第7話 農民の子、農民の現実を知る

 春を迎え農作業が始まった。


 父や兄、母や姉も農作業に追われている。

 私はよちよち歩きだが、立って自由に歩けるようになっていた。ようやく母の背中を卒業したのだ。母親の目の届く範囲で畑の周りを歩き回っている。

 言葉はまだ発音しづらいが、家族を呼ぶことぐらいはできている。「とーちゃん、かーちゃん、リードにーちゃん、カーズにーちゃん、マリーねーちゃん」と、呼べるまでになっていた。ちなみにまだ両親の名前は聞くことが出来ないでいる。


 両親に言わせれば、物覚えが早い子、として「頭が良い子ね」と褒められているが、前世の記憶を有している私にとってみれば、何のことはないことである。ただ発声器官がまだ発達していなので拙い発音しかできないだけで、会話も成立させることも可能なのだが、今は子供らく年相応に接しているのだ。

 まだ一歳にも満たない赤子が、あまりにも流暢に喋り、普通に会話していたのなら、私でも気味が悪くなる。そんな赤子はいないのだ。

 だからもどかしくはあるが、子供らしく振舞っている。何事も目立たないようにしているのだ。


 家族が畑仕事をし、私は畑の周りを遊んでいるように見える。が、しかしただ遊んでいるわけではない。

 少しでも早く成長するには、体力を付けなければならない。

 運動と魔法の訓練をしながら過ごし、それと食料確保である。ただでさえ食糧が不足しているのだから、少しでも食事の足しになるように奮闘しなければならないのだ。

 健全な肉体に健全な精神が宿るように、魔法の概念は精神力が基本だ。その精神を育むのが肉体である。貧弱な体では、健全な精神など育つわけもない。逆に精神が豊かでなければ、肉体も健全にならないのがこの世界の基本なのだ。食べて健やかに育つことが、今の私にとって大切なことなのである。


 目についた食べられそうな野草を摘み、一か所に集めている。家族が農作業をしているので、食料を確保する時間はそうそうないのだ。すこしでも多く栄養を摂るには、自分で食べられるものを探すしかない。そう考えての行動だった。


「まあ、トーリ! こんなに野草を摘んでくれたの?」


 農作業を終えた母が、私が集めた野草を見て褒めてくれた。


「うん!」

「偉いねぇ! もう食べられる野草が分かっているなんて、トーリは本当に賢い子だねぇ。これで今晩の食事は大丈夫そうだねぇ」


 にっこりと微笑む母に頭を撫でられ、私は、えへへと笑った。

 とにかく一日の栄養は大事だ。ただ黙ってお腹を空かせている場合ではない。そう思っての事だ。

 私は魔法で食べられるものを見分けることができる。毒があり食べ物に適さないものはしっかりと選り分けることができるのだ。

 それは野草だけとは限らない。昆虫や幼虫なども同じように調べることができる。野草ばかりでは栄養も偏る。時には動物性たんぱく質も摂らねばならないのだ。

 土や腐った木の中から昆虫の幼虫を捕獲し魔法で調べる。【食料に適:高タンパク食材】といったことが分かれば食べる。飢えるよりもお腹に収まれば何でもいい。成長に栄養は欠かせないし、生きる為には我慢して食べることも必要なのだ。

 隠れて芋虫などを食べている私は、他の家族よりは幾分栄養を確保できている。本当はそんなもの食べたくなくとも身体が成長するまで、ここは我慢である。




 そうこう栄養不足も幾分解消され、私が生まれて一年が経過した夏の初め、村に馬車で何者かが訪れた。


 ──収穫物の回収か? いや何か違う。なんだろう?


 私はその一行を疑問に思いながら見ていた。

 村ではその日、畑仕事も早々に終え、子供達は全員家から出ないようにと言われた。

 それは我が家でも同じで、上の兄と姉、そして私も家でおとなしくしていたのだ。だが、


「ねえ、リードにーちゃん、カーズにーちゃんは?」


 多少活舌も良くなった私は、兄のリードにそう訊いた。

 子供達は家から出ないようにと言われていたのに、次兄のカーズが家にいなかったからだ。

 私の質問に長兄のリードは、明らかに渋い顔をした。姉のマリーは、私と一緒に何故カーズがいないのか不思議そうにしている。


「うん……カーズは6歳になったからね。この村から出て行くんだよ……」


 兄リードの言葉に、私は目を丸くして驚いた。姉のマリーはただ首を傾げている。

 6歳になったから村を出てゆく。それはおそらく人買いに売られるという事ではないか? と私は考えた。

 4歳になる姉のマリーは、そのことをまだ考えるに至っていない。私は前世の記憶を持っているので思い至ったまでだ。ただそこから質問を重ねることはしない。これ以上質問すると兄のリードにも不審がられると分かっている。なんといっても私は、まだ1歳なのだから。


「ふーん、出て行くんだ……」


 私も姉のマリーと同じように、なんのことか分かっていないふりをして首を傾げた。


「ああ、もう会えないけど、カーズを笑顔で送ってやろうね」


 兄のリードは悲し気な表情だが、努めて笑顔でそう言った。

 リードはたぶん理解している。弟が人買いに売られることを。

 兄のリードは今年で11歳になる。長男であるリードがこの家に残るのは、この家を継ぐため。その他の子供達はどうなるのか。6歳になったから村を出る。という事を兄のリードが知っているという事は、家を継ぐ子供以外は、人買いに売られるということを暗に示している。

 リードとカーズとの年齢差は、5歳。もしかすると、その間にもう一人か二人子供がいた可能性もある。リードはその時に自分以外の子は6歳で売られることを知ったのかもしれない。


 ──なる程……それで冬を越すためのお金を調達するのか……。


 越冬する資金をどこから得ていたのかやっと分かった気がした。

 内職だけでそこまでの資金は賄えないと考えていたが、子供を人買いに売ればそれも可能かもしれない。子供一人がいったいいくらで取引されるのかは分からないが、少なくとも2年ぐらいは過ごせるだけの金額は貰えるのだろう、と考えた。


 年寄りが少ない村、その割には小さな子供がたくさんいた。

 それはこの村で生きる術、だったのかもしれない。


 その晩から次兄のカーズは、この家にいなくなった。

 父も母も、カーズは他の街で幸せに暮らすんだよ、と笑顔でみんなに話していた。しかしその晩、私の隣で寝ていた母は、布団の中で一人静かに声を殺して泣いていた。

 いくら生きる為とはいえ、お腹を痛めて生んだ子を人買いに売るということは、悲しいことである。


 人買いに買われた子供が、いったいどうなるのかは知らない。しかしその子供達にその後、幸せに暮らせる人生が待っているとは、到底思えない。

 前世では人買い行為は禁止されていた。基本的に人を売買することは禁止され、奴隷に関しても犯罪奴隷しか認められてなかったのだ。それも国が主導でしか認められていなかったのである。

 そもそも奴隷制度は、世界的に禁止されていたはずだが、この国はまだそれを推し進めているのかと思うと辟易としてしまう。しかしこれが現実、今の私はそれを受け入れるしかないのである。

 私は自分の転生先に絶望すら覚えるのだった。



 次兄カーズが家からいなくなってしばらくすると、家族はそのことも忘れたかのように農作業に従事していた。

 家族が一人いなくなったことも、何もかも忘れ、ただ生きるためだけに仕事をしている。それが悪いとは言わない。一応今世での私の家族なのだが、その彼等がいったい何を目的として生きているのか、私にはさっぱり理解できなかった。


 両親によって、新しい命としてこの世に生を受けた事には感謝している。しかし私には今世のトーリという以前に、前世の大賢者シリウスとしての記憶がある故に、今世の親に対しては、どうしても親身になれなかった。家族としての愛情を注いでくれるものの、どこか冷めた感覚なのである。

 生きることを完全に否定はしない。けれども、その生きる、という価値観自体が違い過ぎるのだ。

 生きる為に我が子を人買いに売る行為すら厭わない。果たしてそれが正しいことなのか、悪いことなのか。今の私にはそのどちらとも言えなかった。


 生きてゆくことに執着するのが生命としての在り方と考えると、それは正しいと言えるだろう。しかし、その生が他の生の上に成り立っているとしたならば、知的生命としてのそれは悪ともいえる。他を犠牲にしてまで生きてゆく世界。それが転生先の世界だった。


 とはいえ、私もそう難しく考えているわけではない。

 のんびりと人生を過ごしたいと考え、転生魔法まで使ってしまうほどの馬鹿な奴なである。逆に怠けるために生きていこうとしている奴が、他人の人生に物申す方がおかしいのだ。

 ただ私の場合は、その基盤をいかにして作るか、という一念だ。のんびりとした人生を過ごすには、やはり平和な世界でなければならない。それを作るためなら苦労は厭わない。それ故に前世で頑張ったのだ。けれども、のんびりする前に毒殺されるといった最期を迎えてしまったのだが。


 ──うん、目標の為に頑張って生きよう!


 何もかもが、のんびりと人生を過ごすために。

 その布石は早い内に作っておかねばならないのだ。





 1歳になった私は、今の所順調に魔力を増やしている。今では中級魔法程度なら数回は発動できるだけの魔力量は保有しているのだ。ただ前世と比べるとまだ百分の一程度でしかないが、このまま魔法の訓練を続けてゆけば、6歳になる頃には上級魔導師と呼ばれるほどの魔力量も獲得できるのではないかと予想している。

 どのみち6歳になったら私も人買いに売られることは確定しているようなものだ。それまでに少しでも魔法を使えるようになっていなければ、その先の人生は詰みだ、そう考えている。


 相変わらず村で魔法を使う人達を見ることはない。この国にはそれほど魔法が浸透していないのではないだろうかと考えるが、魔物除けの結界というものがあるのだから魔法自体は存在するのは確定だ。一般人に魔法が教えてもらえないのかどうかは分からない。もしかすると魔法の教育自体がないのかもしれない。

 魔法を使って目立つのも良くないので、私は密かに魔法の訓練を続けるのだった。


 次兄カーズがいなくなったことにより、食事情は幾分好転しているとはいえ、育ち盛りの3人の子供達には、まだまだ栄養が足りていない。まともに育ってゆくには、もう少し食の改善が必要だと提案したい。


 ──うん、先ずは肉の確保、かな。


 家族が農作業をしているさなか、私は野草を採取しながらそう考える。

 主食は野草。動物性たんぱく質は、昆虫やその幼虫。絶対的に動物性たんぱく質の量が足りていないのだ。

 村には結界というものが張られ、大きな動物も魔物も侵入してこないようになっている。村の外へ無断で出て狩りをすることはできない。領主のところの兵士がこの村の門に交代で立ち、我々農民を見張っているようだ。仕事としては楽そうだが、どうも兵士もやる気のない顔で日がな一日、ぽけーっとつっ立っているだけだ。だが見張りは見張りである、余計なことはできない。

 よしんば村の外に出られたとしても、そこで捕らえた獲物、採取した物は、全て領主の物と決められているので、村人は食べることもできない。そんなことが露見しようものなら処罰されるのだ。ちなみに薪などの採集は許可される。そこに食べ物を隠して持ち込むことはできない。やる気のない兵士もその辺りの目は厳しい。

 自分達に与えられた土地内で採れたものは食べてもいい。けれども魔物や動物が侵入してこない土地では、それらを狩ることもできない。

 ならばどうすべきか。

 悩みながらふと空を見上げると、そこには鳥が飛んでいた。


 ──おっ! あれだ‼


 地面を移動する動物や魔物は、結界に阻まれ侵入できないが、空を移動する鳥は別だった。

 結界など気にすることなく村の上を飛び回っている。下手をすれば蒔いたばかりの種を食べられ、両親が怒っていたことを思い出す。


 ──ふふふ、敷地内にあるものだったら食べていいんだよね? 文句は言わせないよ?



 私は一歳児にはあるまじき、怪しくも危険な黒い笑みを浮かべて嗤うのだった。

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