寒村への転生

第4話 大賢者、無事転生す

 ──はっ!


 次に意識を覚醒した私は、奇妙な体験をすることとなった。

 ふわふわとし、温いお湯の中に浮かんでいるような浮遊感。体は自由に動かせず、目も見えない。そして呼吸もしていないようだ。体全体が液体に包まれ、そこに浮いているのだと実感できる。不思議なことにその液体が口の中に入っても、自然と飲み込むこともできるし、息苦しくもない。

 ただこのほんわかとしたこの環境に、途方もない安心感が腑に落ちた。


 ──ああ、輪廻転生は成功したようだ。


 死ぬ直前、私が唱えた【輪廻転生リンカーネイション】の魔法が成功したのだと理解した。一度も実証も検証もせずに使った魔法だったが、上手くいって幸いだ。前世の記憶も完璧に保存されている。間違いなく大成功だ。


 初めて使った転生魔法が成功したことに、私はとても安堵した。

 そもそも転生魔法を実証しようにも、どこの誰に転生したかの検証などできるはずもない。何度も他の者に試そうかとも迷ったが、その成果を知る術も何もないのだ。魔法を掛けるとその者は、その場に魂が抜けた死体を残すだけ。そう、死んでしまうのだ。

 魔法が成功したか否かを知ることもできないのである。


 魔法自体は完璧だと自負していたのだが、転生する時も、場所も、ましてや誰の子供として生まれてくるのかを指定できないのであれば、その魔法が成功しているのか、はたまた失敗しているかなど分かるわけもない。その時代の一人の人間の死だけが事実として残るだけだ。下手をすれば殺人罪に問われてしまうことだろう。

 そんな危険極まりない魔法を実験と称し、どうして他者に使えるだろうか。故にその魔法を使い検証するのは、自分自身でするよりほかなかったのである。


 実際この魔法が完成したのは、数年も前の話である。すぐにでもその魔法を使って転生したいという欲求もあったが、本当にその魔法が成功し得るのかどうか、全くの未知数だった。もし失敗してしまったら死んでしまうだけ。そんな天国か地獄みたいな、両極端な賭けのような魔法を使う度胸がその時はなかったのである。誰しも死ぬのは恐ろしい。ましてや転生できるかどうかも分からない魔法を、まだ人生半ばで使うことを忌避した結果である。

 そうして、ずるずると転生魔法を使う機会を延びに延ばし、とうとう自分が死ぬ間際に使ったというわけだ。


 前世での、慌ただしくも忙しかった人生とは違い、のんびりとした人生を過ごしたかった私にとって、この転生が天国であることを切に望むのだった。

 

『──あ、動いたわ』

『──ほんと?』


 ほわほわと浮きながら、手足を動かしていると、そんな声が聞こえてきた。

 すこし籠って反響するように聞こえてくる声は、多少聞き取り辛いが、おそらく私は新しい母親の胎内にいる。つまりお腹の中だ。羊水の中に浮いている胎児、それが今の私なのだろう。

 どんな場所に、どんな両親から生まれるのだろうか。今から楽しみで仕方がない。

 もしかしたらどこかの国の王様の子として生まれるかもしれない、はたまた貴族の子供でもいいかもしれない、もしかしたら豪商の子に生まれるかもしれない。夢は広がるばかりだ。

 ただそんな大層な所に生まれても面倒だ。自分の本懐でもある、のんびりゆったりとした人生を歩むには、いたって普通の環境が良い。そう思うのだ。


 ──しかし眠い……。


 母親のお腹の中とは、とても安心する場所である。

 私は睡眠と覚醒を繰り返し、新しい世界へ産まれ出る日を心待ちにするのだった。




 それから何日か経ったある日、私は無事に母親のおなかの中から外の世界へと出ることができた。

 羊水の中から大気のある世界に出たことで、とても苦しく、私はまるで赤子のように泣き叫んだ。死ぬかと思った。マジで苦しかった。まあ赤子なのだからこれが普通なのだろう。

 生まれたばかりで泣き声しか出せず、目を開いても視界もぼやけて母親の顔も鮮明に見えないが、新しい身体を手に入れた私は歓喜にうち震えた。

 震えたと同時におしっこを漏らしてしてしまったが、それは赤子なのだから仕方のないことだ。


 これから私は、前世の大賢者シリウスではなく、新しい人生を手に入れたのだ。名前はまだ決まっていないようだが、かっこいい名前であってほしいと願うばかりである。

 しかし前世の記憶を持っているので、そこは注意が必要かもしれない。子供らしからぬ言動は慎んでいかなければならないだろう。

 私の目標はあくまでものんびりとした人生を歩むこと。前世のように忙しくも慌ただしい人生はもうこりごりなのだ。どこか静かな場所でゆっくりのんびりとした人生を謳歌できればそれでいい。大きな湖の湖畔に家を建て、釣り糸を垂らしながら魔法の研究に明け暮れるのも悪くない。


 しかし、そのためには前世の記憶も必要である。膨大な魔法の知識を持って転生した私には、それぐらいの事は可能なのだ。多少強い魔物が近くにいようとも、魔法さえあれば苦もなく撃退できるだろうし、生活に便利な魔法等もたくさんあるので困ることもない。

 前世では結婚することができなかったが、今世では結婚し、子供も授かり幸せな家庭を持ちたいとも考えている。

 子供たちに魔法を教えながら、なに不自由なく暮らし、影から世界の平和に貢献するのも悪くない。率先して世界に貢献することはもうしたくないが、裏方として世界を安定させるのも良いと思っている。世界が混乱していては、のんびりとした人生が脅かされる可能性があるのだから。


 しかし少しは努力も必要だと考える。

 今の私は生まれたばかりの赤子。自分の身体を調べてみると、やはり前世で大賢者と呼ばれていた頃とは違い、魔力量が極端に少ない。これはまだ赤子なので仕方がないことなのだが、このまま成長するわけにもいかない。

 魔力の量は成長するにしたがって増えてゆくものだが、その増加量は微増である。魔法を生業としてゆくには、自然に増えてゆく魔力量だけでは心許ないのだ。


 魔法を使う家系では、生まれつきそれなりの魔力量を持った子供が生まれることもあるが、それだけで有能な魔法使いになれるだけの魔力量を持っているわけでもない。魔法使いは幼い頃から訓練を受けるので、その増加量は何もしない者に比べて数倍、時には数十倍にもなるのだ。多い者なら一般人の百倍もの魔力量に至る者までいる。それを鑑みると、魔力量を増やすには訓練が必須なのは言うまでもない。


 人は誰しも魔力を持っている。多い少ないはあれど、誰しも簡単な魔法なら操ることが可能だ。ただ、そこには訓練も必須である。魔力があっても魔力の操作方法が分からなければ魔法は発動しない。魔法を操るには知識が必要なのだ。


 幸いにして私には、その知識だけは膨大にある。

 あとは、それらの魔法を扱えるだけの魔力量があればいいだけの話だ。今は赤子で魔力量が極端に少ない。おそらくまともに薪に着火できる火炎魔法すら操作できないほどだと理解している。

 とにかくのんびりとした人生を送るには、魔法の上達は必須なのである。少しでも多く魔力量を増やすことが今後の課題なのだ。

 まあ出産早々こんなことを考えている赤子はいないはずだ。そこはそれ、普通の人達よりも、少しアドバンテージを貰ったと喜ぶべきだろう。


 私が前世で魔法を始めたのが、師匠に拾われた7歳の頃だった。それでも大賢者と呼ばれるまでになるのに二十年ほど費やしたのだ。


 そもそも魔力量を増やすのは、身体の成長期と比例している。成長と共に微増する魔力は、成長期が終われば増えることはない。同時に成長期を過ぎるといくら魔法の訓練をしても、成長期に訓練して増える魔力量には、遠く及ばなくなる。成長期が終わる二十歳ぐらいを超えると、魔力が増える量が極端に減ってくるのだ。要は魔法の訓練を始める時期が、若ければ若いほど魔力の伸び代がある、ということに他ならない。私の研究でもそれは実証されている。

 私の最初で最後の弟子であったメリンダ王女は、5歳の頃から魔法の訓練を開始し、12歳の頃には、成人を迎えた魔導師と比べてもトップレベルの魔導師と同程度、いや、それ以上の魔力量を獲得することができたのだ。元々の地力もあったが、それでも予想を遥かに上回る結果を残していた。故に魔力に関しては、魔法を訓練する年齢が若ければ若いほど、より多くの魔力量を獲得できるという結果が得られたのである。

 メリンダ王女もあのまま成長していれば、きっと二十歳ぐらいには、私と同程度の魔力量を獲得できるかもしれない……。


 ──ああ、姫殿下は元気なのだろうか……。


 ついつい感傷に浸ってしまう。メリンダ王女はあれから元気にしているのか、私が死んだ後、国はどうなっているだろう、そもそもあれから何年後の世界に私は転生したのだろうか。

 などなど、考えてしまう。しかし生まれたばかりの今そのことを気にしても詮無いことだ。

 それはいずれ分かるかもしれない。


 幸い私はまだ生まれたばかりの赤子である。前世で7歳から始めた訓練と今世では、優に7年ものアドバンテージがある。0歳から訓練を始めると、成人(16歳)になる頃には、もしかしたら前世で死ぬ直前の大賢者であった自分よりも、魔力量が多くなっている可能性だってあるのだ。

 前世でも厳しかった超極大魔法や、人間では不可能とされていた神代魔法なども、訓練、研究次第では可能になるかもしれない。なんとも夢が広がるものだ。わくわくが止まらない。

 そしてそれを元に、のんびりゆったりと人生を歩む。それが私の夢なのだ。



 こうして私は、生まれたばかりでまだ目の見えぬ今から、魔法の訓練を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る