第21話 農民の子、呼び出される

 エメーラ指導員に挑戦を受けた翌日。

 施設長のグレンに呼び出しを受けた私は、エメーラ指導員に連れられ下階の指導員室へと向かった。


「来たか。44番、そこに座れ」

「はい」

「エメーラは戻って指導を続けろ」

「え~っ……」


 私は素直に勧められた席に座る。

 エメーラ指導員は、どこか不服そうな表情と声を残して指導員室を出て行った。きっと自分も同席したかったのだろう。


「まあ楽にしろ。叱るわけではない」

「はい」


 私は施設長のグレンと真っ向から対峙する。




 さて、今日呼び出されることは事前に知っていた。

 挑戦を受けて、真っ向から勝負に出たのだ。それなりに覚悟はしていたし、そうなることを私も望んでいたのである。

 昨晩も日課である偵察マウスに情報収集させていると、


『大変です。やはりあの44番ただ者ではありません』

『ん? 5等級の魔法石を6つぐらいは充填できたか?』

『いえ、10個全部です! それと6等級2個も含めて、全部で12個。完全に同じ時間で仕上げました!』

『同じ時間? 5等級だぞ? 約倍の時間がかかるのが普通だろ』


 通常なら倍ではすまない。あの効率の悪い方法での魔力充填であれば、魔法石の容量が増えると、余計に損失する魔力が多くなる。子供達なら6等級の2.2倍くらい時間がかかることになるかもしれない。

 普通なら作業時間内に終わらないはずだ。それも12個全部入れてやった。挑戦を受けた以上、手抜きはしない主義だ。


『はい、私もそのように認識していますが、計ったように同じ時間で終わらせていました。それに、魔法石を見ただけで別物と判断していた可能性もあります』

『そ、そうか……という事は、魔法石に充填する時間を短縮する方法がある、というのは間違いなさそうだな』

『はい、おそらく44番はその調整ができるのかと。それに全てを仕上げた後も、へっちゃらな感じでした。彼を除いて次に一番魔力がありそうなのが46番ですが、彼はその子の倍以上の魔力を持っていると予想できます。それに46番も優秀な子です。44番に渡した魔法石を見ただけで、他とは別物だと疑っていました』

『なんとも……理解しがたいな……』


 46番は銀眼に近い瞳を持ったポーである。

 エメーラ指導員はポーと比べて倍以上と評しているが、私の見立てでは、ポーと私の魔力差は、500倍以上はあると感じている。ポーは先天的に魔力量が多いのかも知れないが、所詮魔法の訓練もしていない子供だ。6歳までの自然成長増加も他の子よりは多いのだろうが、訓練をしなければ僅かにしか増加しない。私とは比べるまでもない。


『分かった。明朝始業開始後、44番をここに連れて来い。私が直接問い質してみる』

『わ、分かりました』




 そんな件を偵察マウスから傍受していたのだ。

 そして私は、どういった作戦で情報を引き出そうか、昨晩遅くまで考えていて多少寝不足気味である。

 子供には睡眠が必須だ。寝る子は育つという格言があるように、子供の身体は無理が効かず、無性に眠くなる。


「さて44番。今日呼び出された理由、分かっているか?」

「はい。だいたいは理解しているつもりです」

「ほほぅ……」


 私は怯えることもなく、子供らしからぬ口調で話すと、施設長のグレンは目を眇めて私を見る。


「では端的に訊こう。44番、あの作業で使っているあの石、君はなんだと思っている?」


 施設長のグレンは、本当に単刀直入に訊いてきた。

 しかしその質問に答える前に、どうしても訊いておかなければならないことがある。


「その質問に答えることはできます。ですが、その前に僕の質問に答えてください」

「……ふむ、よかろう」


 施設長のグレンは一瞬迷ったようだが、私の質問を受けてくれるようだ。


「僕は、とある人から、この国ではそのことに関して口にするだけで処罰を受け、時には死刑になると聞かされています。もし今、僕がその禁忌ともいえることを口にしても、処罰は受けないと保証されますか?」

「……」


 真っ直ぐに施設長のグレンの瞳を見てそう言うと、彼は方眉をピクリと上げて口籠った。とある人とは村にいた兵士のことだ。

 魔法という言葉を聞かれただけで処罰を受ける世界。それもその貴族に雇われている施設長のグレンが報告しないとも限らない。

 それに私は、もう少し突っ込んだことをこれから訊ねる予定だ。そこには魔法に関する事柄も多分に含まれる。それを上に報告されると言うならば、一切口にする積りはない。確実に死刑台に向かう事だけは避けなければならないのだ。

 まあ、私一人であれば逃げる手立てがないわけではないが、他の子供達がどうなるかが心配だ。より安全に情報を引き出したいと考えている。


「……保証しよう。ここで話したことは、ここだけの話とする。口外しないと誓おう」

「本当ですね? もし、その誓いを破るようなら、僕はなにをするか分からないですよ?」

「くっ……脅しまで使うか。末恐ろしい子供だな……」


 言外に「あんたを害するかもしれないですよ?」と脅しをかけると、施設長のグレンは、眼を見開いて驚きを隠せないでいる。

 施設長のグレンの事を信用したいが、彼はあちら側の大人なのだ。いくら誓うと約束しても信じきれるものではない。多少の脅しも必要だろう。

 彼の態度を見ても、私が魔法の事を知っていると踏んでいたのだろう。そして今の脅しでもしかしたら魔法まで使えるのでは、と考えに至ったはずである。あくまでも身の保全が第一だ。


 しかし彼の人柄をこの二週間あまり偵察マウスにより監視観察していたが、彼は私なりに信用のできる人間だと感じている。だから情報を引き出せると私は確信しているのだ。

 信用できない相手とは交渉すらしない。もしそんなのが相手なら、こんな賭けのようなことはせず、知らぬ存ぜぬで通すことだろう。あのやる気のない男のような奴だったら論外だ。


「ふっ、分かった。天地神明にかけて君の不利になることは口外しないと誓おう」

「それは重畳です」


 どうやら施設長のグレンは、腹をくくったようだ。


「しかし、話の内容によっては、こちらからもひとつお願いがある」

「なんでしょう」

「それは話次第だが、もし我々の意に沿うものなら、君に協力を仰ぎたいと考えている。なに、そんな難しいことではない」


 何かひとつだけ協力しろという事だが、ここで安請け合いしてもいいものか疑問に思う。

 難しいことではないとは言うが、こちらが不利に傾く可能性も否めない。


「それは内容によりますが、僕にできることなら協力してもいいですよ」


 できるとは明言しないでおく。無理難題を押し付けられてもたまらない。

 私としては、ここにいる子供たち全員の行く末が気になるだけだ。少しでも彼等が有利に生きていけるようであれば協力は惜しまない積りである。


「では答えてもらおうか」

「はい、あれは魔法石です。僕達はその魔法石に魔力を充填させられています」

「……」


 私の簡潔明瞭な答えに施設長のグレンは、ぐっと眉間に皺を寄せ、右手で口元を押さえる。

 まさか迂遠な答えではなく、直接魔法石や魔力という言葉が出てくるとは考えていなかったのだろう。

 指導員の言葉の中にも魔法石は、ただの石と称されている。それに魔力という言葉を一度も彼等彼女等から出ていないのだ。

 それをこんな子供がどこでそれを覚えたのかを疑問に思っているのだろう。


「約束していただいているので、正直に話しますよ」

「……」


 思考を巡らせ言葉を発しない施設長のグレンに代わって、私は話を進める。

 余計な詮索をされる前に、こちらから都合の良い回答を出した方が話の主導権を握れる。イニシアチブは渡さない。


「話せば長い話になりますが、端的に。僕は生まれた村で、流浪の末村に流れ着いた、とある魔導師を匿っていたことがあります。その魔導師に魔法の事や文字や計算など、色々なことを教わりました」


 とある魔導師、とは前世の私のことだ。前世からの流浪の末、この身体に匿っている、大賢者シリウスである。嘘も方便だ。


「とある魔導師……その者は貴族なのか?」

「いいえ、貴族ではないと聞いています」


 貴族ではない。平民上がりの大賢者ですが。


「その魔導師とやらは、どこの国の者とかは言っていなかったのか?」

「それは聞いていません。農村の子供に国や国の名前を言ったところで理解できるとも思えなかったのでしょう」

「……た、確かに」


 地理も何も知らされていない農村の民に、国や国の名前など無用のもの、という設定だ。


「ただ遠い地から来た、とだけ聞いています」

「遠い地……か」


 まあここがどこかも分からないので、遠い地で間違いないだろう。


「この国での魔法の扱われ方も教わったのか?」

「はい、一通りは」

「そうか。その魔導師から教育を受けたことは理解した……だが問題は、44番、君が魔法を使えるかどうかだ」

「使える、と言っただけで、この国では死刑になるのですよね?」

「……そのことまで知っている、んだったな」

「僕が魔法を使えるとしたらどうします?」


 彼が約束を反故にすることはないと思うが、再度訊いてみる。


「先ほども約束した通り、ここだけの話に留める。というよりも必ず秘匿する」


 必ず秘匿する、というところを強調する施設長のグレン。

 それはこの国の根幹に反している行為ではないだろうか。


「秘匿ですか? どうして貴族や王命に反して秘匿するのですか?」

「それは、もし君が魔法を使えるとしたならば、それは我々にとっても、願ってもないこと、ということだ」

「願ってもない……」


 施設長のグレンは、どこか村で仲良くなった兵士と同じことを言っているような気がする。

 もしかしてこの人も庶民に魔法を、といった肯定派なのだろうか。それとも村の兵士と一緒で、今の国の在り方に疑問を抱いているのか。


「まあそのことは、今はどうでもいい。けして口外はしないと誓ったのだから、素直に話すんだ」

「わかりました。とある魔導師から教授してもらい魔法も使えます。魔力操作も魔道具の事も全て教わっていますので。今僕達が作業している魔力充填用の魔道具に関しても理解しています」

「そうか」


 施設長のグレンは、相変わらず渋い表情だが、私の答えに満足げに頷いた。


「それで疑問なんだが、昨日の魔法石、なぜ同じ時間で充填できた?」

「昨日の5等級魔法石ですよね?」

「やはり知っていたのか。ではなぜ6等級の魔法石と同じ時間でわざわざ完成させた? 時間短縮などできるのか?」

「はいできます」

「そ、そうか、できるのか……しかし、そんなことをすれば目立って怪しまれると、敏いお前なら理解できたはずだ。何故そうした?」

「前日までは6等級だったのに、昨日いきなり5等級の魔法石を置かれたので、挑戦されていると思ったんです。だから同じ時間で終わらせました」

「くっ……お前はそれも織り込み済みで、我々の策に乗ったという事か……」


 施設長のグレンは、逆に利用されていることをここで知った。

 この人も割と頭の回転が速い。やる気のない男よりよっぽど有能だと思う。


「ちなみに、5等級魔法石ならば、おそらく数分で充填可能ですよ」

「なに! 本来なら1時間ほどかかるだろ⁉」

「いいえ、あの魔道具は本来の使い方をしていません。あれでは効率が悪すぎるんです」

「な……」


 やはりこの人達は、魔法に関しては無知なのだろう。あの魔道具の使い方も知らないようでは、魔力の扱い方など、ここにいる指導員は誰も知らないと確信できる。


 私はあの魔道具の本来の使い方を搔い摘んで説明した。


「そ、そうか……本来はそう使うものなのか……」


 施設長のグレンは、目から鱗が落ちたかのように驚き、そして考え込む。



 それから彼は、私を試すような眼でじっと見つめ、重い口を開くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る