第13話 農民の子、領都に到着

 昼近くになって降り出した雨は、次第に強さを増し、目的地に到着する頃には土砂降りの雨になっていた。


 どこか私達の先行きを暗示しているような、そんな暗く陰鬱とした雨だった。

 荷馬車は幌が被せてあるとはいえ、前と後ろは開いているので、雨粒が荷台まで降り注いできており、前側と後ろ側に陣取っている子供は濡れネズミのようになっている。

 季節が初夏とあってそれほど寒くはないが、それでも長時間雨に当たっていると体温が奪われてゆく。特に痩せ細って体力もないような子供が体温を奪われるのはつらいものがある。下手をすると風邪をひき、最悪肺炎になるかもしれない。

 仕方がないので、私とつんつん頭のカイが自分のシーツを幌の上の方から垂らし、雨が荷台へ入ってこないように工夫した。これで体に直接雨が当たることはなくなるだろう。


 そして雨の中しばらく馬車が進むと、どうやら目的の街へと到着したようだった。


 ──失敗した……。


 私は内心落胆した。

 シーツが目隠しの役割を果たし、街付近の風景を見ることができなかったからだ。気付いた時には、既に街の門を通り過ぎており、街の外観すら見ることができなかった事に後悔する。

 少しでも情報が欲しい今、些細なことでも目に留めておくに越したことはない。この先私達がどういった状況に身を置くのか分からないのだ。もしかすると命に係わるような危険な処遇をうけないとも限らない。そんな時には、この街から脱走する未来だってあるかもしれないのである。

 何事も情報は大切だ。これから先、生き延びる可能性が少しでも上がるかもしれないのだから。


 荷馬車は街の中をしばらく進む。

 地面が石畳なのか、街の外よりも振動が少ない。雨は一層強くなっているのか、バラバラと雨粒が幌を激しく叩く音で耳が痛いほどだ。

 そしてほどなく荷馬車は停止した。

 御者台から人買いの男が降り、外にいる何者かと話をしているようだが、激しい雨音で何を話しているのか聞こえなかった。

 ややあって、幌に垂らしてあったシーツが捲られ、


「おい、お前ら降りろ」


 見知らぬ男が顔を出し、私達を睨み付けながらそう言った。

 全員が無言で頷き、荷台から降りる。私とカイは幌から垂らしたシーツを回収してから馬車を降りた。ぐしょぐしょに濡れたシーツは結構重かった。

 外は土砂降りの雨、私達以外の大人は雨具の外套を着こんでいるので問題ないが、子供達は一瞬でずぶ濡れになってしまう。

 雨具ぐらい準備してほしいものだ、と言いたいが、どうやらここにいた男は、ずぶ濡れの私達の事など眼中にもない様子で、「行くぞ、ついて来い!」と、ドスの効いた声で脅すように先を歩いて行く。こんな雨の中やってられねえぜ、とぶつくさ言いながら歩いている。態度からしてダルそうで、まったくやる気が見られない男だ。

 やってられないのはこっちの方だ。どこまで歩かせるのか分からないが、もう既にパンツまでびしょびしょで、なんか気持ちが悪い。


「みんな、ちゃんとついて来いよ!」


 そんな中、私達の先頭に立って歩くのは、雨で濡れつんつん頭では無くなった我らがカイ君だ。雨の中はぐれないよう、みんなを先導ようとしている姿は頼もしくも見えなくはないが、まあ頼りにしよう。


「カイ、僕は後ろからついてゆくよ」

「ああ、頼んだぞトーリ」


 カイは私の言わんとしていることを理解してくれたようで、ニカッと口角を上げて親指を立てた。

 この雨で視界は悪いし、やる気のない男は、すたすたと子供の歩調など考えずに歩いて行く。私はみんなの後ろを歩き、途中で脱落する者が出ないように気を付けているのだ。痩せこけて体力のなさそうな子供が多いのだから仕方がない。

 クリスも一番体力のなさそうな女の子の手を引いて、声を掛けながら歩いている。どちらにしても私達3人が、この中で一番体力があるのは間違いないのだから、やれることはやろうという事だ。


 大雨の中、坂道をしばらく上った先に、目的と思しき建物があった。

 やる気のない男がその建物の前で、のろのろと歩いている私達に向い、「早くしろ!」とイラつきながら捲し立てる。

 少し高めの塀に囲まれた大きな建物。やる気のない男が門扉を開けると、窓の数が非常に少ない、まるで石造りの倉庫のような建物が見えた

 

 ──おいおい、これって確実に監禁するような施設じゃないか……。


 私の建物の第一印象はそれである。数少ない窓すべてに脱獄を阻止する目的の鉄製と思しき格子が嵌められ、倉庫というよりも、どう見ても監獄に近い感じだ。

 他の子供達は、そんな建物を見ても、「おお~」とか「わぁ~」などと、なぜか感嘆の声を上げていた。カイなどは「うぉ~すっげえぇ~でっけえ建物だ」と言いながら雨の中、建物の周りを走り出す始末だ。


「こらぁクソガキ! 走り回るんじゃねえ‼」


 そんなカイは、やる気のない男に怒られた。叱責者第一号である。

 とにかく子供達が住んでいた農村には、こんな石造りの大きな建物など無かったろうし、生まれて初めて見る大きな建物に驚くのは仕方がないことだろう。それがまるで監獄のような造りだとは、私以外は誰も思わないはずだ。


「おら、入れ‼」


 建物にある扉を開き、中に入るよう促すやる気のない男。

 やる気のない男は、扉に順番に入ってゆく子供達の人数を数えながら、最後に私が入ると、よし、と一つ頷いて扉を閉めた。

 入った場所を見回すと、そこは少し広めの部屋。テーブルや椅子が乱雑に置かれており、数名の男女がいる。床にはちょこちょことネズミが走り回っているが、誰も気にも留めていない。まるっきり倉庫のようだ。奥の方にも部屋があるようだし、階段があるので二階もあるのだろう。よく見れば部屋の端の方に下へと降りる階段もある。どうやら地下室もあるようだ。


 私達を迎えに来ていたやる気のない男は、雨具を脱いで水気を払い、壁にあるフックにだるそうに掛けていた。

 すると奥の椅子に腰かけていた男が立ち上がり、私達を睥睨しながら話し出す。


「いいか、今日から当分の間ここがお前らの住む場所だ」


 歓迎の挨拶もなく話し始める男。やはり私達の待遇はそう良いものではないらしい。

 どうやらこの男がここの責任者的な存在なのだろう。迎えに来ていたやる気のない男よりは、よほど貫禄がある。

 当分の間、と言うのがどれくらいなのかは分からないが、ここで過ごす期間はそう長くないと見当をつけた。ここで私達に何をさせるのかは今の所不明だが、それ如何によって私達の次の行き先が決まるような場所だと推測できる。


「ここは伯爵様が管理されている建物だ、仕事は明日からしてもらうことになる。飯は一日2回、朝と晩だけ。少ないとか不味いとかの文句は一切受け付けない。風呂は一日おきに入ること。睡眠時間は十分にあるはずだ。調子が悪かったら休憩しても構わん。そして喧嘩は厳禁だ」


 づらづらと注意事項が述べられる。

 なるほど、ここが伯爵の管理という事は、やはりケーレイン伯爵とやらが私達の運命を握っているようだ。

 食事が2回、食事の内容にもよるが、この栄養失調気味の子供達にしてみれば、まだましなものが出されると思う。私達以外の村では日に一食口にできたらいい方だ、と荷馬車の中で聞いていた。これで少しは栄養失調も改善すればいいが。

 加えて風呂があるのは意外だ。村では風呂がある家などなかったかので、水浴びで済ませていた。他の村もそうらしく、「ふろ? ふろって何?」みたいに言っている。

 2食、昼寝付き(調子の悪い時限定)風呂完備、と、そこだけ聞くと農村よりはよさそうな感じに思えるが、そう甘くはないはずだ。


「だがしかし、ここでの生活はそんなに甘くはない。我々の命令は絶対だ。我々の命令を聞かないようなら、飯抜き、ということもあり得る。くれぐれも我々の命令には逆らわないように」


 命令は絶対と釘を刺すあたり、私達には自由は与えられないようである。

 しかし飯抜きぐらいが罰則ならそう厳しくはないと思うのだが、私以外の子供達は、「飯抜き」という言葉に過剰に反応していたようで、まるで地獄にでも突き落とされたような顔つきで、僕達、私達は絶対に命令には逆らいません、みたいに頷いているが……まあそれも大事だ。うん、食事は大事……。


「さて、何か質問はあるか?」


 この男もまだ仕事内容や肝心な部分は、あまり多くは語られないようだ。

 まあ、何も知らない農村の子供に、何か質問できる要素もないだろう。

 と考えていたら、


「──えーと、外には出ていいのか?」


 カイが元気よく質問した。

 まったく怖いもの知らずもいいところだ……外に出られる状況か否か、雰囲気で分かりそうなものだろうに。


「ダメだ」


 予想通りすげなく否定された。

 しかしカイも食い下がる。


「ええ~っ、せっかくおっきな街に来たのに外に出らないのか? じゃあさ、じゃあさ、いつになったら外に出れるんだ?」

「当分無理だ」


 予想通りの回答だ。

 でもその質問はいいぞ、カイ。


「当分とはどれくらいなのですか?」


 次に私が挙手して質問した。

 私の質問に男は顎に手を当て首を傾げる。答えていいものかどうか迷っている感じだ。


「……うーん、場合によっては、冬が来る前、長ければ冬明けまでだ」

「その差は何ですか?」


 男の答えに間髪を入れずに問う。

 質問の基本は考える余裕を与えなければ、言ってはいけないことをたまに答えてしまうことがある。

 おそらくその期間の差は、仕事の内容で分かれるのではないかと推測される。


「それはお前たちの仕事の加減によって、伯爵様がお決めになることだ。我々にはその匙加減は分からん」

「その仕事の加減とは何ですか?」

「仕事の優秀なものは……おっと、ここまでだ。明日からその仕事にかかるから説明は省く」

「はい、ありがとうございます」


 ここまでで質問は終わりだ。とりあえずここまで聞ければ良い方だろう。

 やはり何らかの仕事の成績によって、ここにいる子供達を選別するようだ。その仕事が優秀であればここから早く出られる可能性がある。成績が悪ければ次の冬開けを待ってここを出るといったシステムなのだろう。もしくは逆か。成績の悪い者が早々にここから出される可能性もある。


「とにかくだ、伯爵様の許可が下りるまでは、この建物から出ることは許されないということだ。間違っても抜け出そうと考えるな。その時は飯抜きでは済まないと思え。いいな?」


 なるほど、逃げだせば処分される……そんな感じなのだろう。

 ただそうはいっても、私以外の子供達はそこまで危機感がない。カイなんかは、「ちえっ、せっかく街に来たのに外に出れないなんて、まるで村にいた時と一緒じゃないか」と小さな声で不貞腐れていた。

 街に出て幸せな暮らしが待っていると、ささやかな嘘を信じているカイやクリスにとってみれば、この監禁生活は、元いた村の状況と同じと考えているのかもしれない。せっかく同年代の子供たちが集まっているのに、皆で楽しくこの街で遊べるとでも思っていたようだ。

 私にしてみれば村にいた状況より悪い状況なのだが、他の子供達はそこまで深く考えていないようだ。


「ではこれから部屋に案内する。この雨で濡れただろう。部屋に着替えを用意してあるからそれに着替えるんだ。ついて来い」


 そう言って男は、地下へと降りる階段に向かって歩いて行く。

 どうやら私達の部屋は地下室らしい。窓のない密室。いかにも脱走は許さない、といった感じだ。私達は男の後ろを黙ってついてゆく。

 しかし着替えが用意してあるのは僥倖だ。持ってきた着替えも、この雨でぐしょぐしょになっているので、どうしようかと考えていた所だ。

 ただその服が囚人服を連想させるのは、私だけなのだろう。



 こうして私達は、地下にあるという部屋へと案内されるのだった。

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