第8話 農民の子、鳥を狩る

 ──それ! 【石弾ストーンバレット】!


 私が空を飛ぶ鳥に手を翳しながら小声でそう唱えると、掌からか石塊いしくれが音もなく飛んで行き、優雅に空を飛ぶ鳥に激しく当たる。

 結構な高さがあるので当たった音もしなかったが、当たった瞬間、鳥の羽がバサッっと数枚飛び散ったので、相当な威力があったと思われる。

 石塊が当たった鳥は、そのまま地面に向けて錐揉みし、我が家の畑の真ん中辺りへ、どさりと落下した。


「うわっ! な、なんだなんだ⁉」


 危うく父に当たりそうになったが、魔法で移動させたので問題ない。

 それよりも、いきなり空から降って来た鳥に驚く家族。

 それもその筈で、その鳥は小鳥などではなく結構な大きさの鳥だったからだ。羽を拡げたら一歳児の私よりも大きな鳥なのだから驚くのも仕方がない。


「な、なんだこの鳥……」

「この鳥死んでるよ、父ちゃん……」

「珍しいこともあるものね……」

「わーっ! とりさん、とりさん‼」


 家族揃って地面に落ちている鳥を恐る恐る覗き込み不思議がっている。姉のマリーだけはなぜか喜んでいるが。


 ──ふっ、敷地内で採れたものは家族の物。これで食卓に彩が添えられるというものだ。はーはははっ!


 私は内心、してやったり! とほくそ笑む。

 この世界に生まれて初めてのまともな御馳走が鶏肉となった。

 その晩我が家では、鳥の塩焼き、鳥ガラで出汁を取った野草のスープが食卓に上るのだった。この身体で初めて食べた鳥は、美味しくて、とても美味しくて、涙を流しながら食したことは、一生の秘密である。


 それから月に一度か二度、そうやって鳥を狩り、食卓に上ることとなった。

 私としては、毎日でもよかったのだが、あまり大袈裟に鳥を食べていると、いつ村の警備兵に露見するとも分からず、自重しながら狩っていたのである。

 時には他の村人の土地にも鳥を落とし、自分の家だけが特別ではないようにと気を付けたりもした。我が家から香るおいしそうな匂いを嗅ぎ付けられ、他の村人にチクられないようにするためである。色々と気を使わなければ生きていけないのだ。


 ちなみに私が魔法で鳥を狩っているとは、誰も知らないままだ。何故突然鳥が落ちてくるのか分からずに、村人達も首を捻りながら鳥を食したのである。

 そのお陰で村の食料事情もずいぶんと改善されて来たのは喜ぶべきことだろう。




 そして私は2歳になった。

 今年も村から数人の子供が人買いに買われていった。今年我が家には6歳になる子供がいなかったので、家族が人買いに出されることはなかった。しかし、来年には姉のマリーが6歳になる。

 女の子は、村に家を継ぐ男衆がいて見初められると、許嫁として成人までは家におり、人買いに売られることはないそうだ。しかし今の所姉のマリーにその話はなかったので、来年は売られてゆくことは確実である。家族として過ごせるのは、後一年かと思うと、少し悲しくなる私だった。


 そしてまた一人、新しい家族も増えた。私の妹となる女の子が生まれたのだ。名をリリーと命名された。家族も女の子が生まれたことを殊の外喜んでいた。私が生まれた時にはこれほど喜ばれた記憶がなかったので、もしかしたら女の子は人買いに高く買ってもらえるのかもしれない、と考えられる。

 前世でも奴隷制度が廃止される前は、そんな事もあったと思い出す。女性の奴隷は何かと重宝され、遊郭や慰安として戦場にまで連れ出されていたことを思い出すと、少し嫌な気分になる。


 私がこの家を出るまでの残り4年間、妹を精一杯かわいがろうと決意するのだった。

 ちなみに栄養状態が少し改善されていたので、母親のおっぱいは順調に妹のリリーに吸われていた。すくすくと育ってほしいものだと、私は目を細めながら妹のリリーの授乳姿を見詰めるのだった。




 そして私が3歳になると、予定通り、姉のマリーは人買いに買われていった。

 両親が元気でね、と言うと、その言葉を素直に信じている姉のマリーは、笑顔で村を出て行ったという。

 他の街で楽しい生活が待っている。そんな嘘を最後まで信じて。

 次兄のカーズ、姉のマリーがいない家は、ぽっかりと何か見えない穴が開いたように、なぜかとても寂しい場所に感じた。しかし今は下に妹のリリーがいる。私が兄として可愛がってやろう。

 だが次に売られるのは、私なのである。後三年、その三年でできるだけのことはしておこう。そう決意するのだった。


 私はこの村を出ることに異存はない。

 もしこの村に残れるとしても、囚人のように監視され、ほとんど自由もない農民として生きていく気は毛頭ないのである。それこそ目標でもある、のんびりと人生を過ごすなど夢のまた夢、程遠いいことでしかない。


 確かにここの生活も、やり方によっては改善させられる余地はあるのかもしれない。しかしそれをしたところで、農民の生活は楽にならないと考えられる。根本的にこの村、というか農村の在り方がおかしいのである。

 ひいては世界がおかしいのか。何がおかしいのか、この村では情報が少なすぎて、今の所判然とはしない。とりあえずこの領地の領主の手腕は、最悪だと言えるだろう。もしかして国自体がおかしいのかもしれない。

 他の土地でも同じようなことをしているのならば、この領地には未来がない。遅かれ農民は誰もいなくなるだろう。


 生まれてから3年ほどこの村の状況を見てきたが、少しも農民が楽になることはなかった。丹精込めて作った作物は根こそぎ搾取され、翌年の種子を残して農民にはクズのような作物しか分け与えられない。もし不作だったら翌年の種子すら食べてしまわなければならない状況、その次の年は農作物も植えられずに餓死するしかないのだ。


 私が生まれてこの3年で、収穫量も少しずつ伸びている。

 一年目に見た畑は荒れ放題に荒れていたが、翌年からは目に見えないところで私が密かに手を加え、徐々に畑の改良をしていったのだ。

 収穫量は1年目の倍までとはいかないが、2年目、3年目と、目に見えて増えてきている。しかしそれが農民の手元に残ることはない。全て領主に搾取されるのだ。

 徴税官のような奴は、「ふん! まだまだ収穫を増やせ!」と憎まれ口を叩いてゆくだけで、なにもこの村には残さない。そんな状況でどうやって余裕を持った生活が営めるのだろうか。


 この村にいる以上情報が何もない。

 この国が、世界が、今いったいどういう状況なのかも分からない。果たしてここはこの世界のどこの国に属しているのかさえ分からないのだ。

 家族にそれとなく訊いてみたが、この村の外の事はほとんど分からなかった。父親が冬前に買い物へ行く小さな町の名前ぐらいで、他に何も情報がない。なにか本でもあれば少しでも情報を知れると思ったのだが、我が家どころか、この村で文字の読み書きをできるものは皆無とあって、一冊の本もなかったのである。


 ──こんな場所にいては、死ぬまでこき使われておしまいだ……とはいえ、前世でもこき使われていたんだけどね……。


 そして最後には毒殺された。まあそのことはもう済んだことだからどうでもいい。要はこの先だ。

 どちらにしてもこの村を出ない事には、この世界の実情も分からない。人買いに買われた先がどうなるのかも分からないが、この狭い村で一生を終えるよりはましだ、と考えた。


 ちなみに、もう3歳にもなったので、魔法の事をそれとなく両親に訊いてみたのだが、答えは散々なものだった。

 両親も、この村の誰もが魔法という言葉すら知らなかったのだ。まほう? なにそれ? みたいな反応に私は驚きを隠せなかった。

 魔法があれば色々なことができる。農家にだって色々と役に立つことができ、作物を育てるにも有効なものもたくさんあるのだ。それをしないどころか魔法すら知らないなんて、いったいこの世界はどうなっているのだろうか。

 ともあれ、私一人がここで魔法を使っても仕方がない。3年後には私も人買いに買われる身なのである。今から魔法を家族に教えようにも、文字すら知らない人たちには難しい問題だろう。


 ──さて、奴隷に落ちるのか、それともどこかの富豪か貴族の所で下働きをするのか……そんなこと考えても仕方がない。今はできることをするだけ。とにかくこの寒村で生き延び、私が私であるために、魔法の訓練をし魔力を獲得し将来に備える。それだけだ。


 魔法があればたいていのことはできる。もしもこの国が荒れているのであれば、前世のように改善させることだってできるだろう。皆が幸せに平和に過ごせ、より豊かに暮らすことだってできるかもしれない。私はそう考える。

 大層前向きで立派なことを考えているようだが、根本にはのんびり生きたい、という願望が根強くある。

 しかし私は、そのことの為なら愚直なまでに努力をする人間でもあるのだ。誰が何を言おうが、目標のための努力は惜しまないのである。



 そして月日は流れ私が5歳になると、16歳になった長兄のリードは成人し、三軒隣の家から同い年の嫁を迎えることになった。義姉の名前はアンナ、美人かどうか私には分からない。ただほっそりとしていて不健康そうだな、というのが第一印象だ。やはり栄養不足が響いているような気がした。

 我が家は他の家よりも幾分多めに鳥肉を食べているので、栄養状態はこの村でもトップレベルなのだ。それは仕方がないことである。


 家も多少賑やかになり、父は新婚の兄夫婦の為に部屋をひとつ増築した。まあそれは新婚なのだから色々あるのだろうと、私は2歳になった妹のリリーと遊びながら素知らぬ顔をしていた。内心、前世で結婚もできずに死んでしまった事を思い出し、「リア充は死ね!」と、やっかみ交じりに兄を睨み付けていたことは内緒である。

 それともう一人、母親もまた子供を産んだ。今度も妹で、名前はサリー。結局は売られていく運命と半ば諦めてはいるが、元気に育ってほしいと思う気持ちは嘘ではなかった。だって家族なのだから。

 しかし私も後一年で売られる。そのことは変わらない。


 5歳でそれなりに体力もつき、半人前だが畑仕事もできるようになった私は、仕事も一段落すると妹のリリーを連れて野草を摘んでいた。

 リリーも2歳になったが、その頃の私と比べればまだまだ子供だった。食べられる野草の見分も付けられないのだ。来年には私もこの村からいなくなるので、それくらいは教えておこうと思ったのだ。


「ほらリリー、これは食べられる野草だよ。これは食べられない。食べるとお腹を壊すからね。よく覚えておくんだよ?」

「うん! わかったトーリにーちゃん!」

「偉いぞリリー。サリーの為にもちゃんと覚えるんだぞ?」

「うん!」


 私が教えることに素直に応じるリリーは、とても可愛く思えた。


 ──ああ、メリンダ王女と初めて会った時も、このぐらいの年齢だったかな……。


 前世で弟子であるメリンダ王女が大賢者シリウスと初めて出会ったのが、今のリリーと同じぐらいの年齢だったことを思い出し、懐かしくなった。


 ──今、姫はどうしているかな……。


 あれから何年経過しているのかも分からない。もしすぐに生まれ変わったとしたならば、メリンダ王女は成人を迎え、もしかしたら結婚しているのかもしれない。そう思うと、今の自分の姿を見て、どこかおかしくなる。

 このトーリの姿で彼女と会っても、きっと大賢者シリウスの生まれ変わりだとは、絶対に信じてはもらえないだろう、と。


「トーリにーちゃん、今日は鳥落ちてこないかな?」


 そんなことを考えていると、野草を摘んでいたリリーが私の手を引っ張りそう言った。


「ん? リリーはお肉が食べたいのか?」

「うん! だってだって、お肉がいちばんおいしいんだもん! おなかすいた~」


 月に一、二度魔法で鳥を落としていたのだが、ここ数年ではそれが当たり前になっていた。

 鳥が落ちてくれば食卓が華やかになる。栄養も十分に摂れるので家族には大人気なのだ。リリーは鳥が落ちてこないか毎日畑をぐるぐると捜索しているほどだ。


「どうかな? 今日は落ちてくるかな~」


 しかし食べたいからといって都合よく落ちてくるわけもない。それに私がいなくなる来年以降は、そんな偶然鳥が落ちてくるなどなくなるのだ。

 だから最近は特に自重している。

 でも可愛い妹がお腹を空かせてそう言うのだから、兄としては叶えてあげたい。


 ──はあ……兄馬鹿だな……。


 いなくなってから先の事を考えても仕方がない。その時はその時だ。今は可愛い妹の為に鳥を食べさせよう。そう思うのだった



 こうして私は、調子に乗って2羽の鳥を魔法で敷地内に落とすのだった

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