第12話 農民の子、便乗者増加
荷馬車に揺られること3日目に突入した。
昨日、一昨日と、立ち寄った村で倉庫を借りて眠ることができた。
それぞれの村でも私達と同じように売られる子供が数人ずついた。それと途中で立ち寄る村からも数人増えている。
ちなみに一昨日立ち寄った村が、父親が買い物に来ていた村だったらしい。商店とかはなかったが、季節で行商人が近隣の村の為にそこで商いをするのだろう。それなりに大きな村だった。
私達の所が最初の村だったらしく、私達3人、次に2人、1人、1人、2人、と村を巡る度に増えてゆき、合計9人もの子供達が荷台にひしめき合っている。これ以上増えると身動きもままならない状況になってしまう。
一応食事も寝床も人買いの男が用意してくれているので、それほど劣悪な環境というほどでもないが、長距離移動の荷馬車の乗り心地は、お世辞にも良いものではない。
狭い荷台の中でそう身動きもできないので、お尻が痛くなって泣き出す子供も続出している。おそらく大半の子供たちが乗り物に乗ったことのないようで、乗り物酔いで嘔吐する者もいた。
ちなみに私達3人は初日に乗り物酔いの洗礼は受けたので、二日目からは慣れてしまった。
子供達に魔法を掛ければそんな状況も改善できるのだろうが、魔法を使っているところを人買いの男に見られるわけにはいかないので、バレないように自分自身のみ魔法を掛けるのが関の山だった。
その代わりといってはなんだが、人が増える度に、自分の持ち物から下着(シャツ)を出してもらい、休憩中にクッションを作ってやった。
村を出される際に、着替え数点とシーツを一枚持たせてもらえるのだ。それが私達の唯一の財産なのである。
シャツの腕や首部分を縛り、中に路傍に生えている雑草を詰め込んで裾を縛りクッションの完成だ。その上に座るだけでも尻の痛みが軽減されるというものだ。目的地に到着したら、中の草を捨てて洗濯をすれば、多少草汁でシミはつくだろうが着替えとして使えなくはない。それぞれの着替えもボロボロで、継ぎ接ぎだらけのシャツだったので、草のシミぐらいでは汚れともいえない程だ。農作業の汚れとさして変わりはないだろう。
各村も貧困具合は推して知るべし、なのだろう。
一応いちばん長くこの荷馬車に乗っており、唯一3人も同じ村からの出身者のいる私達が、この荷馬車のイニシアチブを握っていた。
当然それは赤髪つんつん頭のカイ少年が、率先してリーダーシップを発揮していたのだが、それはそれ、まあ言わなくても分かると思うがそう上手くは機能していない。代わりにクッション作成など、色々と車内環境を改善したおかげで、私とクリスが全員と仲良くなった。
しかし後から乗り込んできた子供達は、私の想像以上にひどいありさまだった。
全員が痩せ細り、栄養失調の症状が如実に現れていた。まともな食事を摂れていなかったことが覗える。
確か村の兵士が、私達の村はまだ良い方で、他の村はもっと悲惨なものだ、と以前語っていたことがあるが、ここまで酷い状況なのかと目を覆いたくなった。
おそらくだが、私達の村はそれほど大きな村ではない。途中立ち寄った村などは、私達の村の数倍の大きさのある村だってあった。それでも多くて2人の子供しか乗ってきていないところを見ると、6歳まで生きられない子供が結構いたのではないか、と推測される。
産まれた当初は、私も死ぬかもしれないと思っていた。しかし私達の村では、私が生まれてから子供が死んだと言う話を聞いたことがない。規模的に見ても私達の村よりも大きな村だったのなら、それなりに農家の数もあるだろうし、数倍の子供達の身売りがあっても然るべきだと思うのだ。裕福だから売りに出さないとかの問題ではないはないと思う。それならば村全体があんなにも覇気もなく、沈鬱な空気に包まれているわけがない。
だが乗って来た子供達を見てそれは確信に変わった。
この世界を取り巻く環境は、非常に厳しいのだ、と。
人買いが提供する粗末な食事を喜んで食べる子供達を見る。
けして豪華ではないその食事に、涙を流し食すなど、私は見ていることができなかった。
──この世界は腐敗している……。
何が間違っているのか。これが正しい世界だとするのならば、この世界自体が狂っている。
そう思わざるを得ない。
「おう、お前。これも食え」
移動しながら配られた食事を摂っていると、つんつん赤髪のカイが、自分の取り分であるパンを半分千切って、この中で一番痩せ細って衰弱している女の子に差し出していた。
「……い、いいの?」
目をパチクリさせた女の子は、それを受け取っていいのかどうか迷っている。お腹が空いているのは、自分だけではないと分かっているからだ。
しかし我らがカイ君は、ニカッと笑顔で応える。
「おう、俺様は腹がいっぱいだからな。お前さっき吐いてただろ? 少しでも食っておけよ」
「あ、ありがとう……」
見え透いた嘘を言いながらパンを女の子に手渡すカイ。
痩せ細ってげっそりと頬もこけ、眼も落ち窪んでいる少女は、何度もカイにお礼を言いながら受け取った。
カイは見掛けによらずなんとも優しい奴だ。他人を憐れむ余裕など自分にもないはずなのに、それを押してまで実行するカイの心意気を見たような気がする。
自分達だってそんなに多くない食事だ。お腹が膨れるほどの量もないのに、やせ我慢までしても与えたいと思ったのだろう。
「カイ、君はいい奴だな」
「う、うるせえトーリ! 俺様はたまたま、たまたま腹いっぱいだったんだ‼」
「へ~っ、カイは、たまたまでお腹が膨れるんだね?」
「クリスもうるせえ! さっきの休憩で水を飲み過ぎたんだよ‼」
ふぅ~ん、とクリスと二人でニヤニヤとカイを見る。
「な、なんだよお前らそのつら! マジでぶっ飛ばすぞ‼」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くカイだった。少しは彼を見直すべきかも知れない、そう思った。
そして三日も荷馬車に乗っていると、人買いの男とも少しは話をできるようになった。
人買いの男は、お世辞にも裕福な感じには見えなかった。おそらく彼も安い賃金で雇われたような人のだろうと察しを付ける。
それならば少しは情報を引き出せるのではないかと、子供を装い──子供なのだが──馴れ馴れしく何度か話しかけてみた。
人買いの男の話に依れば、この後最後の村に立ち寄り、そこでもう一泊し、翌日の昼頃には目的地に到着するという事らしい。
次の村で何人の子供が便乗してくるのかは分からないが、この尻が痛くなる旅ももう少しの辛抱だと理解した。
そして最終目的地は、この土地を治める領主の街ということらしい。
そこで私達は領主に繋がる者達に引き渡す予定だという。私達がそれからどうなるのかを聞き出したかったのだが、人買いの男はそれ以上を知らないとの事だった。
奴隷に落とされるのか、貴族の下働きでもするのか、その辺りの情報が欲しかったのだが、上手くはゆかないようだ。
この地はケーレイン伯爵という貴族が治めているそうで、私は初めて聞く名だった。
そしてこの国は、リガルド王国というらしい。私の記憶では前世でもそんな国名は存在していない。
という事は、私の全く知らない場所、なのだろうか。前世で私がいた国、大陸ではない別の大陸という線も捨てきれないが、私にはそうも思えないこともある。
ひとつは言語だ。もしも別の大陸であれば同じ言語を使っていない場合がありえる。しかしこの地では以前使っていた公用語と全く同じ。そして文字。人買いの男が持っていた書類をたまたま目にする機会があり、覗き込んだところ、前世でも私の使っていた文字とまるっきり一緒だった。
前世でも他の大陸の情報は少ないが、おそらく海の向こう側の大陸ともなれば、全く違う文化や言語である可能性の方が高い。前世こそ大陸で使用する言語と文字は統一されていたのだ。国を統一する以前は同じ大陸内でも違う言語、文字を使っていた国もあり、統一間際には、ほぼ全てで公用語が使われるようになっていた。
そもそも情報伝達がなされない他の大陸に、その両方が根付いている可能性は非常に低いと思われる。
その辺りを考慮にいれると、この国は私が元いた大陸にある。そう結論づけられる。
しかしそこで問題だ。この国が大陸のどこに属している国なのか、それがさっぱり分からない。国の名前、貴族の名前、どちらも私が知らないものなのだから。
──もしかしたら……私は元いた世界から、相当未来に転生したのだろうか?
考えられるのはそのぐらいだった。
私が生きていた時代でも、多くの国が大陸にあり、そして我が国が覇権を得、全ての国を併呑していった過去がある。大陸を統一するまで数十年。
そして私が死んだ後、数十年単位でその力関係が崩れたとしても、全く不思議ではないだろう。
問題は私が何年後に転生したか、という事だ。
数年か十数年か、それくらいならメリンダ王女もまだ生きているかもしれない。もしこの国が大陸から分裂して新しく建国された国であれば、この悲惨な窮状を訴え、また新たに併呑してしまえばいいことだ。
メリンダ王女の国、カーネギー王国ならば、そのようなことは造作もなくできることだろう。なにせ大陸の覇権国といわれるほどの大国なのだから。
それにはもう少し現状を把握しなければならない。
いったい今が前の世界から何年後なのか。まだまだ情報が足りなすぎる。
これ以上突っ込んだ質問を人買いの男にするわけもいかず。奇妙な子供がいる、と報告されるのもまずいことになりかねないので、質問は最低限にとどめた。
急ぐ必要はない。しかし少しでも急ぎたい気持ちもある。私達が理不尽な目に合う前には、情報を集めなければならない。
でも、先ずは焦らず、数少ない会話から情報を精査するのが肝要だろう。
夕刻には荷馬車は次の村へ到着し、私達はまた村の倉庫を借りその中で夜を過ごした。
持ってきたシーツを倉庫に敷き詰め、9人全員で眠りについた。
私以外の子供達は、この世界の現状すらよく理解していない。この先自分達がどうなるのか、各々の両親が話すささやかな嘘を信じている者が大半なのである。
彼等、彼女等の寝顔は、そんな明るい未来を夢見るような。そんな無邪気な寝顔だった。
翌朝、この村で一人の子供を追加した馬車は、目的地へ向けて出発した。合計10人の子供達を乗せ、荷馬車は最後の村を後にする。
人買いの男の話であれば、昼ぐらいには目的地に到着するはずだ。
さて、この先私達の行き先は、天国なのか、それとも地獄なのか。
今後の命運を表しているかのような、今にも降り出しそうな曇天を眺め、私は前者であることをひたすら祈るのだった。
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