子供達の選別
第11話 農民の子、友達ができる
私達3人を乗せた荷馬車は、あまり整備のゆき届いていない道をゴトゴトと揺れながら進んでいる。
天気は上々、初夏としては日差しもそれほど強くなく、頬を撫でる風は爽快そのもの。旅立ちとしてはうってつけの日和だ。
初めて見る村の外。真新しい景色が眼前を流れ、空にたなびく雲は延々と地平線の彼方まで続いている。遠くに見える山の稜線、大地を流れる川、森や草原。どれをとっても私の記憶の中に無い景色だ。
──この国はいったいどこなのだろうか……。
景色を眺めながら前世での記憶と照合してゆくが、あてはまるものはなかった。
元自分が生きていた大陸ではないのかもしれない。まあ、同じ大陸だとしても訪れていない場所であれば記憶にないのは仕方のないことだ。
しかしお尻が痛い。荷台から響く振動が直接尻にダメージを与える。長時間このままだと尻がどうにかなってしまいそうだ。
私は周りにバレないように魔法で体重を少し軽くし、荷台と尻の間に緩衝作用のある魔法を薄く張った。
傍から見ても何もしていないように見えるが、快適感が上がり尻の痛みはすこぶる減った。
「──おいお前!」
そうこう私が考え事をしながらぼーっと外の景色を眺めていると、赤髪イガイガ頭の少年カイが話しかけてきた。
「ん? なにカイ君」
「カイくん、じゃねえよ! 俺様の事はカイ様と呼べ!」
「……」
なんなのだろうこの少年は。
言葉遣いが乱暴なのは許せるが、いきなりカイ様と呼べとか訳が分からない。まあ子供だからガキ大将を気取って、この3人の中でのイニシアチブを握ろうとでもしているのだろう。
──しかしよりにもよって、自分の事を俺様と呼称するのは痛すぎるだろ。
こういった手合いは、はいはいと言う事を聞いていれば余計につけあがる。最初が肝心だ。
「いやだよ、カイ君はカイ君でいいじゃないか」
「うるせえ! 俺様の家はあの村で長をしていた家だ。だから俺様はお前等より偉いんだ! いいから俺様の事はカイ様と呼べ‼」
「……」
なんとも横柄な物言いだ。どんな教育を受けてきたのか甚だ疑問である。
確かにカイの家は村長を務めているが、単にカイの親があの村の中で年長者だから任せられているだけらしい。家の内情などどこも一緒である。村長の家だから裕福だと言う話ではない。そもそも裕福ならカイが売られることはないだろう。
「あのねカイ君。君の家があの村で長をしていたことは分かっているよ。でもね、長はカイ君のお父さんであって、君じゃない。それに僕達はもうあの村を出た身だよ? どうして君が村長の権威を笠に着ることができるのさ」
「……け、けんいをかさ……にきる? ……なんだそれ⁉ 難しいこと言ってんじゃねえよ‼」
ああ、まあそんな所だとは思ったよ。実際まだ6歳、教育も行き届いていないあの村で、難しい言葉など覚えているわけもない。
文字も計算も誰も教えることができない場所で、多くを望んではいけない。まあそんなものだと理解するしかないのだ。
しかしあの村社会でも貴族のような考えが出ることが面白い。権力があればそれだけで偉いとどうして思うのだろうか? 貴族の子息に良く見られる心情だ。親が貴族だからその子供である自分も偉いと勘違いしてしまう。それと変わりない。
「あーごめんごめん。つまり村を出た僕達は同等なんだ。誰が偉いとかは抜きにしようよ」
「ど、どうとう? なんだそれ?」
同等も分からんのか……。
「村から出た僕達3人は、誰が偉いとか偉くないとか関係なく、みんな同じってことだよ」
「お、おなじじゃねぇ‼ 俺様は偉いんだ! お前らは俺様の言う通りにすればいいんだ!」
──あーもう面倒臭い奴だな……ズバッと本音を話してやろうか?
おそらくカイもクリスも、自分が売られたとは知らないはずだ。
私達は家族の生活の為に売られた身分で、この先奴隷になるかもしれない。そう言って聞かせてもいいのだろうか。
村長の家も同じく子供を売って生活していたという事実を知れば、多少はおとなしくなるだろう。
もう村に戻ることもないし、少しは現実を突きつけておくのも、今後の彼等の心構えもできるのかもしれない。
村に帰れると考えているクリスにこの現実は少しばかり厳しい気もするが、いずれは分かることだろうし、早めに教えておくのも優しさだろう。
「あのねカイ君──」
「──やめなよカイくん。みんな仲良くしようよ」
私は厳しい現実を突き付けようとしたところ、傍でびくびくしていたクリスが割って入った。見かけよりは芯のある子のようだ。
もっともみんな仲良くするのはやぶさかではない。これからどうなるのか分からない内に、敵を作るのは得策ではないのだ。しかし制御の効かない奴を野放しにもできないのである。
こうして同時に売られ、どこかへ向かっているのだ。この内の誰かが不本意な行動を引き起こし、同じ村出身の私やクリスにも類が及ぶ可能性がある。カイが粗相をして、その仲間と思われたくない。私の未来はこれからの行動にかかっているのだ。監視が増えたり、下手をしたらどこかに閉じ込められて、一生出られなくなるかもしれない。
そうすると私ののんびりとした人生は、早々にそこで終わってしまう。
それならば私もクリスの言動に乗っておく。
「そうだよカイ君。仲良くしよう」
「う、うるせえ! お前も、お前も! 俺様をカイくんと呼ぶんじゃねえ‼」
「ええ~、カイくんはカイくんだよ~」
「そうだぞカイ君。それに僕も彼女も「お前」じゃない。君がカイ様と呼んでほしいのなら、僕達も名前で呼ぶべきじゃないのかい?」
「ぐっ……」
「カイ君? まさかとは思うけど、僕達の名前を覚えてない、ってことないよね?」
「……お、おぼえてねえ……つーか俺様は村長の息子だ! いちいち覚えているひまねーんだよ! 悪いか‼」
はあ、なんとも身勝手な奴だ。
いくら面識が薄くとも、あの狭い村で村人それも同年代の名前すら覚えていないとは、呆れてしまう。
「うん悪いよ。村長の息子で偉いと豪語するなら、村人達全員の名前を覚えていてもおかしくないんじゃないのかな?」
「そうよ、カイくん。わたし悲しいよ……」
「うぐぐっ……」
「ごうご」ってなんだよ、と小さく呟いているが、村人の名前すら覚えていないことを指摘されたカイは鼻白んだ。
「はあ~仕方がない……僕はトーリ」
「わたしはクリス、トーリくんこれからよろしくね」
クリスはにっこりと微笑んで手を差し出してくる。
私はその手を取り握手する。
「トーリでいいよクリスちゃん」
「じゃあわたしもクリスでいいよ、トーリ」
「わかった、じゃあクリスで」
カイをよそに、私とクリスは笑顔で仲良し宣言をする。
「ということで、よろしくカイ君」
「カイくんよろしくね」
「う、うるせえ! なんなんだよお前ら! お前らはトーリ、クリスで、なんで俺様が「カイくん」なんだよ! それじゃあまるで俺様が一番下みたいじゃねーか‼」
あ、そこ気付いたのね。
それは当然だろう。カイ、どう見ても君は下っ端臭がだだ洩れじゃないか。
「俺様もカイでいい! お前らもそう呼べ‼」
「お前じゃないぞ」
「お前じゃないよ」
「うううううう……トーリ、クリス、俺様は「カイ」でいいです……」
「ああ、これからよろしく、カイ」
「よろしくね、カイ」
カイは照れているのかどうかは分からないが、私とクリスが手を差し出すと、真っ赤な顔で、「お、おう……よ、よろしく……」と、恥ずかしそうに握手してくれた。
なんとも不器用な奴だ。初めから仲良くしよう、と素直に言えばそれでいいものを……まったく面倒な奴である。
こうして親睦を深めた私達は目的地に向け、荷馬車に揺られながらの旅が続くのだった。
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