第17話 農民の子、作業開始

 各種注意事項を教えられた後、いよいよ作業に入ることとなった。


 指導員の内訳はこうである。

 女性指導員エメーラは、文字や言葉遣いを教える役割だそうだ。

 男性指導員ブルジンは、これから始まる仕事に対する指導監督役。もう一人の男性指導員アイラスは、二人の補佐的な立場らしい。年齢的にも一番若い。

 ただ3人は各々の補佐的立場でもあるようで、常にこの3人がこの作業部屋にいるらしい。


 時間割は決められていないようだ。

 作業の区切りが良い所で、エメーラの教育が入り、そしてまた作業に戻る。それを夕方まで繰り返すそうである。

 まあ作業や教育を延々と続けるよりは、効率が上がるのかもしれない。

 私も弟子であるメリンダ王女に教える時は、座学と実技を交互にしていた。連続して同じことを続けていても、集中力が上がらないことがあるので、それはたぶん正解だと思う。


 ちなみに休憩時間はないかといえば、そうでもないらしい、作業の合間に疲れたら休憩してもいいそうだ。それほど疲れる作業をさせるのかと不安になったが、6歳児にさせることも知れているだろうと思うことにした。


 そしてその作業が始まる。


「さて、これから君たちの仕事を始めようと思う。とりあえず今の君たちは、突然こんな場所に連れてこられて不安に思っていることだろう。しかしこれがこの国での普通なので慣れてほしい。この先君たちがこの国で仕事に就くための場だと考え、真面目に取り組んでほしいと私は思っている」


 教壇上でそう語り始めたのはブルジン指導員である。

 髭面のおっさんで、年の頃は40歳前後くらいだろうか。前世の私よりは少し若いと思う。

 あのやる気のない男よりは誠実そうで、この人がこの作業室の担当で良かったと、胸をなでおろす気分だ。


 しかしこの場で将来の仕事が決まると考えると、非常に重要な感じもするが、監禁のような真似をしてまですることなのか、些か疑問に思うところだ。本来なら仕事は自由に選べるのが普通のことだが、この国では強制されるものなのだろうか。

 前世でなら教育機関というものがあり、教育を受けたい者は身分を問わず6歳から学ぶことができた。教育機関のランクや職業に特化したものこそあれ、あくまで自由に教育を受ける場なので、このような監禁状態になどする場ではなかった。

 まったくここは理解に苦しむ国のシステムだ。


「では早速始めよう。隣の倉庫に作業に使う器具が保管してある。班別の棚に君達と同じ番号が振ってある器具を一人ひとつ持ってきなさい」


 ブルジン指導員がそう言うと、補佐役のアイラス指導員が黒板横の扉を開く。


「では班ごとに取りに行きなさい。では4班から」


 ブルジン指導員の指示で4班の子供たちが立ち上がり、その部屋へと入ってゆく。

 しばらくゴトゴトという音がしていたと思うと、子供が一抱えできる程度の大きさの器具を持って部屋から次々と出てくる。

 子供達は大事そうに抱えているので全容は分からないが、どこかで見たことがあるような器具である。

 まだよく観察できないが、私はそれがなんであるかおそらく知っている。


「4班、その器具はとても大切なものだから粗雑に扱わない事。丁寧にテーブルの上に置きなさい。では次5班、取りに行きなさい」


 ブルジン指導員の指示に従い、私達は席を立ち倉庫へと向かった。

 倉庫はそれなりに広く、大きな棚が結構な数置いてある。色々な器具が置かれた棚、床に無造作に置かれた木箱のようなもの、それに書棚に本が数冊差してあった。

 この世界に来て初めて見る本。いったいどんな書物があるのか興味はある。その書物の内容でこの世界の事が少しは分かるかもしれないのだが、今はそれどころではない。

 5班用の棚の前で補佐役のアイラス指導員が立っており、そこから持ってゆくように指示を出している。指示というよりも監視の意味合いなのかもしれない。


「十分気を付けろ。壊したら死ぬまでこき使われると思え」


 なんか不穏なことを言っている。

 器具を壊しただけで6歳児に死ぬまでこき使うなど、どれだけなんだと思う。間違いなく飯抜きよりは恐ろしそうだが、子供達はよほど飯抜きの方が恐ろしいのか、それほど劇的な反応をしていないところがまた面白い所だ。死にそうな環境で今まで生きてきたのだから、よほど飯抜きの方が恐ろしいのかもしれない。

 カイを先頭にして番号順に棚から器具を持ち出す。

 私の順番が来たので棚に手を伸ばそうとして、その器具がなんであるのかはっきりした。


 ──やはり魔法石充填器、だったか。


 形は前世で一般的に使われていたモノと酷似している、というよりも、多少古めかしいだけで同じモノだろう。構造的にもまったく同じ、魔法陣も私の記憶にあるものと全く同じだった。

 という事は、やはりこの世界は、前世と同じ世界の延長上にある世界という事だろう。間違えるはずがない。何故ならこれは、私が開発した魔道具そのものだったからだ。

 やっと確信に至るモノにおめにかかれた。この世界は私が元いた世界で間違いない。ただこの国の場所すら今は分からないので、同じ大陸かどうかは不明だ。


 私は少し行動を止めてしまったが、指導員に怪しまれないように作業室へと魔道具を運んだ。

 しかしこの魔道具を使ってやることは一つしかない。それをこんな年端も行かぬ子供達にやらせるのだろうか。若干の不安が過る。


 私達の班が全員器具をテーブルに置くと、次の6班も同じように倉庫に魔道具を取りに行き、最後子供が倉庫から出てくると、アイラス指導員が最後に倉庫から木箱を抱えて出てきた。

 ちなみに6班は一人少ない9人だった。この作業室は総勢29人の子供達がいることになる。


「さて、君達にはこれからその器具を使って、この石を光らせる仕事をしてもらう」


 アイラス指導員が持ってきた木箱の中からなにかを一つ取り出し、皆に見せながら説明を始めたブルジン指導員。

 手には小さな魔法石が煌めいている。しかしそれを魔法石とは称さずに「石」というところが腑に落ちない。魔法や魔力という正体を子供達には教えない積りなのだろう。

 その魔法石はおそらく一番小さなものだと判断した。主に照明や送風用のような小さめの魔道具に使われるタイプである。


「作業はいたって簡単だ。この石を左にある円の中心にある窪みに設置し、右側にある円の上に手を置くだけだ。そしてしばらくするとその石が徐々に光り出す。そして石の光がそれ以上変わらなくなれば終了だ」


 やはり私達に魔法石に魔力を充填する作業をさせるようだ。

 この器具はそのための魔道具でしかない。しかし使いようによっては魔石から魔力を引き出すこともできるが、それは魔力の扱いに慣れていなければできない仕様になっている。

 しかし本来の使い方は、自分の魔力を多少は操れるようにならなければ、魔力を充填するには不向きな道具なのだ。何も知らない子供達が最初からうまくできるはずがない。そもそも魔力の存在すら知らされていない子供たちなのだ。自分の魔力など操れるはずもないのである。

 ただ、手を乗せるだけでも魔力を充填できないわけではない。本来あの程度の魔法石ならば、慣れた者ならば1分とかからずに充填できるのだが、手を置くだけならその数倍、数十倍もの時間がかかるというだけだ。一つの魔法石を充填するまでには、おそらく子供達では30分以上はかかるかもしれない。


 ──なぜ子供達にこんなことをさせるんだ?


 村の兵士の話では、魔法は貴族以外には使えないと言っていた。使えば死刑。それに魔道具も庶民には持ってはいけない物だと言っていたはずだ。

 しかし子供達に魔法石に魔法を充填させる矛盾。

 ここの指導員達も、魔力の充填という事を子供達には伏せておきたいようだ。


 魔法というものが、この世界のどの程度の人達まで分かっていて、魔道具等を使うのはどの程度の人達までなのか、まだ分からないことだらけだ。もしかしたら魔法石に魔力を充填する人が不足しているのだろうか。


 そもそもこの施設の目的は、子供達に何らかの優劣をつけ選別すること……。

 何の優劣をつけるのかは分からなかったが、この魔道具が仕事と称している以上、魔力の多寡なのではないだろうか。

 魔力の多い者は優秀な者として、どこか別の場所でそれに見合った仕事をさせられる。逆に魔力が少ない者は、魔法とは関係なく違う仕事をさせるとか、そんなところなのかもしれない。


「さあ、ではやってみようか」


 ブルジン指導員がそういうと、各々に3個ずつの魔法石が配られた。

 子供達は説明通り、魔法石を一つ手に取り、左の魔法陣の真ん中の窪みに置く。


「では始めなさい。疲れたら無理をせずその器具から手を放して休みなさい。いいですね、くれぐれも無理をしないように」


 ブルジン指導員は注意事項を述べるが、身体を動かすわけではなく器具に手をのせるだけなので、どうしてそこまで疲れるものかと、子供達は少し馬鹿にしたような感じで魔道具に手をのせる。カイなどは「石が光るなんて面白そうじゃん!」と言いながら嬉々として手をのせていた。子供達にとっては遊びの延長みたいなものなのかもしれない。


 しかし子供達は当然知らない。自分の保有している魔力が少なくなると疲れたように倦怠感が襲うことを。そして無理をすれば気を失うかもしれないし、悪ければ命に係わることもある。

 この程度の魔法石ならば、初歩魔法でいえば2、3回分の魔力が充填できる。だが子供達は、魔法すら知らず魔法の訓練すらしたことがなく生きてきたのだ。魔力は成長と同じく増加してゆく。だが何もしてこなかった6歳児の平均的魔力保有量であれば、初歩的な魔法4、5回分のぐらいの魔力量しかないと考えられる。

 生まれつき魔力量が多いとしても、なにも訓練していなければ、おそらく10回分くらいの魔力量しかないと考えられる。

 魔力の少ない者ならば、この魔法石一つを満タンに出来れば魔力量が尽きてしまうかもしれないのだ。そうなれば疲労で倒れてしまうかもしれないのである。

 それにここに集められた子供達は、普通に成長してきた子供達ではない。栄養不足により成長を阻害されているので、私の予想よりもはるかに魔力量が少ないかもしれない。下手をするとこの魔法石ひとつすら満タンにできず、魔力が枯渇する恐れもある。


 それに自分で魔力を込める方法ならば効率よく魔法石に充填できる仕様になってのだが、魔道具の魔法陣の力のみで、魔力を吸い取られるような方法だと、時間もかかるのはもとより、充填効率も非常に悪いのだ。

 目安としては、魔力を込めた場合100の魔力で満タンになるところ、自然に吸い取られる場合は、120ぐらいの魔力が必要となる。とても非効率なのだ。


 しかし指導員は、魔力自体の存在を教えるつもりはないようだし、魔道具に魔力を込めると言う方法もとらないようだ。もしかすると彼等自身も魔力の事を知らない可能性もあるが、どうもそのようには見えない。

 ただ単に魔法石に魔力を充填するのが目的なのか。それとも個人個人の魔力保有量を探るのが目的なのか。今の所判断がつかない。


 私以外の子供達は、興味津々といった感じで魔道具に手をのせて魔法石を見ている。

 今現在の私の魔力量であれば、この程度の魔法石ならば、2千個でも3千個でも満タンんに出来るだけの魔力量は持っている。

 だが、下手にそれをしてしまっては、どうなるか分からない。もう少し情報が欲しい。

 他の子供達の為にも、この結果がどう自分達に作用するのかが知りたいものだ。



 私は周りの子たちと同様、ゆっくりと、とてもゆっくりと魔力を制限しながら魔道具に魔力を流すのだった

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