第15話 農民の子、教える

 部屋の奥の扉は、それぞれ風呂と洗面所、トイレだった。


 風呂は5人ほどが一度に入れるような大きさの浴槽と洗い場が付いているので、全員で入ることもできそうだ。男女交代で入るのなら十分な広さの造りだった。ちなみにシャワーなどの設備はない。浴槽のお湯を手桶ですくって掛け湯する感じである。一応脱衣所も付いているので使用するのに不便はない。

 それでも私以外の子供達は、風呂自体が初めて見る設備なので、どうしていいか分からないようだった。たぶんここで服を脱いで、浴室でお湯を使って体を洗うのだと簡単に説明したのだが、やはりよく分かっていないようだつた。だからとりあえず私がお手本としてやってみることにした。


 脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入ってお湯をかぶり、備え付けの石鹸のようなものを使って頭や体を洗い、お湯で流す。

 浴槽に「ふう~」とジジ臭く浸かると、他の全員が一斉に風呂に入って来て大変な目にあった。

 まだ6歳で田舎育ちとあり、羞恥心のかけらも見せない男女が、イモ洗い状態で風呂に入っているさまは、どこか微笑ましいものがあった。

 それでも生まれ変わってから初めてお湯に浸ったので、とても気持ちよく、「ふぅ~生き返るぅ~」と声が出かかったが、心の中に留めておいた。


 風呂のお湯は赤い蛇口をひねると、多少熱めのお湯が石造りの溝から出てくる仕組みになっていた。もう一つの青い蛇口をひねると、細めの管から冷たい水が出てくるようになっている。お湯はどこかで沸かされているのだろう。それも魔道具かどうかは分からないが、この建物はそれなりの設備が充実しているようであった。


 トイレに関しても同じで、前世でも一般的に使われていたトイレとさほど変わらないものだった。洗面所も備え付けられており、そこで歯を磨いたり顔を洗ったり、洗濯もできるようだ。

 ちなみに私を除く他の子供達は、やはりトイレも洗面所も見たことがなく、使い方すら分からないようだった。ここでも私が使い方を実践してみて、他の子たちに覚えてもらう役割を果たしてしまった。トイレはこうやって使うのかな? 洗面所はこうか、ここで洗濯できそうだね、などと次々に実践して見せたのだ。

 貧乏農家では一切見ることのない設備なので、最初は慣れないことで戸惑っていたが、私が実践して見せたことで、なるほど、と納得してくれたようだった。


 風呂も入り終わり、一通り部屋の使い方も分かったところで、夕食までの間ゆっくりとすることとなった。

 各々に割り当てられたベッドの上でうとうとし始める者や、物珍しそうにトイレや風呂をまた見学している者、洗濯している者、それぞれ自由に過ごしていた。


 ──明日からは仕事と教育がしばらく続くと言う話だった。いったいどんな仕事をするのだろうか……。


 おそらく男が言うように、ゆっくりできるのは今日ぐらいなのだろうと考えながら、私もベッドに横になって今後の事についてぼーっと考えていた。

 すると私のベッドに、カイとクリスの二人がやって来る。


「おい、トーリ。お前どうして「ふろ」や「といれ」の使い方知ってんだ?」

「トーリはすごいよね、見ただけでわかるなんて。でも、おふろって最高だね!」


 まずい。こいつら私を不審に思い始めている。

 農村では絶対見ないような設備を、一目見ただけで完璧に使いこなしてしまい。その使い方まで教えている。私がなぜそれらを知っているのか問い質しに来たのだろうか。

 ここで前世の知識があるので、というわけにもいかないし。どうしたらよいものか……。


「いや、僕はなんとなくそうじゃないかな~って思っただけだよ」


 私が当たり障りなくそう言うと、二人はジットリとした眼差しで私を見てくる。

 これは感付かれているのか? と警戒していると、


「すげえじゃんトーリ! お前は最高な奴だな! お前が親友で俺様は鼻が高いぜ‼」

「トーリはほんとにすごいよね。何でも出来ちゃうし、こん中で一番頭いいんじゃない?」


 二人はなぜか私をべた褒めだった。

 カイは私の言葉遣いや洞察力の高さを褒め、クリスはここまでの道中色々なことを改善してきた私を褒めている。

 ああ、なんとも警戒しすぎた。

 確かに6歳児がそこまで疑念を抱くとも思えない。ただ単純に、凄い、と思っただけに過ぎないようだった。

 ガクッと気が抜けてしまった。

 ところでいつからカイと私は親友になったのだろうか。まったく調子のいい奴だ。そもそも親友の手柄で鼻を高くするんじゃない。虎の威を借る狐じゃあるまいし……。


「とりあえずトーリ、お前は言葉遣いが丁寧みたいだから、そこんとこみんなに教えろよ」

「そ、そうだね……村でも兵隊さんと話していたから、それで目上の人への話し方を覚えた感じがあるからね」


 それは嘘なのだが、それらしく脚色したら簡単に信じるので子供は扱いやすい。

 とにかく、カイは言葉遣いを早く矯正したいようだ。目上の者に対する言葉遣いを覚えろと命令されている以上、早く覚えなければならないと考えているのだろう。命令違反になれば「飯抜き」の刑が待っているとなれば、必死にならざるを得ない。

 他も言葉遣いは丁寧とは言えない。やはり農村ではそんなことを教えられる環境になかったのだろう。普通に田舎の子供といった感じだ。

 教えることはやぶさかではない。この部屋で一緒に暮らす仲間と思えば、誰かが「飯抜き」の刑になるのは見ていられないのだから。


「わたしは、部屋番号? てのがまだ覚えられないよ……どうしよう……」


 一文字の「5」ですらまだ覚えられないクリスは、どんよりとした表情で俯いていた。

 覚えなければ部屋の扉を間違えてしまうことになるかもしれない。間違えれば「飯抜き」なのだ。焦る気持ちも分からないではない。

 だが偶然というのか、必然というのか、私達には数字を身近に覚えられるものを身に着けている。


「それは問題ないよクリス。自分の胸を見てごらん」

「えっ? なんで?」


 私の言葉に不思議がるクリスだが、与えてもらったこの服には、それぞれ番号が割り振られている。

 男子も女子も関係なく同じ服、少し大きめに作られているので、体格がそう大きくなければ、同年代の子供達は問題なく着ることができる。みんな栄養不足なので、本来の同年代に比べれば小さな方だと思う。服が大きければズボンの裾や袖を折ればいいのだ。

 それは置いて置き、数字の話に戻る。


「何で胸?」

「そこにさっきの数字が書いてあるよ」


 クリスの胸には「45」と書かれている。

 4はまだ読めないのだろうが、扉に書いてあった「5」と45の末尾は同じ文字なのだ。それを覚えればいいだけだ。

 皆は文字が読めないだけで、普段使うような言葉は覚えている。二桁ぐらいまでの数は数えられるのだから、数字を覚えるのは簡単なことだろう。


「あっ! もしかしてこれが「5」なの?」

「あ、マジだ! この二つ目の形、ドアに書いてあった「5」と一緒だ」


 カイはクリスの胸に書かれた5を指差し納得している。


「うん、それはたぶん「45」と書いてあるんだよ」


 たぶんでなくとも45なのだが。


「なんで45? どうしてわかるんだ?」


 何故45とわかるのか、不思議そうに訊いてくるカイだった。


「それは簡単だよ。ほら見てよ僕の胸には、同じ文字が並んでいるでしょ? これは「44」だよ。そしてカイのは「41」さ。ベッドの並びを見てごらん。カイが一番扉側のベッドだよね? その4つ目に僕がいて、次のベッドにはクリスだ。そして向こう側に五つのベッド、最後の、ええと誰だっけ、確かサミーだったかな? 彼女の数字の頭がこの部屋の番号と同じ「5」で次の数字がこの部屋に全くない形が書いてある。それは「0」だよ。だから「5」の前の数字は「4」だから、僕の番号は「44」。この部屋には、それぞれ41から50までの数字が書かれている服があるのさ。だから数字を覚えるのは簡単だよ、この部屋だけで全種類の数字が覚えられる」

「……」「……」


 私の説明に二人は、眼を瞬かせている。二人以外にも聞き耳を立てていた子たちは、一様に自分の胸元を確認していた。

 数自体は数えられるので、それに照らし合わせて数字を覚えるだけだ。すぐに覚えられるだろう。


「トーリ、お前マジですげえよ‼」

「この短い間にそこまで見ているなんて、トーリはやっぱり頭いいよ!」


 天才ではない。文字を読めるだけだ。皆にも分かり易く、それらしく説明をしただけです。


 その後、全員でテーブルに付き、自分の服の番号を見せ合いながら皆で数字を勉強し始めた。私は44番なので、そこにいる必要はないのでまた部屋を物色していた。

 すると部屋の一角に棚があり、その中の箱に筆記用具と紙があったので、全員に配り数字を書く練習をしてもらうことにした。やはり覚えるには書くのが一番だ。

 筆記用具も人数分揃えられている親切さ。やはり子供達に少しでも勉強させようとしていることがうかがえた。

 ちなみにペンも使った事のない子供達に、こう書けば書きやすいかも。と教える私も、なかなかにしてお人好しなのかもしれない。

 大賢者として弟子であるメリンダ王女に教えていたこともあり、教えるという事は嫌いではないので、私も楽しく教えることにしたのだった。

 こうしてこの施設で、私達の初日は無事に終えた。



 明日からいったいどんな仕事が私達に待ち受けているのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る