第23話 死なせないためには
私は子供達を死なせないよう、魔力量の底上げを施設長のグレンに提案した。
後は子供達にどう教えるのかが問題だ。魔法や魔力の事を教えずに、どうやって魔力量を増やすのか。言うは簡単だが、意外と難しい問題でもある。
施設長のグレンも、魔法の事を知ったのはこの施設に来る直前に教えられたそうだ。それまでは魔法や魔力に関することはなにひとつとして教えられなかったと話していた。
成人する頃には同期で入所した子供達は、彼を残して全員が死んでしまい、魔力量が増えなくなる20歳ぐらいまでは施設で作業させられていたそうだ。そしてそこでこれまでの現実を知り、お貴族様に雇われる形となりこの施設の指導員に任命されたそうである。
魔法という現実を強制的に知らされた施設長のグレンは、もう既に貴族に飼われているようなものなので、少しでも反抗的な態度を見せただけでも死刑という事実を突き付けられ、仕方なく従っているような立場なのである。
さて、子供達を死なせないためにはどうすべきか考える。
本来なら丁寧に魔力の事を教え、どのようにすれば魔力量を増やすことができるのかを全員に周知するべきなのだ。そして全員に魔法の事を秘匿してもらうのが近道なのだろうが、私以外の57人がそれを順守することができるか甚だ疑問である。
まだ6歳の子供達に秘密にしておくことができるだろうか。全員の口に蓋をすることは、とても難しいし、まかり間違って口にしてしまう可能性の方が高い。そうなれば全員が罰を受けることになる。もしかしたら指導員も含め、この施設にいる全員が死刑になる可能性だってある。
これは少し考えた方がよさそうだ。
「子供達の件は僕に任せてもらえますか?」
「あ、ああ、それはいいが、全員の魔力量を増やすのか?」
「そうですね。最初は僕の5班から始めます。報告期限はひと月と少しあるのですよね?」
「ああ、正確には中間報告もしなければならない。中間報告は20日後だ」
「分かりました。6等級魔法石10個ぐらいの魔力量でしたら、おそらく数日もあれば増やすことは可能だと思います。先ずは5班の経過を見ていてください」
「……りょ、了解した」
私の一方的な提案に、施設長のグレンは納得してくれたようだ。
子供達は魔法や魔力など何も知らない無垢な状態である。魔力量も少ない幼い頃であれば、6等級魔法石10個分くらいの魔力量など数日の訓練もあれば増える可能性がある。2、3日訓練するだけでも身体的にとても楽になることだろう。
最低でも私達5班の全員が魔力量を増やすことができれば、それだけで彼の言う優秀者10名は確保できる。しかし私達の班だけでいい訳ではない。どうせなら子供達全員が送られる先で死なないようにしなければ目的は達成されないのだ。
「では、話は以上ですね?」
「あ、ああ、作業室に戻っていいぞ……」
施設長のグレンはまだ何か言いたそうにしていたが、作業室に戻っていいと言うので、私は素直に応じ退室した。
彼がまだ何かを隠しているようには思えないが、何か魔法について聞きたいことがあるのかもしれないと感じた。だが今日はここまでにしよう。
とにかく彼も本当に魔力を増やせるかどうか確認したいというのが今の心境だろう。それができたなら、彼等が何を欲しているのか、本音を話してくれそうである。
色々な情報も聞くことができたが、まだこの世界の深い内情までは分からなかった。しかし最初にしては収穫があった方だと思う。
とにかく施設長グレンの話を聞いた私の所感としては、この国は根本から腐っている。そう思わざるを得ない程に平民の扱いが酷いという事だ。
私は農村の事しか分からないが、大方の平民の扱いは同じようなものなのかもしれない。
虐げられる平民、国への魔力の補填の為に集められる子供達。その子供達は魔力を搾取されるが為に集められ、人間として扱われることがないと聞くと、なんのために生まれてきたのか理解に苦しむ。まるでただ魔力を集めるだけの道具として子供達は売られているとしか思えない。
人間として生きることも許されないような国で、どうして幸せに暮らせるだろうか。
私は静かに怒りが込み上げてくるのだった。
こうなれば私のやるべきことは決まったようなものだ。
最終目的は、のんびりとした人生を送ることだ。しかしその基盤がこの国には一切ない。先ずはその基盤を整えるのが先決だ。手始めに目の前にある問題から手を付けよう。
今一緒にいる子供達を先ずは死なせない事、そう考えるのだった。
作業室に戻ると、5班の皆(特にカイ)に何があったのか質問攻めにあったが、作業室ではそのことに言及することなく過ごした。
というよりも、皆の魔力量を増やす方法を考えることで頭がいっぱいだったので、軽く「あとで話すよ」と言うに留めたのだ。
そして本日の日課も終え、地下室へと戻り食事を済ませた後、皆に話をすることにしたのである。
と、その前に今日は風呂の日だったので私は「内密な話があるんだ」とカイを誘い、他の皆を先に風呂に入ってもらい、最後に二人で入ることにしたのである。
他の皆には「寝る前に話があるので寝ないようにね」と言い残し、私とカイは風呂場へと向かった。
体を洗い湯船に二人で浸かる。
「おいおいトーリ。なにか悪戯でもしようってのか?」
カイが二人で秘密の話があるという件に、何を勘違いしているのかにやけた顔でそんなことを言ってきた。
「悪戯なんてしないよ。カイ、君にちょっとに頼みたいことがあるんだ」
「なに! 俺様に頼みだって?」
カイは瞳を輝かせながら私を見てくる。
リーダーシップを執りたがるし、何気に他人に頼られることが好きなカイなので、期待値がうなぎのぼりだ。
それでもここにきてから私達5班を束ねているのは実質カイなのである。具合が悪そうな子がいれば真っ先に気にかけ、部屋の掃除や片付けも指示を出して無難にこなしていた。皆もカイがこの班のリーダーとして認識されてきているのだ。
「いや、そんなに期待した目で見ないでよ。カイ、実は真剣な話なんだ」
「マジな話!? そ、それは責任重大、ってやつか?」
「あ、ああ、責任重大ってやつだよ」
色々と勉強しているので、カイは難しい言葉も覚え始めている。まあ、たんに使ってみたいだけかもしれないが……。
「うぉーっ! そうか、責任重大か! で、なんなんだ? その責任重大な頼みって。親友である俺様が聞いてしんぜよう!」
責任重大と言うと一層目を輝かせるカイだった。
親友面がかなり鬱陶しい。
「カイ、君は今のここの状況をどう考えている?」
「ん? ここの住み心地か?」
「まあそれもあるけど、作業場での仕事とか」
「そうだな、まあ村にいる時よりは良いと思うぜ」
今の自分達の置かれている状況を訊くと、カイはそんなに不満もなさそうなことを言う。
確かに現状では村にいる時よりも規則正しい生活ができ、食べ物を探さなくとも食事が与えられている。その食事も村にいた時よりも美味しくて(前の世界と比べたら最低レベルだが)栄養が摂れるとなれば、文句のつけようもないというものだろう。
大半の子供達もカイと同じように現状に満足している子も多いと思う。
満足に食事ができることで、ここはとても良い場所だと考えているのだ。村にいる時は、ひもじい思いをし、厳しい冬を過ごし、いつ餓死するかもしれない事を考えると当然の事だろう。魔力を消費して多少疲れることよりも、しっかりと食べられることに幸せを感じているのだ。
「カイ、今はそれでいいかもしれないけど、ここを出たらそれだけじゃ済まないんだ」
「ここを出た後? トーリ、そんな先のこと気にしてもどうしようもないんじゃねーの? てえか、ここを出ても村にいた頃より悪くなることはねえんだろ? じゃあ良いじゃねえか?」
文字や計算も教えてくれるし、腹を減らすことも少なくなった。村にいた頃を思えばいいこと尽くめの施設なのだし、その先の事まで考えていないようだ。
まあそれが当たり前である。村にいた時もその日生きることで精いっぱいだったことも大きな原因だ。今日何を食べたらひもじい思いをしないか。先の事よりも今の事しか考えられない癖がついているのだろう。
「良くはないよ」
「良くないのか?」
「ああ、良くない。カイ、君は大人になりたいかい?」
「大人? うーん、まだ分かんねえよ。ただ今みたいにちゃんと飯を食えれば、その内大人になれるんじゃねえの?」
6歳の子供に大人になりたいかと真剣に問うても、そんなに実感が湧かないのは分かる。特に寒村で育ってきたのであれば余計かもしれない。私達の村はそれなりに死亡率が低かったけれども、他の村なら子供でも死亡率が高かったとしたならば、大人になれると実感することはないだろう。生きているだけで満足するのかもしれない。
「生きていればその内大人にはなるかもしれないけど、大人になる前に確実に死ぬとしたらどう?」
「う~ん……わかんね」
カイは実感のない表情で、正直に分からないと答えた。
前世の子供の頃の私でもそう答えたかもしれない。師匠に拾われた時の私は、生きることも死ぬことも、ましてや大人になるなど、その時は微塵も考えていなかったことを思い出す。生に対する執着が希薄だったのだ。
まあこのくらいの年頃で、いつ餓死してもおかしくなかった環境にいれば、そんなものなのか、と思うだけしかできない。
「なんだよトーリ。大人になりたいか、とか確実に死ぬとか、いったい何が言いたいんだ?」
「正直に話すよ。カイ、ここを出ても君たちは大人になる前に確実に死ぬ運命にあるんだ。君はそうなりたいかい?」
「う~ん。大人になりたいと言えばなりたいし、死にたくないと言えば死にたくない。まあ死にたくないぞ。でもなんで俺様達だけなんだトーリは死なないのか?」
私が『僕達は』ではなく『君達は』といった件で、私だけ除外されていることにカイは気付いた。なんとも鋭い指摘をしてくるものだ。しっかりと勉強をしているようだ。ただガキ大将を気取っているだけだと思ったら、結構頭の回転が良いようである。カイの評価を一段階上げてもいいと考える私だった。
「今のままなら僕は死なない。けれども僕以外はおそらく生きてはいけないと思う」
正直言えば、魔力が標準的であるカイとクリス、それに魔力量が皆よりも多いポーだけは死なないかもしれない。でもこの施設を出た後、もっと過酷な要求をされないとも限らないのだ。それに危機感を持ってもらうために、残酷だが今のままでは死んでしまうと告げるのが一番だと考えた。
「な、なんだよそれ‼」
そのことを聞いてカイは、バシャッと湯船から立ち上がり私の肩を掴む。
おそらく現実を突き付けられ驚いているのだろう。そう思っていたら、
「何でトーリだけ死なないんだ⁉ ずりーぞ‼」
──狡いって……なんだその反応は……。
カイは私も一緒に死ぬのなら、何ら問題ないような言い方をしている。というよりも死という概念をあまり意識していないのだろう。でもこれがこのぐらいの年齢なら普通なのかもしれない。
一度死んで生まれ変わっている私としては、死への恐怖は嫌というほど心に刻まれているので、そこまで思い至らなかった。
「確かに狡いと思うかもしれないね。でも今行っている仕事で僕は疲れ知らずだけど、カイ達はかなり疲れるだろ?」
「あ、ああ、休憩をしなかったらかなりつらいな」
「それを毎日繰り返していたら、命を削るんだよ」
「そうなのか? でもトーリは疲れないんだろ? もしかして疲れないようになれば死なないとかか?」
「まあ簡単に言えばそうだよ。でも確実に死なないとは言えないけどね」
無理をし続ければ死ぬが、この先送られた先でどのように扱われるか分からないのだ。この先も生きたいのであれば、それなりに魔力量を増やさなければ確実に生きられるとは言えない。できれば毎日訓練をしてどんなに過酷な状況になっても生き抜ければいいと思っている。
「疲れないように体を鍛えればいいのか?」
「いや、体を鍛えても変わらないよ」
「じゃあ、いっぱいご飯を食べて、いっぱい寝れば!」
「それは、少しは期待できるかもだけど、食事の量は決められてるよ」
「そうだった!」
あちゃ~、とお湯を叩きながらご飯の量を増やすことは無理そうだと悔しがっている。
お腹いっぱい食べて、睡眠を多くとると身体の成長も促され、結果的に魔力が増えるかもしれない。けれども残念ながら一人分の食事の量は決められているのでお腹いっぱい食べることは叶わないのだ。量は少なくはないが、育ち盛りには十分な量とは言えない。腹6.5分目と言ったところだろうか。
それでも村にいた時と比べれば多い方なので、誰も文句は言わない。
「なあトーリ。でもトーリは、その死なない方法を知っている。そうなんだな?」
カイは一転真剣な眼差しで私を見ながらそう言った。
「うん、知っている」
「そうか……トーリがそう言うなら間違いないな。なら俺様達にそれを教えろ!」
なぜかカイの私への信頼が厚いのが気にかかるが、まあ今はどうでもいい。
「僕の頼みたいことはそれだったからね。これから説明するよ」
こうして私はカイへ、魔力について話すのだった。
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