第16話 農民の子、作業室にゆく

 翌朝、私達は廊下から響く銅鑼の音で目を覚ました。


 銅鑼の音は、地下の廊下を反響するように大きな音で響く。

 階段を降りたところに大きな銅鑼が壁近くに掛かっており、それが子供達への合図となるのだ。

 せめてもう少し優し気のある鐘の音とかで起床したいものだ。びっくりして心臓がバフバフしている。


 飛び起きたのは私だけではなく、全員が慌ててベッドで身を起こしていた。入口に一番近いカイはベッドから転げ落ちるほど驚いていたようだ。

 地下室なので銅鑼の音だけが頼りだ。窓がないので真っ暗で外の状況は分からないが、たぶん朝も早い時間帯だろうと考えた。

 農村にいた時は時間など気にすることがなかった。外が明るくなったら起きる時間、暗くなったら寝る時間、とそれくらいなのだ。

 ただこの世界にも時間を知らせる目安があるようで、昨晩例の男が起床は6時と言っていたので、とりあえず今は朝の6時と認識した。


 昨晩のご飯の時にも銅鑼が鳴り、その後食事が運ばれて来たので、その時間が19時ということだろう。朝は6時、晩は19時がご飯の時間になる。

 前世では一日を24時間としていた。この世界も同じとは限らないが、その時間割を考えれば24時間と考えられる。だが情報が足りないので、今の所なんとも言えない。


 今日からは食事を運ぶのも自分達でしなければならない。だからといって別に自分達で食事を作るわけではない、食事は作ってくれる人が別にいるようである。銅鑼が鳴ったら配給室と呼ばれる場所に取りに行かなければならないのだ。配給室は昨日1階から地下に降りてすぐの部屋がそうだ。配給室と書いてあるが、私以外の子供達は読めないようだった。

 昨晩は食べ終わったら全員分をまとめてその配給室に下げるようにと命令され、翌日からは、銅鑼が鳴ったらそこに取りに来るようにと指示された。

 銅鑼が鳴ってから30分間取りに来なければ、食事は配給されなくなる。これもルールだ。

 部屋に時計がないので、30分という目安が分からないのだが、食べ物に執着している子供達が多いので、それを過ぎることはまずないだろうと、心配しないことにした。

 銅鑼が鳴って目覚めた私達は、素早く顔を洗い4人で食事を取りに行く。カイを先頭に私とジムとバランという男の子が担当だ。10人分の食事はそれなりの重さがあるため、暫くの間女の子は片付けを担当することに決ている。これも昨晩決めたことだ。


 そして昨日の時点で気づいていたことなのだが、この施設には私達以外にも子供達がいた。

 一応服についているナンバーがあるので、他に私達と同じような立場の子供もいる可能性はあると考えていたので、私は驚かなかったが。他の皆はその限りではなかった。

 結構の数の子供達がいるようで、初めてそんな大勢の同年代の子供を見たのだから仕方がないことなのだろう。

 私達と同じ状況ならば、一部屋に10人単位で入れられていると思われる。

 私達の部屋の最高ナンバーが50であるからして、最低でも50人の子供達がいる可能性がある。まあそれもいずれは分かることだろう。

 ただその初めて見る子供達も、私達と同等かそれ以上に貧相だった。痩せこけ、今までよく生きてきたな、と思えるほどの子供もいたのが、私には余程ショックだった。

 やはりこの世界、どこも皆同じような状況なのだろう、と考えるとどこかやるせない気持ちになる。


 食事は概ね食べられるものが支給された。

 薄味で具の少ないスープだったが、村で食べていた食事よりも濃い味なので誰も文句を言う者がいなかった。パンは固かったが食べられない程ではない。

 むしろ家のご飯よりずっと良い、と笑顔で言っていた子の方が多かったので、一応は一安心した。


 食事を終え、女子が配給室に食器などを片付けに行っている間に、男子はテーブルを拭き、食べこぼしが床にあったら掃除したりする。

 掃除用具はトイレの掃除用具入れに常備されているので、担当など決めずに、気が付いた者が率先して掃除するように昨日決めた。


 女子が戻ってきて、掃除を終わらせ、ベッドもきれいにしたところで、再度銅鑼が鳴った。

 食事の後の銅鑼が鳴ったら、全員で1階に上がるように言われている。10分遅れた者は「食事抜き」と聞けば、誰もが遅れるわけにいかないと必死になる。

 扉を開いて廊下に出ると、やはり「食事抜き」の呪文に操られたであろう子供達が、速足で一階に向かって進む姿があった。

 私達は個人個人駆けだすことなく、固まって移動するよう心掛け、一階へと向かうのだった。


 一階に上がると、昨日部屋まで案内してくれた男と、やる気のない男、そのほか三人ぐらいの男と、二人の女性がいた。


「おい、お前らうろうろするな! こいつらみたいにキリっと整列しろ!」


 部屋を無秩序にうろうろしていた子供達に対し、昨日の男がそう叫んだ。

 私達はカイを先頭に一列に並んでその男の前に立っていたので、怒られはしなかった。昨日決めていたことが出来て幸いだ。


「そっちから1号室、2号室、の順で並べ。最後が6号室だ」


 どうやら6号室まで使われているようだ。そうすると満室状態で60人の子供がここにいることになる。

 この施設への到着順で割り振られたかどうかは分からないが、私達が一部屋の定員ちょうどの10人だったので、部屋には他から来た子供達が加わることもなかったのかもしれない。

 私達は言われた通り少しずれて5列目に並ぶ。


「これから作業室へ向かう。列を乱さず1号室の者から順番について来い」


 ──はい。と返事をしたのは私達の部屋の子供達だけだった。

 昨晩カイにお願いされ、目上の人達に対する言葉遣いも少しは勉強させていたので、自然とそうできた。命令調の口調でそれが自分もしくは自分達に向けて言われた場合、「うん」ではなく「はい」と返事すること、と訓練を交えて教えたのだ。

 その返事にここにいる大人たちは、少し怪訝な目で私達を見ているようだったが、特段気にすることもないだろう。普通の対応だ。


 大人達に続いて私達は作業部屋と呼ばれている部屋へと向かう。

 一階の奥にも部屋があるようだが、そちらではなく、上へと昇る階段を上ってゆく。

 二階に上ると、地下と同じように長い廊下が続いているが、地下とは違い、左右にある扉の間隔が非常に長い。

 部屋の大きさがそれだけ大きい証左だろう。見た限り8部屋ぐらいあるのだろうか。

 少し進むと大人たちは最初の扉の前で足を止める。


「こっちの作業室には1から3号室の者達が入れ、そしてこっちの作業室は4から6号室の者達だ。今後そこがお前らの作業室になる。これも間違いなく覚えろ。部屋を間違えば飯抜きだからな。そして明日からは銅鑼が鳴ったら10分以内に直接この部屋へ集まること。いいな」


 ──はい! と元気よく返事をする。しかし先ほどと同じように私達の5号室組だけだ。


 そしてそれぞれ指示通りに別れて部屋に入る。

 大人達も男2人、女性一人に分かれ、それぞれの部屋に入ってゆく。

 作業室と呼ばれている部屋は、結構な広さがあり、前側と後ろ側の壁に黒板が1枚ずつ。そして10人掛けのテーブルが4つ整然と設置されている。前後どちらの黒板も見えるような配置だ。

 前後の黒板脇には扉も付いており、その奥にも部屋があるようだ。窓は鉄格子が付いた窓が奥の壁の上の方にある。大人でも届かないような位置なので、窓の外は空しか見えない。単に明り取り目的の窓みたいな感じだ。外の景色を見ることもできない造りは、脱走防止の為なのだろう。やはり監獄みたいだ。


「4号室はそのテーブル、5号室は奥のテーブル、6号室はそこだ。テーブルに番号が振ってある。その番号通りに座れ」


 男に指示されたテーブルに各部屋の子供達は移動した。

 昨日案内してくれた男は、どうやらこの作業室の担当なのかもしれない。やる気のない男が別の作業室に行ったので多少安堵した。

 私達のテーブルには41から50までの番号が振ってある。部屋で決めた自分の服の番号通り座ればいいので、カイが「服の順番で座ろうぜ」とみんなに指示を出し着席する。

 他の4号室と6号室の子供達は、その番号の意味が分からないらしく、どこに座ればいいのか右往左往していた。


「4号室と6号室どうした、早く座れ」

「ばんごう、って……どうすれば……」

「お前らの服に書いてある番号と同じ番号の席に座ればいいんだ。昨日時間があったのに、そこまで教えなければ分からんのか?」


 男は厳しい口調でそう言うが、文字の知らない子供達には酷というものだ。

 私達の部屋では少し勉強したので、ほぼ全員が自分の番号を覚えているだけで、昨日勉強しなければ同じ結果になっていたことは明白である。

 厳しいな、と思っていると、他の大人たちがうろうろしている子供達の番号を見ながら座る席を指示していた。

 やはりこの男は、個人の自主性を促そうとしているように思える。自身で学ぶことが重要なのだと、敢えて厳しくしているのだろう。

 ややあって全員が着席した。

 テーブルには今の所何も乗っていない。各々が座っている場所にはひとつずつ引き出しが付いているようだ。筆記用具などが入っているのだろうか。開けてみたい衝動に駆られるが、大人たちの視線があり実行できなかった。不必要なことをして咎められ、目を付けられるのは避けたいのでおとなしする。


「さて、全員着席したな。先ずは自己紹介だ。私はこの施設の責任者グレンだ。そこの3人がお前たちを指導する指導員だ。女性がエメーラ、そこのひげ面がブルジン、痩せたのがアイラスだ。指導員の指示は絶対だ。くれぐれも反抗的な態度はとらないように」


 なんとこのグレンという男は、ここの施設長だと言う。ということは、ここで一番偉い奴という事だろう。

 私達は施設長グレンの言葉に、──はい、と静かに返事をして頷いた。

 命令違反は飯抜き、反抗的態度もたぶん飯抜きになるのであれば、子供達は素直に頷くしかない。

 ただ、私達以外はまた返事もできないで同じ席の子供達と顔を見合わせていた。

 もっと自分の今置かれている状況を把握した方がいいと思うのだが、6歳児で教育も行き届いていない状態では、この辺りが普通なのだろう。


「今お前らが座っている席が、これからしばらくの間自分の作業場所になる。そしてそのテーブルが班になる。4号室はこれから4班、5号室は5班、6号室は6班と呼ぶことにする。そしてこれからお前らはその服に書いてある番号で呼ばれることになる。自分の番号はしっかりと覚えろ。自分が何番か分からない奴は今のうちに訊け。二度は教えないからな」


 そう男が言うと、私達の部屋以外の全員が分からないと訊ね始めた。

 他の指導員が分からないという子供に対し、自分の番号を教えて回る。

 しかし名前ではなく番号で呼ばれるとは、予想通り監獄並みの待遇だ。


「おい5班、お前らは全員迷いなく着席していたようだが、自分達の番号分かるのか?」


 私達の班の全員が誰も訊かないので、施設長のグレンが聞いてくる。


「うん、いや、はい、全員自分の番号は覚えたぜ、いえ、覚え、ました」


 答えたのはカイだ。カイはなにかと自主的にリーダーシップを取りたがるので、昨日リーダーに任命した。私は影から支援するのが性に合っているので、リーダーは却下だ。

 カイは目上に対して丁寧に話そうとしているが、いまいちである。

 丁寧に話すには、です、ます、でした、ました、をとりあえず語尾に着けようと言ってはみたものの、今までそんな話し方をしてこなかった子供達には、一朝一夕で身に付くはずはない。まあ仕方ないことだ。後は慣れるしかない。

 それでも努力しているのが分かるので、微笑ましいものである。


「む? そうか、じゃあそこのお前、お前は何番だ?」


 グレンはテーブルの端に座るサミーを差し質問した。


「ひゃ、は、はひ……ご、50、ばんでし……」


 突然差されたので、サミーは口から心臓が飛び出しそうなほど驚いていたが、ちゃんと自分の番号を言うことができた。言葉はカミカミだが、ちゃんと丁寧に話そうと心掛けている。

 ちなみに50番のサミーは、馬車でカイがご飯を分けてあげた痩せた女の子である。ここ数日しっかりと食べており、血色がよくなってきているので安心している。


「うむ……じゃあお前」


 ずびしっ! と今度は狙い澄ましたように私を指差す。


「はい、44番です」

「う、うむ……」


 私が間髪を入れず答えると、施設長のグレンは唸った。


「うむ、5班は大丈夫そうだな」


 グレンは一応納得してくれた。ただ、私を見る目がどこなく探るような視線だったのは、気のせいだろうか……たぶん気のせいだろう。



 こうしてその後、一通りの注意事項を話し終えた施設長のグレンは、作業室から出て行った。これから私達の仕事が始まるのだった。

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