第18話 農民の子、計算する

 魔力を充填し始めて約30分ほど経過した時、最初の終了者が出た。


「よし、45番。それで完了よ」

「は、はい……ふぅ……」


 各班のテーブルを巡回していた紅一点、エメーラ指導員が45番の肩に手を置きそう言った。魔法石は強く輝いていたが、魔道具から手を放すとその光は消えてゆく。

 小さくため息を吐く第5班、マイナンバー45番は、私の隣に座るクリスだった。

 多少疲労感は出ているようだが、まだ大丈夫そうである。


「少し休憩してから、次の石も同じようにやりなさい」

「は、はい」


 クリスは少し疲れたのか、ほっとした表情で休憩に入った。

 だがクリスが早いとは言っても、他の子たちとあまり変わらない。他の子たちもそろそろ終わりそうだ。魔道具に吸引される魔力量はほとんど変わらないので、そんなものだろう。

 それぞれ余裕そうな顔の子もいれば、そろそろ苦しくなってきて顔を顰めている子もいる。カイは「クリスに負けた! 俺様も負けねえ!」と気炎を上げていたが、魔法石の品質の差で多少の違いがあるで、誤差のようなものだろう。でもカイはまだまだ余裕そうである。意外と魔力がありそうだ。


 そうこうしていると次々と終わった子が出始める。


「ふう、終わったぜ。トーリはまだか?」

「僕ももうすぐ終わりそうだよ」

「ふっ、トーリには勝ったぜ!」


 カイも終わったようで、まだ終わっていない私を見て勝ち誇っている。この野郎、本当なら一瞬で勝つのだが、と思いながらも笑顔で「そうだね」と負けを認めてやった。

 皆と同じくらいのペースで魔力を送り続けていたので私のももう終わる頃合いだ。少ない魔法を微調整していたので、逆に少し気疲れした。


「これおもしれえな。でもなんで石が光るんだ? トーリ知らねえか?」

「何でだろうね?」


 魔力だよ、と言ってもいいが、ここで言えば指導員に聞かれてしまうので、知らないふりをした。


「なんだ、トーリも知らねえならだれも分かんねえな。でも、なんもしてねえのに、なんでこんなに疲れるんだ?」


 トーリは魔道具に手をのせているだけで、何故体が疲れるのか不思議そうにしている。

 肉体が疲れるというよりも、精神的疲労によって体が重く感じるといった方が正解なのだが。


「不思議だよね?」

「ふんっ! でも俺様はまだまだいけそうだ。さあ次始めるぞ~!」

「がんばってね」

「おう! 任せろトーリ!」


 鼻息を荒くして自分の席に戻るカイ。早速次の魔法石を魔道具にのせて作業を再開した。なにかと勝負しているようだが、誰も相手にしていないので空回りだ。無理して倒れないようにしてほしいものである。


「カイはいつも元気だね」

「そうだね。クリスは疲れた?」

「うん、少しだけ。でもわたしもまだ大丈夫そうだよ」

「そっか。でも無理しないでね」

「トーリもね」


 私はまだまだ余裕です。ともすればもうさっき魔法石に充填した分は回復していますけど、とは言わない。

 魔力の回復は、寝たり瞑想をすると効率よく回復する。

 魔力というのはこの世界のどこにでも存在する力、のようなものだ。空気中にも存在しているし、食べ物にも含まれている。もちろん土地や土壌にも。

 場所によって魔力の濃度が薄い場所や濃い場所もある。自分のいる場所が魔力濃度が薄ければ回復は遅くなるし、濃ければ早くなる。そんな感じだ。

 ちなみにここの魔力濃度は結構濃い。村も濃かったが、この世界はどこでも魔量濃度が濃い傾向なのかもしれない。

 前世での倍、までとはいかないが、前の世界よりも確実に濃い魔力濃度だといえるだろう。


 魔力の回復にも個人差はあるが、クリス達でもおそらく先ほどの魔法石くらいなら、使った分の3割ぐらいはもう回復しているはずだ。

 魔法の訓練をし、魔力量が増えると、多少は早く回復するようになる。しかし魔法の難易度が上がればその分消費する魔力も多くなるので、魔力量が多いからとはいえ、全体量からみると回復はその分遅く感じるようになる。今の私なら魔力量が空になったら、この濃い魔力濃度でも全回復するのにおそらく2日ほどは要するだろう。

 ちなみに今のカイ達であれば、初級の魔法2、3発分で空になる程度の魔力量しかないので、その分回復が早く感じるのだ。

 30分ほど休憩すれば7、8割がたは回復するだろう。


 村を出てからは、一人になる時間が少ないので、魔法の訓練をするにも苦労する。なので他に気付かれないように身体強化魔法などをしながら活動している。日々の修練が魔法上達のカギであるとともに、魔力量を増やすことに繋がるのだ。

 その点、今行っている魔法石へ魔力の充填は、魔法的な訓練とはいえない。いくら魔法を空にするまで充填したとしても、個人の魔力量はさほど増えないのだ。

 もっともそれは魔力を自発的に注入する方法でそれなのである。今皆がやっているように、自然と魔法陣に魔力を吸われるやり方では、魔力はほとんど増えないのだ。


 どちらにしてもこの施設が、私達に何をさせたいのか本当によく分からない状況である。

 魔法を習得させようというわけでもないし、単に魔法石に魔力の充填だけをさせたいのかがよく分からない。もっと効率よく魔力の充填をさせたいのであれば、少しは魔力の注入の仕方を教えれば、少しずつでも魔力が増えるようになるので、後々作業が捗るはずなのだが、今の所それをしようともしていない。

 もしかして魔力充填方法を指導員が知らないのかもしれないが、謎は深まるばかりだ。



 私も一つ目が終わり、続けて二つ目を手掛ける。他の皆もそれぞれ二つ目に取り掛かっていた。

 しかし、二個目を始めてしばらくすると、数人の脱落者が各班から出始める。4班からは3人、私達の5班は2人、いちばん衰弱していたサミーと、カイの隣に座る男の子のジムだ。6班も3人の脱落者が出た。


 その他の子供達は二つ目も充填し終えたが、ほぼ全員が疲労を感じているようだった。まだ大丈夫そうな者も数人はいるが、ここで作業はいったん終了することとなった。

 ちなみに私は全く疲れていないが、皆と同じように少し疲れたふりをした。以外にカイとクリスはまだ大丈夫そうだ。やはり村での食生活が他の子供達よりもよかったせいか、それなりに成長しているからなのかもしれない。


 魔道具をテーブルの真ん中に集め少し休憩した後、今度は紅一点エメーラ指導員の講義に移行した。

 エメーラ指導員は、20歳前半ぐらいだろうか。グレイの髪の毛に藍色の瞳、眼鏡を掛けているので視力が悪いのだろう。まあ物凄い美人ではないが、いたって普通、といった感じだ。

 服装はきちっとしているが、どうみても貴族のようには見えない。一般人なのだろう。

 まあこの施設にいる大人は、紺色の制服のようなものを着用している。男性と女性で形は違うが、ここがケーレイン伯爵の施設だと言っていた以上、ここの大人たちは伯爵に雇われているとみていいのだろう。

 いずれここの領地の内情を探ってやる。そう心に誓う私だった。


 今回は数字の勉強のようだ。

 ほとんどの子供達も二桁ぐらいの数は数えられるが、文字は分からない。先ずはそれを教えようというのだろう。


「……たしか5班の子達は数字が読めるのよね。では46番、この数字は?」


 エメーラ指導員は黒板へ、カッカツと音を鳴らしながら数字を書く。

 我が班のマイナンバー46番は、ポーという比較的おとなしい女の子だ。焦茶色の髪で黒に近い灰色の瞳、見ようによっては銀色に見えなくもない瞳である。

 銀眼は魔力適正の高い者によくみられる瞳の色だ。そのせいなのか、先ほどの魔法石への魔力充填にもまだ余裕が見られた。


「は、はぃ……た、たぶん、17、です……」


 自信なさげに答えるポー。正解です。


「うん正解ね。それじゃあ数字も書けるのかな? ええと、それじゃあ44番。黒板に1から10まで書いてみて」


 狙い澄ましたように私を指名するエメーラ指導員。

 確かに他の子はまだ文字を見ながらしか書けないから仕方がないが、施設長のグレンといいなぜ狙い澄ましたように私を指名するのだ? 解せない。


「は、はい……」


 考えても仕方がないので、私は席を立って黒板の前に立つ。

 白墨(チョーク)を手に、すらすらと数字を書いてゆく。


「へえ、本当に数字覚えているみたいね」


 エメーラ指導員は、私が書いてゆく数字を見て感心している。


「じゃあ、278を書いてみて」

「は、はい……」


 10まで書き終わると3桁の数字を書けと言う。

 3桁だろうが、今書いた数字を繋げて書けばいいだけだ。簡単なことである。


「まあ、ちゃんと書けているわね。それじゃあ25と37を足したら?」

「はい……」


 私は黒板に「25+37=62」と書いた。

 するとエメーラ指導員は、眼を見開いて、


「……え?」


 と、声を漏らす。

 ん? 計算を間違えたか? いや、そんなことはない。二桁の足し算ぐらい、赤子でもあるまいし瞬時に暗算できる。再度書いた答えを見てみるが、ちゃんと正解している。


「何か問題でも?」

「い、いえ、正解です。44番、席に戻っていいですよ……」

「はい」


 エメーラ指導員が戻っていいと言うので、私は白墨を置いて手をはたきながら席へと戻る。

 すると子供達の様子が少しおかしい。なんだ?

 自分の班のテーブルに向かいカイの傍を通りかかったとき、


「やっぱトーリはスゲーな。なんだあれ? たす、ってなんだ? よく知ってるなお前」


 カイがそう言ってきた。


「……‼」


 やばい! あまりにも低レベルな問だったので、ついつい気にせずに回答してしまった。

 しまった。この国の農民は文字すら知らず、簡単な数を数えることはできるが、計算など必要な生活環境ではないのだ。足し算や引き算ですら彼等には高度な計算になることだろう。


「なあトーリ、後で俺様にも教えてくれよ」

「わたしもわたしも」


 カイとクリスが追い打ちのようにそんなことを言う。


「う、あ、ああ……でも、ここで教えてくれるんじゃないかな……」


 この作業室でもエメーラ指導員がきっと教えてくれるはずだ。

 この国の状況がもう少し分かり、自分たちがどうすべきか判断できるまで、これ以上は目立たないようにしたい。

 目を付けられたら動きづらくなりそうだ。



 こうして、魔法石の充填作業と教育を交互にうけ、初日は終わったのだった。

 ちなみに魔法石を一番多く完成させたのは私達5班だった。カイとクリスとポーが6個、他は5個、だった。

 他の班は平均4個、少ない者は3個止まりだったようだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る