第19話 農民の子、暗躍する

 一日の仕事を終えた私達は、地下の部屋へと戻った。


 明日からは朝2の銅鑼が鳴ったらあの仕事部屋へ直接向かい、作業の準備をして始業を待つらしい。それに遅れたら「飯抜き」の刑確定ということだ。

 ともあれ今日と同じような作業の日々と、ここでの軟禁生活が、これから最短でも冬まで、長ければ冬明けまで続くかと考えると、少し憂鬱になる自分がいる。

 いったいこの先私達にどんな運命が待ち受けているのか……今は何も分からない状況なので調べる必要がある。


 食事を終え部屋の掃除を終えた私達は、今日は勉強もせず眠ることにした。風呂は一日おきなので、今日は入ることが出来ない。風呂好きの私としては、できれば毎日入りたいところだ。

 私以外の子供達は、生まれて初めて体外へ魔力というものを放出したので、殊更疲れているようだった。布団にもぐり込んだ瞬間に寝息を立てている子が多い。

 まあ二度ほど魔力枯渇寸前まで魔力を吸い出されていれば、精神的負荷もかなりのものだ。6歳の子供には少々厳しい仕事内容かもしれない。



 さて、片や私はさほど疲れてはいない。なのでみんなが寝静まった部屋であることをしようと考えている。

 今後私達がどうなるのか、この国はどういった情勢なのか、少しでも多く情報を入手しなければならない。そのためには睡眠を削ってでも行動しなければならないのだ。とはいえここを抜け出すわけではない。


 私はベッドの下をコソコソと這い回るネズミを魔法で捕獲した。

 常に一、二匹は部屋にいるので、捕獲は簡単である。


 ──汝に命じる、その視界を共有せよ【視覚共有】、その耳を共有せよ【聴覚共有】


 本来なら【五感共有】の魔法を使えば一発なのだが、小動物と余計な感覚を共有するわけにもいかない。鼻が曲がる匂いの所に行かれたり、意図せず変なものを食べられでもすれば、その味覚まで共有する羽目になる。ゴキブリやムカデのようなものを食べないとも限らない。どんな味なのか興味こそあれ、あまり体験したいものではない。それに間違って殺されでもしたら、私が死ぬことはないが、死ぬほどの痛みを共有することになるのだ。であるからして、最低限の感覚のみを共有する。


 同時に行動を命令できるように、【精神操作】も掛けておく。

 実際精神操作といっても、完全に相手の行動を掌握できるわけではない。なんとなく見たいところに視線を向けるとか、行きたいところに向かわせるとか、その程度である。所詮小動物の脳に多少干渉できるだけ、命令通り動かない事の方が多々あるのだ。

 ちなみにどれも上級魔法である。かなりの魔力を消費するが今の私にとってみれば然程のモノではない。これまでの鍛錬により前世で死ぬ頃までとはいかないが、それなりの魔力を獲得している。あと7、8年も鍛錬を続ければ、前世の魔力量を超えるかもしれないと思う。しかし、村を出てからは魔力を消費する暇もないので、少し長引くかもしれない。公に魔法を使えない状況は、訓練には厳しい状態だ。

 それでもこれだけ魔力量があれば、今の所過不足はないだろう。前世で覚えた魔法は、特殊なもの以外はほぼ使えるまでになっているので、なんの問題もない。


 さて、捕獲したネズミを放す。

 このネズミの目と耳を借り、自分で直接見聞きできない情報を収集しようと思う次第だ。

 食事の片づけが終わり、子供達が全員部屋に入ると、扉は外から施錠され中から開くことはできない。開錠の魔法を使えば簡単に開いてしまうのだが、今はしないでおく。

 これは脱走防止の措置らしいが、扉と床の間には、ネズミが通れるだけの隙間がある。意外とその辺りは杜撰に作られている。まあ人が抜け出せなければいいのだから、その程度なのだろう。

 


 私はベッドに横になりながら、ネズミからもたらされる情報を受け取る。

 地下廊下を進み階段を上らせた。一階の広間に出たネズミに周囲を見渡させる。しかしそこに大人たちの姿はない。

 昼間の人数がここの施設にいる最大数なら、7人の大人たちがいるはずだ。

 二階のほぼすべての部屋は作業室となっているらしいので、そこにいる可能性は低いとみていいだろう。詰めているとすれば一階の奥の部屋。

 ネズミを操り、一階奥の部屋へと向かわせる。


 扉の隙間を潜り抜けると、そこにはまた大きな部屋があった。

 結構な数の机が並べられており、一番奥の大きな机に施設長のグレンが座っていた。そしてその他の大人達がその前の机にそれぞれ座っている。何やら話をしているようだ。

 この部屋の奥にも扉があり、その奥にもまだ部屋があるようだ。もしかしたら彼等彼女等の部屋があるのかもしれない。しかし今はそのことはどうでもいい。会話を聞くことが重要だ。

 私はネズミに指示し、話を聞きやすい位置へと誘導した。


 壁際にちょうど良い棚があり、その上に本や花瓶のようなものが置いてある場所を見つけた。そこに隠れて聞いていればバレる心配はなさそうだ。

 ネズミは壁を登り、棚の上の物陰に隠れて様子を覗った。



「ふう、今年は58人か。年々子供の数が減っているな。来年は50人を切るんじゃないか?」

「そうだな、一時期はこの施設でも間に合わなかったほどだが、どうやら外は相当ヤバい状況らしいな」

「当たり前だ。あんな方針を続けていたら、その内農民どころか、この街の平民ですら生きていけなくなる。我々だって来年はどうなるかもわからんぞ?」

「ほんと、お貴族様はいったい何を考えているんでしょうね? ここの伯爵様だけがそうなの?」

「どうだろうな。他の領地のことは分からん。国の政策と伯爵様の所の者が言っていたが、本当かどうか……」

「魔法が使えるお貴族様が何もしてくれないんじゃ、どんどん悪くなる一方じゃない」

「魔法はお貴族様の力の象徴だ。あの方達が平民の為に魔力を使うことはない……」

「というよりも、このまま農民が減ってゆけば、その内平民が畑を耕すことになるだろうな」

「おいおい、マジかよ。今より待遇が悪くなるのは勘弁だぜ」


 雑談のようだが、この領地のありのままを感じ取れる内容だ。

 誰が何を口にしているのはよくわからなかったが、会話の中に魔法という言葉があったのは事実だ。大人たちは魔法の存在を知っている。

 ただしその魔法が、以前村の兵士から聞いていた通り、貴族だけのものであることは間違いなさそうだ。

 魔法は貴族だけのものであって、平民は魔法を使うことを許されていない。やはりそんな感じなのだろう。


「おい、お前ら。何を話してもいいが、少しは自重しろ。そんな悪口があの方達の耳にでも入ったら、我々の首が速攻で飛ぶことを忘れるな」


 施設長のグレンがそう言うと、全員が気まずそうに返事をした。

 貴族への悪口ひとつで首が飛ぶ世界。なんとも殺伐としたものだ。

 私など何度王に口答えしただろうか。それでも殺されなかったのだから、あそこは良い国だったのだろう。


「それより今回の子供達はどうだ? 良さそうなのはいたか?」

「そっすね、やっぱ年々質が落ちてる感じっす。初日の今日は魔法石を5個も作れませんしたよ。平均4個が限度みたいっす」


 施設長のグレンの質問に答えたのは、隣の作業室担当のやる気のない男だった。


「それは仕方ないわね。あれだけ衰弱していれば、その程度でしょ? 今にも死にそうな子だっていたし、農民はよっぽど食料難ってことで、著しく成長が遅いみたいだもの」

「そうだな、漁師や酪農家なら、魚や肉がある程度は確保できるが、農民は作物を収穫するまで食べる物すら確保するのが厳しいからな。収穫してもほぼ全てを取り上げられるともなれば、冬を越すのも困難なのだろう」

「そのために子供を売って……こうして集められるんだから……嫌な話よね」


 子供を売ったお金で冬を越す農民。この人達にも思うところはあるようだ。

 農家はこの国ではヒエラルキーの底辺にいる人種なのかもしれない。前の世界では考えられないことだ。

 美味しい作物を作り、その土地の特産物などを収穫していた農家などでは、王都でも割と裕福な平民よりも稼ぐ者がいた。一攫千金を目論んだ平民が、そんな農村に流れてゆくこともしばしばあったほどだ。

 だがこの世界では収穫してもお金にもならない。ただ生きてゆくためだけに畑を耕しているだけである。


「まあ栄養状態が回復すれば本来の成果が見込めるはずだ。秋になる頃にはそれなりの報告が出来るだろう?」

「でもうちの作業班は少し良いみたい。特に5班は優秀ね」

「ん? 5班か」

「ええ、魔法石も初日なのに6個は作れる子がいるし、41、44、45、46番の4人は見込みがあるわ。特に44番、あの子は異常かもしれないわね」

「44番? 魔法石をそんなに数多く充填できたのか?」

「いえ、数はみんなと同じくらいよ。でも、あの子はまだまだ余裕そうだった。他の子達が魔力不足で顔を蒼くしているのに、あの子だけは余裕綽々という表情だったの。それに、あの子は魔力の調整がどういうわけかできるのかもしれない。他の子と合わせるように終了させていたようだけど、明らかにまだ充填不足の魔法石の光かたから、一気に満充填の光にもっていったと感じたわ。初めてみたわあんなの……農村出の子では異常よ」


 し、しまった……顔色まで見られていたとは迂闊だった。

 少しは気を付けていたが、魔力の調整をしていたことまで観察されていた。エメーラ指導員、恐るべき洞察力だ。


「見間違いじゃないのか?」

「いいえ、たぶん見間違いなどではないわ。それにあの子、数字はすらすら書けるし、計算までできるのよ。間違いなく誰かに教育を受けているわ」

「そうか、44番か……やはりあの子は普通じゃなかったか」


 誰かが見間違いじゃないかとエメーラ指導員に訊くが、エメーラ指導員はそれを否定し、施設長のグレンが納得したように頷いている。

 やはりエメーラ指導員に計算できるところまで見られていたのはマズかったか。

 それに施設長のグレンもどこか私に違和感を覚えているっぽい。


「朝の説明の後、各部屋を確認しに行ったが、明らかに5班の部屋だけ他の部屋とは違って綺麗だった。それに奴等昨晩勉強していた形跡がある。筆記用具はまだ使えないと思って棚に仕舞っておいたのだが、それを使って数字の勉強をしていたようだ。おそらくその44番が教えていたのだろう。全員が自分の番号を理解していたようだし、数字も読めるようになっている。おそらく5班の全員が10までの数字も書けるんじゃないか? それに初めて見た時から明らかに言葉遣いも他の子とは違った。44番は農村出の子とは思えない」


 農村出です。

 というよりも、皆に説明をして作業室を出ていった施設長のグレンは、あの後地下の部屋を確認したという事らしい。なんという事だ。この部屋でも余計な痕跡は残せないという事だ。というよりもここにきてすぐに見破られていた感がある。施設長のグレンも侮れない。


「なんだよエメーラ。お前の受け持ちすげー楽そうじゃん。オレの所は今年も苦労しそうだっていうのにさ」

「楽とか、そういうんじゃないわ。農民が教育を受けるなんてありえないのよ。それにもし魔力を自分で調整していることが露見したらどうなると思う?」

「ん、まあ、魔法を使えるわけじゃねえからそんな問題もねえだろ?」

「ほんとあんたって甘いわね。もう少し考えなさいよ。魔法を使えなくとも、魔力の存在をってことじゃない。そんなことが露見したらこの施設が教えたってことになりかねないのよ? あの44番の子だけじゃなく、わたしたちにも危険があるってことよ」

「マジか! そりゃマズいな。消すか?」


 おいおい、やる気のない男よ、物騒なこと抜かすな。

 でもこれは少し考えなければならない。もっと慎重にならなければ、この施設内で消されかねないな。

 そう考えていると、


「それはできん。昨日受け入れ人数の報告は済ませてある。それでなくとも子供の人数が減っているんだ。一人いなくなったとでも報告するのか?」

「死んだ、って報告でいいんじゃね?」

「馬鹿者! この施設で子供を死なせたらどうなるか、お前も知ってるだろ?」

「あ、は、はい……」


 施設長のグレンが机を叩いで怒鳴ると、やる気のない男がビクリと身を竦ませた。

 子供を死なせたらどうなるのか。施設長グレンの剣幕からして何らかの罰則があるのかもしれない。


「とにかくこの施設で受け入れた子供達は、誰一人として死なせるわけにはいかないし、脱走させることも許されない。この施設を出てからは我々の知った事ではないが、それまでは大事に扱え、分かったな?」


 とにかくこの施設にいる内は、命の保証はされているようだ。



 問題は、この施設を出た後、なのだろう

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