第20話 農民の子、挑戦を受ける

 私はネズミを使って情報収集を続ける。


「とにかく、今年の目標も去年と同じだ。最低でも10名の優良者を王都に送らねばならん。これは伯爵様からも強く念を押されている。目標を下回ったらここにいる全員、来年は違う部署に転属になるだろう。もしかしたら農民へ落とされる可能性だってあるぞ?」

「げっ! それマジっすか?」


 施設長のグレンの言葉に、それだけは勘弁してほしそうな顔で、やる気のない男が訊ねる。


「ああ、真面目な話だ。こう毎年子供の数が減っている状況だ。農民の数自体が減っているとみていいだろう。そうなれば目標を達することが出来ずに、不本意な成績を残した我々が率先して送られることも考えられる」

「で、でも施設長、奴等が優秀かそうでないかは、奴等次第だろ? オレたちにどうしろと?」

「もちろんそうだが、そんな言い訳が通用するほど貴族は甘くない。子供達の出来など彼等は感知しない。全てこの施設の成績とみなされる。とにかく子供達にストレスを与えずに伸び伸びと過ごさせろ。それ以外に魔力を伸ばす方法を知らん。特にお前は子供達にストレスを与えかねん。もう少し言動には気を付けろ」


 施設長のグレンに言動に気をつけろと叱られるやる気のない男。うん、それは納得だ。

 しかし、どうやらここの大人達も、魔力を増やす方法は知らないらしい。

 確かにあんな痩せてガリガリの子供達にまともな魔力量があるとは思えない。健全な肉体に健全な精神が宿る、と昔から言われているように、精神にも肉体にも魔力は影響する。精神的負荷(ストレス)があるのも良くないと研究結果で明らかにされているので、間違いのないことだ。


 ただ魔力量を増やすのなら今のようなやり方では時間がかかりすぎる。いくら栄養状態が回復し、精神的にも余裕ができたとしても、本来の魔力量になるだけで、根本的に増加するわけではない。今日の作業で4個しか充填出来なかった子が、すぐに10個充填できるようにはならないだろう。

 そもそもあのやり方では魔力量は増えないし、悪戯に子供達を疲弊させるだけだ。


「とにかく秋の中ごろまでには最終報告せねばならない。それまでに10名以上の優良者を作り上げるんだ」

「分かりました。うちの作業班は今でもそれなりに優秀な子がいるので、6、7人は届く可能性があります」

「ケッ、いいねそちらは……こっちの班は絶望的だっつーの……」


 エメーラ指導員の報告に腐るやる気のない男。

 優秀者の基準が今の所は不明だが、本命は魔力の多寡であることは間違いなさそうだ。優秀であれば王都に送られる。しかしそれ以外はどうなるのだろうか。

 まだまだ知らなければならないことが沢山ある。

 全員が王都に行けるとは限らないのだから、そのことも知っておく必要がある。

 そもそも王都に送られた後の事も気になるが、先ずはここで私達がどうすべきか考えるべきだろう。


「その44番こっちに寄越せよエメーラ。一人優秀な奴がいればこっちの組も変わるかもしれねえし」

「だめよ! たぶんその子がいるから5班はそれなりに優秀なのよ? どうして引き離せるの?」

「ケチくせえなぁ~、少しはこっちの身にもなれってんだよ」

「だ、め、で、す!」


 やる気のない男とエメーラ指導員で、私の事を取り合っている。

 やる気のない男の作業室に移るなど勘弁してほしい。エメーラ指導員、頑張れ。そう心の中でエールを送る私である。


「そこまでだ。44番の件は私が預かろう。私もあの子には興味があるからな」


 おっと、施設長のグレンに興味を持たれてしまった。

 せっかく気を付けていたのに……これは少し作戦を考えなければならない。

 そうこう覗き見をしていたが、後は実のない話を2、3しただけで解散していた。

 大人達はさらに奥の扉へと向かって行く。やはり向こう側が大人達の部屋があるのだろう。


 私はネズミとの魔法接続を解除し、本日の情報収集を終えるのだった。




 それから私達の日常は、ルーティンワークのような日々が続いた。

 魔法石への魔力の充填、そして勉強を交互に繰り返す日々。

 外はおそらく夏真っ盛りの頃合いだろうか。作業室は昼間なので少し暑く感じたが、直射日光が当たらない部屋なので、そんなに苦にすることもなかった。

 寝床である地下室は、多少湿気があるものの、涼しくて快適そのものだった。夏は地下室が最適である。

 それでも、今迄農村で毎日外で仕事をしていたので室内での作業は、冬ごもりの時のようにどこか陰鬱としてしまう。少しは外で運動したいものだ。


 毎日同じような日々を繰り返しているとはいえ、魔法石への充填も、勉強も少しずつ難度を上げてきた。

 勉強は数字の読み書きに計算が追加された。それと文字の読み書きも加わる。

 私としては、初歩的な教育なので聞かなくても分かるような内容だったが、他の子供達はその限りではない。数の計算、初めて見る文字を覚えるのに四苦八苦していた。自ずと地下室での自習の頻度が増え、私がなぜか先生役として教えることとなった。


 魔法石の充填作業に関していえば、一日10個を目標に掲げられた。多くできる者は、それに一つ二つ追加する程度だ。ただ10個できないからといって罰則があるわけではない。目標は目標として、できる範囲で頑張ろう、という事らしい。

 今のところ子供達の平均は7個である。多い子でやっと10個、少ない子は5個で倒れそうになっていた。

 朝配られる魔石は10個なのだが、なぜか私の前には最初から12個置かれているのは嫌がらせだろう。きっとそうだ。


 食事も村にいた頃よりはいいようで、子供達の身体の調子も徐々に改善されてきており、魔力量もある程度標準的なレベルにまで持ってこられている。最初の頃に比べると個数を多く作成できるようになってきた子も多くいた。

 私といえば、指導員の顔色を窺いながら、他の子供達と同じように、怪しまれない程度にごく普通に日々を過ごしている。




 そしてこの施設に来てから2週間が経過しようとしていた頃。


「あ、あのう、エメーラ指導員。僕の石、いつもと同じでしょうか?」


 始業時テーブルの私の前に配られた12個の魔法石を見て、私は指導員に質問した。

 配ってくれたのはエメーラ指導員。テーブルの上に魔法石を置く時、にやりと笑みを浮かべていたのを私は見逃してはいない。


「ええ、同じですよ? どこか変ですか?」

「い、いえ、ちょっとそんな気がしただけです。すいませんでした」

「はい、頑張りなさい」

「……」


 エメーラ指導員は何か含んだ涼しい笑顔で去って行った。


 ──くそっ……試されている。


 配られた魔法石は、ぱっと見では分からないが、並べて比べてみると、僅かに一回り大きい魔法石なのである。私以外の子供達には、見ただけでは分からないかもしれない。それほど微妙な大きさの違いなのだ。

 魔法石には等級というものがあり、7段階の等級があるのだ。特等から6等級までの7等級。

 昨日までの魔法石は、一番等級の低い6等級魔法石。そして目の前にあるのは5等級の魔法石である。大きさは少ししか変わらないのだが、魔法石としての純度が若干高いのである。魔力量でいえば約2倍の魔力が充填可能なのだ。


 それを涼しい顔をして私の前にだけそれを置いて行くとは……このねえちゃん──いや失礼、エメーラ指導員に試されているとしか言いようがない。


 ちなみに魔法石の等級による魔力容量は、等級が上がるのと比例してではなく、反比例して保有容量が多くなる。特等魔法石であれば、一つで6等級魔法石の約200万個分の魔力が保有されるのだ。国の結界用の魔法陣や魔道具に使われるくらいの逸品だ。

 その上には秘宝級というものがあるが、それは王城の礎に使われるような魔力結晶なので魔法石には分類されない。

 まあ今はそのことは置いておこう。


 ──なる程、明らかに挑戦状を叩き付けてきているわけだ。そうなったらこちらも受けて立とうではないか。


 私はエメーラ指導員の挑戦を受けることにした。

 何故なら、昨晩まで毎日ネズミを使って情報を収集してきたが、これ以上有益な情報を引き出せる状況ではなくなったからだ。早くしなければ秋が来て、秋の半ばには子供達全員の評価が伯爵に報告される。

 優良者は王都に向かうという事だけは分かっているが、その他がどうなるのか未だに不明なのだ。優良者の選別基準は、魔力量と、ある程度の礼儀作法と読み書き計算ができること、と予想は立っているのだが、その他にもあるかもしれない。

 私とカイ、それにクリスとポーは、上手く行けば今のままでも優良者として王都に向かうことができるだろうが、その他は微妙な所だ。

 残った者がそれからどうなるかも知っておきたい。もしかしたら成績の良くない者は悲惨な運命を辿るかもしれない。まだ短い期間だが共に寝起きしている仲間だ、そんなことはさせたくない。


 それに王都に行ってどんなことをするのかも不明。

 とにかく情報が足りなすぎる。ならばこちらから仕掛けるしかない。

 エメーラ指導員の挑戦を真っ向から受け、何らかの交渉の糸口をつかみ取ってやろうではないか。


 そうして私は素知らぬ顔で5等級の魔法石を皆と同じ時間で仕上げていった。


「ねえトーリ。トーリの石なんか違うんじゃない?」


 何個目かの魔石を仕上げた時、作業テーブルの向かい側に座るポーがそんなことを言い出した。

 さすが銀眼に近い瞳の色をしているだけある。見ただけで魔法石の純度の違いが分かったのだろう。


「うん? たぶん同じだよ。エメーラ指導員がそう言ってたし」

「そう?」

「ん? なんだよトーリ。お前の石違うのか? なら俺様のとひとつ交換しようぜ」

「わたしも!」

「あっ……」


 ポーと話していると、横からカイとクリスが割り込んできて、私の前にある魔法石を一つずつ取り上げ、自分の魔法石と交換する。

 そのまま自分の席に戻り、早速魔道具の上にのせて作業にかかった。


 ──あ~あ……知らないよ……。


 ここで大声でそれは違うよ、と言うとエメーラ指導員が同じものだと言った事の嘘がそこで発覚してしまう。

 エメーラ指導員もこの一部始終を見ていたようで、内心非常に慌てている様子が窺える。オロオロしているのが滑稽だ。ここでカイとクリスから魔法石を取り上げようものなら、自分で嘘を暴露するようなものだから何も言えないでいる。

 私に挑戦を挑んだ罰だ、いい気味だ。

 私はまたそ知らぬふりで魔法石を順調に仕上げたのだった。


 ちなみにカイとクリスは、魔法石が光る前に一度魔力が尽きそうになったので、一休みしてからまた取り掛かっていた。案の定いつもの2倍ほど時間がかかっていた。本人達は「俺様調子悪いのかな?」「なんか疲れてるのかな?」などといっていたけれど、それで普通なのである。



 そして翌日、私は施設長のグレンに呼び出されるのだった。

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