第22話 子供達の優劣
「わかった。44番、君が魔力の操作に長けていることは間違いないようだな。そこで頼みがある……」
しばらく考え込んでいた施設長のグレンは、私の全てを受け入れたかのような表情でそう語り出した。
「それはどういった内容でしょうか?」
「ああ、実はこのままでは優秀な者を10名以上出せない状態だ。ここまでの動向を見るに、目標に届く者は、君を含めて6人だ。これではこの施設の評価が下がり、来年の我々の処遇も厳しいものとなる」
偵察マウスでそのことは聞いているので今更感はあるが、優劣の基準が今の所曖昧だ。
「少し待ってください。その頼みを聞く前に、一つ二つ質問させてください」
「……ん、あ、ああ、いいぞ」
「その優劣の基準はどこで線引きしているのですか? それと優秀な子とそうでない子の今後の処遇を聞かせてください」
頼みを聞く以上この施設の人達の事よりも、私達が今後がどうなるのかを訊いておきたい。
「……わかった……ただ、他言は控えてくれるとありがたい」
「善処します」
他言を控えろという事は、この事実は子供達には知らされない事柄なのだろう。
しばし思考した後、施設長のグレンは語り出した。
優劣の基準は、6等級魔法石を日に10個以上をコンスタントに充填できる子供が優で、7個以上が良、それ以下が一律不適格とされるらしい。
「優」に該当する者は冬前に王都へ送られる。
「良」は春までこの施設で過ごし、この領都内にある専用施設に送られる。
そして最悪なのは、不適格の烙印を押された子供達である。その子達は春には奴隷落ちし、奴隷商によって各地に送られる運命になるらしい。奴隷として送られた先で何をするのかは明言してはくれなかったが、おそらく男子は厳しい肉体労働、女子は成長するまで下働きなどをさせ、後には性奴隷的扱いになるのではないかと予想できる。
なんとも過酷な運命だ。
とにかく「優」に該当する者を最低10名王都に献上しなければ、この施設の評価がガタ落ちということらしい。ケーレイン伯爵の面目も立たず、それ如何によっては、施設長はもとより、指導員の責任も追及されかねないということなのだろう。
年々農村から買い付けられる子供が減る中で、王都へ送る優秀者の最低人数は減らないので、厳しさが増しているという話だった。
ちなみにここは農村の子供達が集められる施設ということで、他にも漁村の子供達の施設、酪農村の子達の施設、そして街の庶民でも下層の子達の施設もあるという。
そんな施設があるので、自ずと他の施設との競争も激しくなるとのことらしい。その中でも近年では農村の子の集まりが悪く、この施設は年々成績を落としているという話だった。
とはいえ、農民だけではなく一般庶民全体が貧困に喘いでいる状況なので、全体的に見ればどんどん子供達の数が減っているらしい。貧困で自分達も食べることだけで精一杯なのに、子供を産んで6歳まで育てる余裕が無くなっているのだろう。そもそも6歳まで生きていないのかもしれない。
「やはり王都に行く子も、この街の残る子も、魔法石へ魔力の補充を行う仕事に就かされるんですか?」
「詳しくは分からんが、概ねそうだろう。王都の事は分からんが、この街に残った子達は、この領地の為に魔力を搾取される定めだ」
「伯爵様や他のお貴族様たちは、魔法石に魔力を補充することはしないのですか?」
「馬鹿なことを言うな。魔法を使える貴族様達は、国を支えるための魔導師でもある……というのは建前。彼等がそんな自分の身を削るような仕事をするわけがないだろ。というよりも貴族連中も主要な場所の魔道具に魔力を取られているという噂がある。魔法石に魔力を補充する暇もないのかもしれないがな。とにかく庶民の我々には、上の内情はよくわからんのだ」
なんとも、魔法を使える貴族は魔法石に魔力の補充をすることはないとは……。
まあ前世でも一般的な魔道具に使う魔法石に魔力を充填するのは庶民の仕事として定着していた。貴族はそれぞれの領地の結界魔法や、王都の主要な魔道具に魔力を充填するのがそのお役目でもあった。
王族にしても王都の礎の魔法結晶や、城や王都の結界などの魔道具に使う大きな魔力が必要な部分にしか魔力を使うことはなかったのだ。ただ王侯貴族とて優秀な魔導師が多いわけではなったので、大半は庶民の中から選りすぐりの魔導師を召し抱え、その任に当たらせていたのも事実ではある。
根本は変わらないと言えば変わらないのだろう。
ただ前提が大きく違う。前世では庶民も魔法を使えていた。だがここでは庶民には魔法という概念すら与えられていないのだ。自ずと庶民の魔力量は最低限に抑えられる。その僅かな魔力を搾取しても微々たるものでしかない。
おそらく庶民には魔道具すら与えられていないのだろうから、その消費量は自ずと減るのかもしれない。しかし、もしも前世と同じ規模の王都や城、貴族達がいるのならば、それを賄うだけの魔力は激減しているのではないかと予想できる。
慢性的な魔力不足に陥っているのかもしれない。
それよりも、優や良で選ばれたとしても、毎日延々と魔法石に魔力を補充する仕事をさせられるのなら、奴隷に落とされるよりも悲惨な運命を辿るかもしれない。下手をすれば成人する16歳まで生きていられる子供は少ないと予想される。
魔法すら知らない子供達が、その少ない魔力を毎日何度も枯渇寸前まで搾取されているとしたのなら……精神的にも肉体的にも莫大な負荷がかかるのだ。
それなりに魔力量を持っているのであれば別だろうが、この方法で搾取し続けられても魔力量は増えることはない。それに肉体的成長も阻害され、精神的にも負荷がかかると、成長と共に増える魔力ですら増えない可能性がある。下手をすれば精神的、肉体的にボロボロになり、魔力量が徐々に減ってゆき、最後に待つのは死、のみであろう。
そんな未来が目に見えるようだ。
王都に送られた場合は施設長のグレンも分からないと言っているが、ここに残る「良」の子供達とさして変わらない待遇だと思われる。何故なら王都の方が魔法石の消費も顕著であろうし、王侯貴族の数もこの領地よりも多いはずだ。魔力消費量がここの比ではないはずである。
これなら奴隷に落とされ、肉体労働をした方が長生きできるのかもしれない。
とはいえ、この世界の奴隷がどういう扱いなのかも分からないので、安易に考えない方がいいのかもしれないが。
「それじゃあ、子供達は長く生きられませんね……」
私がぼそりとそう呟くと施設長のグレンは、腕を組みながら沈痛な面持ちで口を一文字に結び黙り込んでしまった。
その様子で私の予想が真実により近づく。
どちらにしても子供達の未来はとても暗い。
「施設長は、この施設の成績だけを上げればいいと考えているのですか?」
「……」
私のそんな質問に、施設長のグレンは、眉間に皺を寄せ一層険しい顔で唸っている。そして重い口を開く。
「本音を言えば成績も重要だ……しかし、実際は違う」
「実際は違うとは、どういった意味でしょうか」
「確かに目標を達成できなければ、この施設自体の成績が下がり、我々指導員の評価も下がる。他の指導員には悪いが、私は成績が下がるだけなら、なんら問題ないと考えている。我々が左遷されるだけだろう。最悪農民にでもなって畑を耕せばいい。すぐに殺されるとまでは行かないはずだ」
この野郎、農民上がりの私に、しれっと農民が最悪とは、ふてえ奴だ。ああ農民で悪かったね。と言ってやりたいがやめておいた。
なぜなら彼が、その最悪なこと以上に何かを気にかけている表情をしていたからだ。
「その真意は?」
「ああ、我々はこれまで数多くの子供達をここから送り出している。その子供達の行く末はとても暗いものだ」
それは魔力補充要員としても、奴隷落ちしたにしても同じようなものだと言う。
「かくいう我々指導員も、元は君達と同じように施設に送られた先輩でもある。我々は運よく大人になることができ、この仕事を与えられているに過ぎん」
「そのほかの子供達は?」
「その他の子供達は大人になる前に大概は死んだ」
やはり予想通りの展開になるようだ。
「毎日毎日、来る日も来る日も極限まで魔力を搾り取られ、自由も、人としての尊厳すら与えられない。ただの魔力発生装置としてしか扱われないあの場所は、まさに地獄と呼んで差し支えない場所だった」
施設長のグレンは、自分が子供の頃を回想しているのか、とても辛そうな表情で語っている。
「徐々に一人二人と……そして同郷の仲の良かった子も……気付くと同世代で最後まで生き残ったのが私一人だった……」
自分以外の全員の壮絶な死を見てきた施設長のグレンは、言葉に詰まりながらやるせない現実に憤りさえ覚えているようだった。
「その事実を知ってなお、私達は君達をあの場所へ送ろうとしている。命令という、ただ一点だけで、だ」
要約するに、彼はそんな地獄のような場所に何も知らない無垢な子供達を送るのに懸念を抱いているのだろう。彼も経験し、実体験してきた場所に行くことは、それ即ち多くの子供達を死地に追いやることと何も変わらない。
魔力量に多少余裕がある者だからこそ生き残ることができただけであって、大方が死んでしまうのだ。いくら命令だとはいえ、そんな場所に子供達を送ることに施設長のグレンは納得することが出来ないのだろう。
なんとも優しい人だ。
だが制度上子供達をそんな過酷な施設へと送らねばならないのが現実。子供達を逃がすとしても、逃げた先で子供達が生きていける保証もないので逃がすこともできない。というよりも脱走して捕まれば即死刑、子供達だけで生きていけるような生易しい世界ではなさそうだ。施設へ送らずに奴隷に落としてもその先行きが暗いのは変わりないだろう。
そのジレンマの中で施設のグレンは毎年子供達の選別を行ってきていたようだ。
この制度の改革を行うにしても、貴族に雇われているとはいえいち平民である彼等が何をしようが変わらない。お貴族様からの命令は絶対なのである。
「では、子供達を死なせなければいいことですね」
話を聞き終えた私は、単刀直入にそう述べた。
彼の思惑はだいたい理解した。命令上仕方なく子供達を死地に追いやることに後ろめたさを感じているのであれば、その後ろめたさを軽減するしかない。
彼等の近々の目標は優秀者を10名以上出すこと。それも加味して、送られた子供達を死なせないようにすればいいだけである。
施設長のグレンがその施設に送られて一人生き残ったのには理由がある。単に魔力の量が他の誰よりも多かった。その一点であろう。
魔力量が多ければ余裕をもって魔法石に魔力を充填させられ、身体的負担も軽減される。今の方法で魔法石に充填しているのであれば、一日に充填される個数も固定されるので、魔力量に余裕があれば、最悪死ぬことはなかったのだろうから。
「そんなことができるのか? いや、そう言っている顔だな……いや、魔法が使えるお前にそれができるのであれば頼む積りだったのだ。できるならお願いしたい」
施設長のグレンは、子供である私に素直に頭を下げた。なんとも真面目な人だ。
要は子供達の魔力量の底上げをすればいいことである。魔力量が増えれば身体的、精神的負荷が軽減される。魔力が枯渇する頻度を下げれば、自ずと死亡率も低下するのだ。
私は施設長のグレンへ、子供達の未来の為にそのことを詳しく話すのだった。
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