第9話 農民の子、この国の魔法の事を知る

 妹のリリーが晩御飯で鳥を食べたいという事で、私は兄馬鹿ぶりを暴走させ、二羽の鳥を魔法で敷地内へと落とした。


 どんなもんだい、兄ちゃん凄いだろ? と、威張りたくなったが、魔法で仕留めたことは妹も知らないので、威張ることもできないのが無性に悔しい。

 あそこに鳥がいたよ、と言うだけしかできない。だが妹のリリーはそれだけでとても喜んでくれたので、兄としてもとても満足である。


 と、ここまでは何のことはない話だったのだが、そこで問題が発生した。

 鳥とはいえ、小鳥のように小さくもなく、まだ五歳の私では一羽ずつ運ぶしかできない。一羽を家の裏に運び、もう一羽を取りに畑へ戻ったところ、兄馬鹿パワーを発揮した事を悔やむこととなった。

 戻った先には、地面に落ちている鳥を、ジッと見つめる兵士が立っていた。


「おい、坊主。この鳥はお前が落としたのか?」


 ぎろり、と睨む目は、子供なら震え上がる程に威圧が篭っている。

 今は私も子供だが、前世も合わせれば目の前の兵士など青二才にも等しい年齢だ。そんな威圧なぞそよ風程度も感じさせない。誰が怖がってやるものか。


 兄馬鹿ぶりを暴走させ、調子に乗って二羽も鳥を落としたのがいけなかった。どうやら兵士に見られていたようだ。

 とはいえ私の魔法の石塊が見えていたとは思えない。近くにいた妹のリリーでさえ、私の魔法に気付きもしていないのだから。そもそもここでバレるような魔法は使わない。兵士も鳥が落ちてきたところを見ただけだと判断した。


「こんにちは兵隊さん。僕は鳥が落ちてきたのを見て取りに来ただけだよ。僕がどうして飛んだ鳥を落とすことができるんだい?」

「……」


 私がそう答えると、兵士は無言でまた睨んでくる。

 何か嫌な予感がする。


「……この傷跡……お前、魔法を使えるのか?」

「──‼」


 兵士の言葉に一瞬ドキリとした。しかし私はその驚きを表情には出さない。えっ? まほう? なにそれ? といった感じで可愛く首を傾げてみせる。

 確かにこの兵士は今、「魔法」という言葉を使った。この兵士は魔法を知っている。両親も村人も誰も知らない、魔法という単語を、だ。

 私はこのピンチがチャンスに代わるような気がした。


「……まほう、って何ですか?」


 あくまでも知らない素振りで訊き返す。ちゃんと子供らしく。


「ちっ……」


 すると兵士は然も面白くなさそうに舌打ちした。


「……穿ち過ぎだったか……こんな貧乏農村に、魔法を使える奴などいるわけもないか……しかし何故……」


 兵士はガリガリと頭を掻きながらかぶりを振っていた。

 何故この鳥が突然致命傷ともいえる傷を受け、狙ったようにこの畑に落ちてきたのか、未だに不信感は拭い切れていないようだ。

 故に私は作戦を考えた。


「あのぅ兵隊さん。この鳥、食べます?」


 兵士には逆らうな、という暗黙の了解がこの農村にはある。私も両親から強く教えられた。兵士に楯突いた者は領主へ報告され、翌年からもっと酷い取り立てを行われることになる。クズ作物でさえ取り上げられ、その冬を越せなかった家が、冬明けに一家全員餓死していたこともあるそうだ。

 だが、私はあえて提案した。この鳥を兵士に提供することで、魔法に関する情報を引き出そうと。


 そもそもこの農村に来ている兵士は、領主に雇われているとはいえ、支給された物しか食べてはいけないという話を以前聞いたことがある。兵士なのだから森にでも行って狩をしてくればいいと思うのだが、私達と同様にそれは許されないという事らしい。

 あくまでも領地内の資源は領主の物、支給された物しか手を付けてはならない。そう決められているのだそうだ。こういった農村に派遣されてくる兵士は、貴族の兵士や騎士などではなく、平民の兵が務めるらしい。一般平民も農民と同じように分類されるため、そのように決められていると言う話だ。

 領主に納められないような傷物の作物をたまに差し入れに行くと、兵士達は大いに喜んでいた。農民同様平民兵士も苦労をしている世界なのだ。


「なに! いいのか?」


 兵士は如実に喜びを顕わにした。

 兵士の食事も質素なもので、私達とそう変わらないものしか食べていない。下手をすれば我が家よりも質素倹約的な食事なのだ。そこに鶏肉が手に入ったら、喜びもひとしおというものだ。

 兵士は半年毎に交代するので、その間だけの我慢だと愚痴っていたことも聞いたことがある。


「はい、敷地内の物は、作物以外は食べてもいいんだよね?」

「ん、ああ、その通りだ」

「それなら、良ければあげるよ」

「そ、そうか、わりいな!」


 わるいな、と言う割には、全く悪いとは思っていないような笑顔だ。私は子供らしく、えへへと微笑んで肯定とした。

 一羽はもう運んであるので、我が家の食卓に影響はないし、妹のリリーに恨まれることもない。ここは情報の為に提供しようじゃないか。


「それで兵隊さん。その鳥をあげる代わりに、よければ、「まほう」って何か教えてよ」

「ん? お前は魔法に興味があるのか?」


 前世大賢者の私自身が魔法の集大成なのだから、今更一般的な魔法に関する興味は全くない。ただこの世界での魔法の現実を知りたいだけなのだ。


「ううん、ただ聞いたことのない言葉だからさ。何かな~って気になったんだよ」

「ん~ん、そうか……しかしなぁ~農民に話してもいいものか……」

「農民は「まほう」って言葉を知っちゃいけないの?」

「ん~ん、話していけない決まりがあるっちゃある……本来平民は『魔法』の事は話していけない決まりになっているんだ。しかし大きな街では公然とみんな知っているがな」


 なるほど、だから魔法という言葉自体をこの村では知らないのか。


「本来、魔法はお貴族様が有する力で、我々のような庶民には使うことができない力なんだ」

「お貴族様の「ちから」?」


 むむっ……何か不穏なことが聞けたぞ。


「そうさ。まあ魔法の事を話しても問題ないか。だがくれぐれも内緒だぞ?」

「うん!」


 私は元気よく返事をした。


「要は、平民は魔法を使わなければいいだけだ。そもそも何も知らないで魔法を使えるわけもないしな」

「ふ~ん……」


 私は一般的な魔法はほぼ全て使えますよ。

 そう内心で思ってはいるが、子供らしく曖昧に頷いておく。


 その後兵士は、この世界の魔法についてぽつぽつと語ってくれた。

 要するにこの世界の魔法とは、王侯貴族が独占して使えるものらしい。他には特定の条件を満たした平民に国の許可を与えて使えるようにすること。

 その他の平民は等しく魔法の行使を禁止されている、といったとんでもない話だった。

 仮に平民が魔法を習得し、それが露見しようものなら、法に依って裁かれ厳罰が下される。そしてその力を実際に行使しようものら、死刑台に直行らしい。

 なんとも物騒な世界だ……。

 平民で魔法を使っただけで死刑とか……ありえなだろ。


 この世界が全てそうなのか、この国だけがそうなのか、そこまでは聞けなかったが、実際この国に私がいる以上、最悪な魔法環境であることは間違いのない事実である。

 隠れて魔法を使ってきてよかった。万が一魔法を使っているところを見つかっていたら、問答無用で死刑台に直行していただろう。今更だがゾクリと寒気がする。

 おまけに魔法という言葉自体も大きな街の平民も公然と知っているとはいえ、それを貴族に聞かれると罰せられるという。子供の教育には魔法という言葉自体を禁止している地域もあるそうだ。


「ふ~ん……「まほう」って危険なものなんだね……」


 兵士の話を聞き終えた私はそう締めくくった。

 しかし兵士はまたとんでもないことを口にする。


「ああ、確かに魔法は、平民には危険なものだ。しかしな……」


 兵士はここだけの話、と言いながら小声で語ってくれる。


「魔法ってモノは、使いようによっては便利なものだ。その昔この世界の人々は、得手不得手はあったようだが、すべからく魔法が使えたそうだ。魔法を使って豊かな暮らしを得、平民も貴族も関係なく平和な世界を築いていたらしい」


 そうだ、魔法は使い方次第ではとても便利なものだ。時には戦争などで使う場面もあるが、大方が人々を幸福にする力である。

 基本的に私も平和主義の怠け者、本来魔法は人殺しの為に戦争で使う力ではなく、人々が豊かに暮らせる力だと思っている。

 戦争で使いたくはなかったが、平和のために使っていたまでだ。


「だが今はどうだ? その力を持った貴族連中は私利私欲のためだけに魔法を使う。平民には苦労だけを強要し、奴らはその力を平民に与えることもなく、ぬくぬくと贅沢三昧の生活を送っている。俺はなぁ、坊主。それは間違っていると思うわけだ。まあお前もこの村で生活していれば分かるだろ? ん? ああ、この村は他よりはましな方だから、まだ分からないかもしれないが、他の農村などもっと悲惨なものだぞ?」

「ふ~ん……」


 いや、分かっていますよ。生まれて早々母親の母乳が出ずに、栄養不足で死ぬかもしれないと思ったほどだ。この村がましになったのはここ数年の事で、私が転生してこなければ、おそらく他の村とそう変わらない状況だったと思う次第だ。


 でもこの兵士はまともな事を言っていると感じる。

 王侯貴族が平民から魔法と言う力を取り上げ、自分達だけ良ければいいという考えで圧政を敷いている。そんな国は間違っている。

 そんなことを続けていれば、徐々に国は弱体化し、滅びの一途を辿ることだろう。農民がいなければ作物は育たない、漁師がいなければ魚は取れないのだ。今は皆、必死に生きる為に日々を送っているだけだ。それが崩壊したら、国などすぐにでも立ち行かなくなることを分かっているのだろうか。


「まあ、まだ子供のお前に分れと言っても無駄だろうな……だが俺は諦めない。いつか奴等をあの場所から引き摺り下ろしてやる。そのためには魔法が必要なんだ。奴等の魔法に対抗できるのは魔法しかない。そう思って魔法を使える奴を探しているんだ……おっと、ちぃとばかり話し過ぎたな。子供だからって口が軽くなっちまったようだ。まあ忘れてくれや」


 なる程……この兵士はちゃんと考えているようだ。この国の惨状を、そして人々の幸せの事を……。

 魔法に対抗するには魔法を欠かすことはできない。この兵士のように剣で対抗しても、よっぽど不意を突くとかしなければ近付くことさえままならないだろう。身体強化魔法を掛けなければ魔導師に近づくのは難しい。

 それならば反乱目的で平民を募り数で勝負、というのも悪手だろう。

 この世界にどれだけの魔導師がいるのかは分からないが、もし私と同程度の魔導師がいたとしたならば、極大魔法一発で、一瞬で数千、数万という屍が出来上がるだけだ。

 魔法を付与した武器でもあれば話は別だろうが、今の話を聞くに、そんな魔道具的なものも平民から取り上げられているのだろう。


「じゃあ坊主、遠慮なく貰っていくぜ!」


 話を切り上げると、兵士は鳥を肩に担ぎ上げ、満面の笑顔で見張り小屋の方へと戻って行った。

 帰り際、今の話は誰にもするな、と再度釘を刺された。

 しかし私がまだ小さな子供だからと口を滑らしたに過ぎないのだろう。こんな寒村の子供に話しても理解もしていないのだろうと思われているのかもしれない。


 あの兵士、なんかいい奴だったな。

 私はまだこの世界のありようの一部しか知らない。この農村と、今彼が話してくれた内容ぐらいだ。それは余りにも狭い世界観でしかない。

 実際兵士の彼が本当の事を話しているとは思うが、人によって主観は変わる。彼の目からそう見えただけであって、他の人から見ればこの国は良い国なのかもしれない。ただ、ここの現状を見る限り、兵士の彼が話していたことが正しいような気がする。

 ここは慎重に物事を進めなければならないのかもしれない。ひとつ間違えば、その時点で私ののんびりとした人生が詰んでしまい兼ねないのだから……。


 後一年で私も人買いに買われてゆく。それは回避することはできない。もし私がそれを逃がれようとして逃走でもしたら、残された家族は間違いなく生きてゆくことに苦労するだろう。

 今世の親兄妹にこれ以上苦労を強いることはできない。

 私は素直に売られてゆくことにする。



 だが、そこからが私の本当の勝負だろう。のんびりとした生活の為に、そこから先何を成すべきか、を。

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