第9章「集わぬ参加者」その8


教室には二つの机と椅子が真ん中に置かれており、


片方には秋山先生が座っていた。


電気が付かれていないため、廃墟にいるような感じだった。


まあ、窓から西日の光が入っているため、十分に明るかったのが。



「すいません」


いつから待っていたかは知らないが、とりあえず謝った。


口調はおだやかだったため、怒っているとは思えなかったが。


僕は扉を閉めて、空いている椅子に座った。


秋山先生は自分の机に置いているクリアファイルから、プリントを取りだした。


「どうだ、学校で困っていることはないか?」



なんて温かい無責任な言葉だ。


こんな五分足らずの面談で困っていることを話せるのならば、


きっとそいつは困ってはいないだろう。



「疲れているように見えるぞ」



秋山先生は、僕が疲れているように見える理由を知らない。


教師というのは疑問を解決してくれる存在だと思っていた。


なんでも知っていて、なんでも教えてくれる。


そんな神様みたいな人間に思えた。


そういう人しかなれない特別な職業なんだと心から願っていた。


でも、幻想だった。とりとめのない想像だった。


目の前の先生を含め、教師は自分のために生きている。


そんな当たり前のことに気づけなかった。



「いえ、大丈夫です」



「そうか」



それから、秋山先生はクリアファイルから取り出したプリントを見ていた。


おそらく、高校入学次に先生に提出した、個人情報だろうな。



「先生になにか聞きたいことはあるか?」



質問というのは、相手にとって気持ちのいいものでないと、


返ってはこないのだ。


僕は期待しない笑顔で、


「いえ、大丈夫です」


といい、先生もそれで納得したようだった。


「じゃあ、次は平木を呼んできてくれるか?」


「わかりました」


そう言って、座席から立って、一礼した。



「どうせ、僕は嫌な奴だよ」


誰も見当たらない廊下でそうつぶやいた。

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