第14話 農民の子、魔道具発見

 地下に降りると、薄暗い廊下が続いていた。


 かなり奥まで続いているようだ。廊下の両脇には、ぽつぽつと複数の扉が備え付けられている。数からして結構な部屋数があるようだ。扉と扉の間隔からして個室ではなさそうである。大部屋だろうか。

 しばらく進むと男はひとつの扉の前で立ち止まった。


「ここがお前らの部屋、5号室だ、覚えておけ。部屋を間違えたら、飯抜きだ」

『?』


 どうやらここが私達の部屋らしい。「お前ら」ということは、10人全員がこの部屋で寝起きできるのだろう。

 扉に「5」と書いているが、文字を読めない子供達は全員首を傾げている。

 地下廊下には同じような扉がいくつもあり、端の方の扉なら場所的に覚えることはできそうだが、この部屋は端から少し離れている。文字を読めない子供達にはどこが5号室か分からないだろう。間違う可能性は十二分にある。

 部屋を間違えただけで飯抜きというのも厳しすぎるとは思うが、他の部屋に何か秘密があるのだろうか。


「お前ら、この形を覚えろ。これが「5」という数字だ。文字の読めないお前らでも、一文字ぐらいは覚えられるだろう? というか覚えろ、命令だ」


 この男、なかなかできる。

 命令に従わなければ「飯抜き」を有効活用している。これなら子供達も覚えるだろう。たった一文字だから形さえ覚えられればいいのだ。

 もし覚えられず部屋を間違うことになったら、2重で飯抜きが確定してしまうのだから、子供達も必死に覚えようとしている。

 というか、この男、なかなかいい奴なのかもしれない。

 私達が農村から来た事を知っているからだけなのかもしれないが、なにげに丁寧に教えてくれているようだ。まあ、それがこの男の仕事なのだろうが、子供達に罰を与えないようにしているようにも見える。


「さあ入れ」


 開錠し扉を開いた男は、クイッと顎で私達に部屋へ入るように促す。

 扉を開いた瞬間、2匹のネズミが部屋の中から飛び出して来たが、やはり男は気にも留めない。この建物には結構なネズミも同居しているのだろう。衛生的な面でいえば不衛生と思われるが、まあ農村でも同じようなものなので、子供達もあまり動じていない。下手をすればネズミを捕らえて食料にしていたのだから、食べ物がいると喜ぶ子供もいた。

 中に入ると、部屋の中は真っ暗だった。地下室なのだから窓がないので当たり前だろうが、真っ暗で何も見えない状態でどうすればいいのもか。蝋燭でもあるのか? などと考えていると、


「ここを触れば明かりが灯る」


 男が壁の一部に手を触れると部屋がパッと明るくなった。明るくなったとはいえ、薄明るい程度だ。


 ──ん! 魔道具か‼


 転生して初めて見る照明の魔道具。

 やはりこの世界にも魔道具はあった。


「もう一度触れると消える。これも覚えておけ。しかし長時間の使用は禁ずる。蝋燭などと同様、この明かりも消耗する。無駄な時間があったら早く寝ろ。起きている時は仕事場に向かえ。起床時、食事、睡眠前の短時間だけにしろ。いいな?」


 男の説明に子供達は無言で頷いた。

 魔道具は魔力を消費し、蓄えた魔力が無くなれば機能しなくなる。

 魔法石という物に魔力が蓄えられており、それが無くなると魔道具は動作しなくなるのだ。故にその空になった魔法石を、十分魔力が蓄積された魔法石と交換すれば再度使えるようになる。

 前世では、この程度の照明魔道具であれば、たいした魔力を消費しないので、魔石を交換すれば4、5日は十分に機能するものだった。ここは地下室で窓がないぶん、普通に使っていたのなら2、3日といったところだろうか。


 照明魔道具に使う魔法石は、大方が最低ランクの魔法石を使うので価格もそんな高価ではなかったはず。一般家庭、もちろん農家でも使っていたほどなので、非常に安価だったはずだ。魔道具屋などに空になった魔法石を持ち込むと、再度魔力を充填してもらうことも可能だった。その時は魔法石を直接購入するよりも安くなっていたはずだ。

 少し裕福な家庭だと、魔力充填用の魔法石充填器なるものを持っており、自分の魔力を簡単に魔法石に補充できるので、魔法石が使えなくなるまで何度でも再充填して使っていたものだ。

 ちなみに魔法石充填器は非常に高価なので、一般家庭や農家では、それほど需要はなかった。新しく魔法石を買うか、補充してもらった方が安く上がるからだ。

 なにを隠そうその魔法石充填器を一般向けにまで改良したのは、私なのである。

 

 もちろんこの国ではその限りではないのかもしれない。魔道具でさえ初めて見るし、この男が長時間の使用は厳禁と命じていることからして、魔法石がとても高価な代物である可能性が高い。

 村の家では暗くなったら寝る、というのが常識なので、そんな魔道具は必要としない。蝋燭すら見たことがないし、どうしても夜に行動しなければならないときは竈の火が明かり代わりだった。


 本来であれば蝋燭やランプなどを使うところなのだろうが、私達はまだ子供で、火の取扱いで不備がないように照明魔道具にしているのかもしれない。廊下には油を燃やすランプが掲げられていたので間違いないだろう。


 部屋は思いのほか広かった。

 部屋の真ん中に大きなテーブルがあり、10人は座れそうな長椅子が両側に備えついている。テーブルを挟んで両壁の方にベッドが5台ずつ置いてあった。合計10人は寝られる計算だ。その部屋に私達10人。男子4人に女子6人、ちょうどである。

 奥にはまだ二つの扉があり、何かの部屋があるみたいだ。


 子供達はベッドを見て、うぉーと歓声を上げてテンションが上がっている。当然貧しい村ではベッドなど使うわけもなく、とても珍しいのだろう。斯くいう私の家も麦藁を敷き詰めた上にシーツを敷くだけの寝床で雑魚寝が基本だったので、この世界で初めて見たベッドには感動した。

 まあそんなに上等なベッドや布団ではないので、寝心地はそう良いものではなさそうだが。


「寝る場所は自分たちで決めろ。ベッドの上に着替えが置いてある。それに着替えろ。晩飯まではまだ時間があるから今日はそれまで自由にしていていい。風呂も使えるようにしてあるから順番に入れ。身綺麗にするんだ」


 なんと風呂も準備してくれているそうだ。


「今日は晩飯も準備してやるが、明日から飯を運ぶのも、風呂を沸かすのも、部屋や風呂、トイレの掃除も、洗濯もすべて自分達でやるんだ、いいな?」


 男の命令に子供達は頷くこともできない。

 子供達にしてみれば、村から出てきたばかりで何もかも初めての事なのである。風呂すら見たことのない子供達に、教えてもらえない内から何もかもができるわけもない。

 するとカイが面白くなそうな顔で口を開く。


「なあ、「ふろ」ってなんだ? それから明日から全部やれって言われても、何もわかんねーぞ?」

「これだけ人数がいるんだ。お前等だけで考えろ」

「考えろって……」

「命令に従えないと?」


 男がそう言うと、カイは「飯抜き」が瞬時に頭を過ったのか、明らかに狼狽えた。


「いや! わかった、わかったよ!」

「分かりました、だ。ここはお前たちが元いた村とはもう違うんだ。言葉遣いも気を付けろ。目上の者には敬語を使え」

「わ、わかりまし、た?……でも「けいご」ってなんだ?」

「ふん、まあしばらくは仕方ないだろうからあまり強くは言わんが、明日からの仕事の中には、言葉の教育も含まれる。早めに改善されなければ、自分たちが苦労するからな。いつまでも今までと同じだとは思わんことだ」

「わ、わかった、り、ました……⁇」


 カイは言葉につかえつつも、ちゃんと言い直そうとして頷いている。しかし男の話す内容については行けていないようで、不思議そうな顔をして首を傾げていた。

 男のぶっきらぼうな言葉使いはあまり優しくはないが、これからの私達に必要な自主性のようなものを教えてくれている感じである。

 やはりそんなに悪い人ではなさそうだ。

 とにかく、初めてだろうが何だろうが、自分たちで考え行動すべし。そういう教育方針なのかもしれない。


「それじゃああとは自由にしていろ。風邪をひかないように早く風呂に入れ。それと今着替える服に付いている数字が、今後お前たちの番号になる。他の者の番号を間違って着ることのないように。間違ったら飯抜きだ」


 カイが何か言いたそうにしていたが、男はそう言い残して部屋を出て行った。

 風邪をひかないようにと言うところは、やはり優しい人なのだろう。

 私達はそれぞれ自分の寝る場所を決め、ぐしょぐしょの衣服を脱ぎ、準備してくれていた服に着替えることにした。


 準備されていた服は囚人服とまではいえないが、それに近い簡素な服である。胸に各々番号が振られているのが、どことなく囚人のように思えるが気にしないことにした。

 私達の部屋は、41番から50番が割り当てられているようだ。ちなみに私は44番、カイが41番、クリスが45番だった。


 私を除いた子供達は、自分が着替えた服に書かれた数字を見て首をかしげている。洗濯や着替えで間違わないようにしてほしいものだ。



 こうして私達の部屋割りが決まったのだった。

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