第24話 魔力を感じてみよう
カイと二人で風呂に入りながら、今行っている作業の詳しい説明をし、大まかな方向性を決めて風呂から上がった。
カイには魔力や魔法の事を包み隠さず話すことに決めていたので、その説明に多少苦労はした。「まりょく?」「まほう?」と、初めて聞く単語にカイは頭を悩ませていたが、概ね理解してくれたようだ。
とにかく皆の魔力を増やすことで、この先の危機を回避できるのである。その為にカイにはリーダーとして皆を引っ張ってほしいことを告げると、カイは二つ返事で了承してくれた。
うまく行ったと胸をなでおろす私だった。私は他の先頭に立って引っ張ってゆくことは苦手なので、カイに押し付けた形だ。
「みんな聞いてくれ。これから重要な話があるから、テーブルに座ってくれ」
少し長湯してしまい、若干のぼせ気味で顔を赤くしたカイがみんなに向けてそう宣言した。
「なんなのカイ? もう寝ようと思ってたんだけど」
「クリス、寝るのは話の後にしろ。それだけ重要な事なんだ」
自分のベッドでうつらうつらしていたクリスが不機嫌そうにカイに言うが、カイはキリっとしたのぼせた顔で真剣に返した。ちなみにつんつん頭は、今は濡れていてペシャッとしている。
他にも眠そうな子や、既に眠りかけていた子もいたが、カイの声を聴いて素直にテーブルに集まってくれた。
皆素直で良い子たちだ。文句をいう子は一人もいない。
全員が席に着くと、カイは皆を見回してから話し始める。
「いいか皆。昼の仕事で疲れていて眠いかもしれないけど、今から話すことを真剣に聞いてくれ──」
カイは私が話したことを自分なりに解釈し、皆に説明した。
私が難しい言葉を選んで話すよりも、カイのように思った事を伝えられるとみんなの理解も早いだろうと考えたのだ。故に大まかな説明はカイ任せである。
カイの説明は要点こそ捉えてはいるものの説明不足は否めない。しかし意外と分かり易く伝わっているようだった。
このままなら大人になれない事。大多数が確実に死んでしまう事。それをしないためにどうすべきか。一連の説明を終えたカイは、一人一人の顔を見ながら締めくくる。
「──という訳なんだ。皆はどうしたい? このまま黙っていて大人になれずに死ぬか、それともバレたら危険だけど、トーリに「まほう」というものを教わって、生き延びるのと」
カイの話を聞いた子供達は、それぞれ顔を見回している。
カイが言うには、魔法の事も包み隠さず皆に話した方が良い、という事なので、カイの好きなようにさせた。というよりも、魔力や魔法という言葉も知らない彼等、彼女等に、どんな言葉を使って説明しても同じだろうという結論に至ったのだ。いくら誤魔化し言葉を変えても、魔力という本質を伝えるのは一緒である。であれば、それを教えた後にどうするかを、皆で話し合って決めた方がいいとカイが提案したのだ。なんとも正論で私の方がカイに教わったような気分である。
突然告げられた事実を理解しているのかいないのか、本当に理解するにはカイの説明では拙く物足りないが、それぞれ思うことはあるみたいだ。
すると一人の女の子がおずおずと手を挙げた。
「わ、わたし、死にたく、ない……」
おどおどとそう話す女の子。それはこの施設に来る前まで、皆の中で一番衰弱していたサミーという子だった。
ここでまともな食事を摂れていることもあり、今ではすっかり元気になりっつつあるが、死にたくないと発言した彼女は、とても切実な表情だった。
サミーの村はそれなりの大きさの村だったが、そこから売られた子供は彼女一人だった。きっとサミー以外の子供は既に餓死していたのかもしれない。それに村自体も荒んでおり、大人たちの数も少なかった。サミーの親も今にも餓死しそうなほど痩せこけていたし、彼女だけでも売れば生きながらえると考え、なけなしの食料をサミーに優先的に与えていたのかもしれない。
周りの子供や大人たちが餓死してゆく中、自分もいつ死んでもおかしくない環境を生き抜いてきたサミーにとって「死」とは、とても身近にあったものなのだろう。それ故に「死にたくない」というサミーの心からの言葉がとても切実でいて、必死に生に縋ろうとしていることが窺えた。
そしてこれから先、餓死ではないが、また死の危険がその身に迫ろうとしていることを知り、生存本能から「死にたくない」と口に出したのだろう。
するとサミーの発言を皮切りに、ぽつぽつと手が挙がる。
「お、オレも死にたくない」
「あたしも!」
「ぼくも!」
と、次々とサミーに賛同した。
「なんか知らないけど、このままならいけないような気がする。カイの言う事はあまりあてにならないけど、トーリがそう言うのだったら間違いないよ!」
「なんだよそれ! トーリはともかくとして、トーリの親友である俺様の扱い酷くねえ?」
「だってトーリの方が頭いいし、信用できるもの」
「う、うるせえクリス! 俺様だって──」
「まあまあ、喧嘩はしないで」
クリスとカイの言い争いを宥める。今はそんな事をしている暇はない。
とはいえ、カイもそれなりに考えてくれているし、そんなに頭は悪くないと私は感じている。ただ知識が少ない分いい加減に話すし、自己主張が前面に出ているだけなので、誤解されるのかもしれない。言葉や文字、計算の覚えも早いし、それなりに知識を蓄えれば有能な人物になるだろう。
「とりあえずみんなの意見は一致したみたいだね。それなら話は早い。早速始めようか」
私はカイの説明を捕捉するように、今行っている作業のことを詳しく教え、魔力についても丁寧に教えた。
「という訳なんだ。つまり、魔力量を増やせば疲れにくくなるし、そしてこの先送られる場所で死ぬ確率はぐんと減るという事だよ」
一通りの説明を終え皆の顔を見ると、いまいち理解に苦しんでいるようだ。
「ねえトーリ。まりょく? という、ふわぁっとした力がよく分からない」
挙手してそう質問するのは、ポーという女の子だった。
この中では私に次いで魔力量が多い彼女でも、魔力という概念すら知らずに生きてきているので、その力の存在自体があやふやなものである。
今までは魔道具に勝手に吸われている魔力を、言葉で説明しても理解できないのだろう。
「じゃあ、魔力とはいったい何なのか、実際に体験してみよう。みんな隣の人と手を繋いで。カイとクリスは向かいの人とも手を繋ぐ」
「お、おう」「分かった!」
テーブルは5人が向かい合わせに座っている。
番号順に座っているので、カイと私の隣のクリスが端の席に座っているので、その二人が対面の子と手を繋ぐことで、10人全員で大きな輪が出来た。
「みんな目を瞑って。これから僕が繋いだ手を介して魔力というものを流すから、それを感じてね。最初は驚くかもしれないけど、けして繋いだ手を放さないこと。途中で離れたらものすごく痛いから」
少し脅してみる。
始めは微量の魔力を流す積りだが、手を繋いだ状態で循環させる魔力が途中で途切れてしまったら、それまで流した魔力の行き場が無くなってしまい、手を放された手前の人に流した魔力が全て蓄積されてしまう。流す魔力が微量とはいえ、今時点で魔力量の少ない子供達に許容量を超える魔力を流し込まれると、魔力経路に多大な負荷がかかってしまい激痛を引き起こしてしまうのだ。時には大人でも失神する者もいるぐらいだ。
「じゃあいくよ」
私の説明に目を瞑ったまま全員が頷いた。
私は右手から少しずつ魔力を流し始め、左手から回収するようにする。
『──わっ!』『──きゃっ!』
「ぷぐああああああああああああぁ──────っ‼」
全員魔力が流れたことに驚きの声を上げる。
そして残念なことに、それに驚いたカイの隣に座っていた男の子がカイの手を放してしまい、カイが悲痛な叫びをあげた。
「あーあ……だから痛いって言ったのに……」
まあカイで止まったことを幸運と思うべきだろう。女の子だったら罪悪感があるから……。
「う、うううっ……ま、マジで痛てえ、ぜ……なんなんだよこれ……」
「ご、ごめんねカイ……」
テーブルに突っ伏したまま、カイはピクピクしながらそう言った。手を放してしまったカイの隣の男の子は、しきりに謝っている。
だが気を失っていないだけまだましだ。それを見た他の皆は顔を蒼くしているが、カイが我慢強いのでそれで収まっているようなものだ。
「で、皆は分かったかな?」
「なんか温かいものが流れたような流れないような、そんな気がする……」
『うん、うん』
クリスがそう言うと他の皆も微妙に頷く。
まあ微量な魔力だったからそのような感じだろう。途中で手を放さなければもう少し明確にその流れが分かったのだろうが。
「わたしは、なんかほわっと温かいものが左手から入ってきて、そして右手から抜けて行ったような気がする」
さすがはポーである。微量な魔力だったがそこまで正確に把握できるとは、やはり魔法の素質が他の子よりもあるようだ。
「ぐうっ、トーリ! もう一回だ‼」
痛みによって魔力の流れがよくわからなかっただろうカイが、もう一度と鼻息荒く叫んだ。
「うん、もう一度やってみようか。今度はもう驚かないだろうしね」
一度体験したのだから、きっちり覚悟さえしていれば驚きも薄くなるだろう。
再度手を繋ぎ輪になる。
「じゃあいくよ」
皆は目を瞑り真剣に頷いた。隣あう手と手はしっかりと握られている。
けして放してはならない、カイと同じ目には 遇いたくない、と必死さが窺えた。
私は再度魔力を流し始める。
「あ、分かった!」
「ん、今度は右手から左手に」
「おおっ! こ、これがまりょくってやつか‼」
今度は誰も手を放すことなく魔力の流れを感じている。
さすがポーは魔力の流れる方向まで即座に判断できているようだ。今度はさっきとは逆に左手から魔力を流している。
「そうこれが魔力だよ。少し魔力を強めるね。より魔力の流れが分かるはずだよ」
徐々に魔力を高めてゆく。そして魔力を流す方向も右、左と交互に変えてゆく。
「ん、今度は左から」
「あ、右になった」
「ぬぬ、なんかこそばゆいな」
魔力の流れを確実に捕らえられたようだ。ポーが流れの変わる度すぐに反応し、クリスや他の子も魔力が強くなるにしたがってその方向まで捉えるようになってきた。
カイが言うように最初は体の中に流れる魔力を感じると、むずむずとこそばゆい感じがするものである。魔力経路がまだ発展途上であれば仕方のないことだ。慣れてくればそんなむずむず感もなくなってくる。
全員が魔力を感知できたことを悟り、私は魔力を流すのを止める。
「よし、これが魔力だよ。この感覚を身体中に巡らせることで、魔力の流れを自分のものにすることができるようになる。それを訓練することで魔法が使えるようになるのさ」
魔力があれば、すぐに魔法を使うことができるわけではない。
まずは自分の魔力をしっかりと意識できること、それからその魔力を自由に体の中で動かせるようになること。最低限それができなければ魔法を発現させることはできない。
魔力をよりスムーズに体内で巡らせ魔力経路を鍛える、とはいっては何だが、血液のように全身に行き渡らせるように、息をするように魔力を自然と自分のものにする。そうすることでより上位の魔法を発現できるようになるのだ。
魔力経路とは血管のように実在する器官ではない。けれども確実にそこにあるものだ。それを鍛えることが魔導師への第一歩である。
ちなみに魔力を体内に巡らせることにより、多少は魔力量も増え回復も早くなるし、逆にこれができなければ魔力量を増やすこともできないので、必須事項ともいえる。
これを習得するだけでも、今の仕事がかなり楽になるはずだ。
「ん、できた」
「えっ?」
すると、ポーが目を瞑ったまま声を出した。
こんな簡単な説明で、短時間で魔力を体内に巡らせたようだ。
「ず、ずいぶんと早いね」
「ん、簡単、だった」
「なぬくそっ! 簡単か? どえらく難しいぜ……」
ポーは自慢げに頷き、そんなポーを見てカイは悔しがる。
本当はこれから一人一人と魔力の循環をさせ慣れてもらおうとしていたのだが、ポーは独自に習得してしまったようである。やはり魔導師としての素質は十分にあるようだ。
「それじゃあポー、僕に魔力を流してみて」
私はポーの席まで移動し向かい合って手を繋ぎそう言った。
「ん、じゃあ右から」
「うん……」
「ん、次、左」
「うん……いいね、合格だよ」
ポーは拙い魔力操作で魔力を循環させた。
後はこれを繰り返し練習し、よどみなく魔力を操作できるようになれば完璧である。
「トーリ、私もできたかも。私のも見てよ!」
クリスもポーに負けじと私の手を掴んでくる。
「いいよ、じゃあやってみて」
「なぬくそっ! クリスまでもか‼」
こうして魔力量を増やす訓練が始まったのだった
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