過ぎたか、と思うが、それくらいでなければ情報を引き出せなかったと理解している。自分の立場を明確にしなければ相手に見くびられかねないのだ。そもそも6歳の子供にまともに大人が相手してくれるとは思えなかったからだ。


『確かに彼、44番は他の子供達とは纏っているオーラが違いますからね。私もつい彼を子供だとは思えず対応してしまいますよ』


 ブルジン指導員も私の事を子供らしからぬ存在と認識しているようだ。


『でも、本当に44番は魔法を──』

『──おいエメーラ! どこに耳があるか分からんのだ、不用意にその単語は発するな‼』

『す、すいません!』


 エメーラ指導員が魔法と言いかけた所で、施設長のグレンはエメーラ指導員を叱責した。

 そして部屋を見回し、特に奥に指導員の部屋がある扉に鋭い視線を向けた。しばらくして人の気配がないことを確認してから再度会話に戻る。


『いいか、今の所我々以外にこのことは知らない。万が一外に漏れてみろ、44番どころか我々も消されかねないんだ。お前らの組のアイラス、それに隣を受け持つているピート、特にベルゼスに聞かれでもしたら我々も売られかねん』

『確かに……』

『ですよねぇ~44番を寄越せとか言っていたベルゼスはほんとに厄介ですからね……』


 3人は小声で話す。

 どうやら指導員も一枚岩ではなさそうだ。アイラスというのは私達の作業室の3人目の指導員なのでよく知っている。確かに他の二人の指導員ともあまり仲良くはなさそうだった。そしてベルゼスというのはおそらく、あのいつも気怠そうにやる気なさそうにしている男の事なのだろう。やっと名前が分かった。


『という事で、44番は5班の全員で数日中に結果を出すと言っていた』

『数日? ですか?』

『そんな短期間で結果を出せると?』

『ああ、彼は数日もあれば大丈夫だ、と自信満々だった。あれは嘘をついていない眼だった』

『そんな事……』

『もしそれができるのならば、目標も達成できますね』

『いや、そう楽観視はできないだろう……』


 結果が出せると喜色を浮かべたエメーラとブルジン指導員は、グレンの言葉に怪訝な顔をした。


『もしも5班全員が結果を出したとして、他の全員も同じく結果を出したらどうなる?』

『全員が優秀ならば、それでいいのでは? 他の施設を出し抜くチャンスですし』

『そうですよ。それに死んでしまう子たちも少なくなりますしね』


 子供達全員が優秀者として結果を出せば、施設の成績も上がり死ぬ確率も減ると、エメーラとブルジン指導員は再度明るい顔を見せる。

 施設の成績だけならエメーラとブルジン指導員のいう事は正しい。しかし施設長のグレンだけはそうは考えていないようだ。


『そう簡単には行かない。その事実が知られたら、必ず伯爵様からの調査が入るだろう。そうなれば何故全員が結果を出せたのか遅かれ露見してしまう。子供達全員が例の事を知っていると結論づけられるだろう』

『確かに……そうなれば厄介ですね……』

『でも、このままではほとんどの子が、また私達の時のようになるんですよ? 少しでも生きる可能性があるのなら、私は良いと思います』

『エメーラの言いたいことは痛いほどわかる。それでも極端な結果を出すわけにもゆかない。限度というものがある』

『じゃあ施設長は優秀者以外の子達をまた見殺しにするのですか? それを選別するのは誰ですか? 私は嫌ですよ、死んでいい子供達を選ぶなんてできません。私は反対です!』

『そうじゃない……できれば全員に生き残る道があるならそれを選択したい。だがそれにも限度というものがある。あまりにも危険な賭けだ』

『でも……』


 どうやら施設長のグレンは全員を優秀者にはしたくないようだ。

 確かに全員が優秀な成績を出せば、不審に思われるのは必然だろう。昨年まではギリギリの成績しか出していなかったに過ぎない施設から、今年になって全員が優秀者になることがおかしいのだ。疑われて当然だと思う。

 するとある程度の人数にだけ魔力量を増やす方法を教えるということになる。しかしそうするためにはまた選別が必要になる……。

 生き残る子と見殺しにする子、それを指導員が選ばなけらばならないともなれば、そこに呵責が生じても仕方がない。彼等は神ではない、同じ人間なのだから。これは難しい問題だ。

 仮に私達5班が全員優秀者になれたとしたならば、その他の全員は今のままになるのかもしれない。私達の作業室で5班以外に優秀な成績を残せそうな子は、他の班にあと一人か二人程度しかいないので、それで打ち止めにされる可能性がある。


『とにかく今はまだ不確定事項だ。44番が自信満々でも、本当に5班の全員が優秀な結果を残せるとは限らん。まずはその結果を見てから再度考えよう』

『そうですね、結果も出ない内から悩んでも仕方がない。エメーラ、君も少し頭を冷やしなさい』

『は、はい……』

『では今日はこのくらいにしよう。二人には、明日から今日以上に監視の目を厳しくしてほしい。いらぬ言動がないか見張るのも君たちの仕事だ。44番はそれなりに頭も回るが、5班のその他の子はそうだとは限らないからな』


 グレンの言葉に二人は『了解しました』と返し、話を終え各自部屋へと向かった。


 これはもう少し考えなければならない要素が増えた。

 私は偵察マウスとの同調を切り、少し考えながら眠りにつくのだった。



 この時、私がもっと気を付けていれば、何者かがその会話を盗み聞きしていたことに気付けていたのだろうが、この時の私はそれに気付かぬままだった。

 そして後に事件が起きるまで……。

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