第7章「移りゆく時期」その3


しかし山寺は本当に子どもが好きなのかどうかわからなくなる。



今まで学校を通して教師を見てきたわけだが生徒を怒るたびにみな疲れた顔をしていた。


僕はならなぜ教師になったのか、と問いただしたくなる。


そんなに辛いなら辞めたらいいのに、そう言いたくなる。


食いつないでいくためにやる職業でもないだろうし。



「おい、羽塚。お前、書き写したのか」



枯れはてた声が僕の名字の音をあてはめた。


緊張の糸がこれ以上張れないんじゃないかと思うほど教室の空気がこわばっていた。


最後列の窓際だったので、クラスメイトの視線が僕に集まっているのが目でわかる。


まるでさらし者を見るかのような心配と悪意が混じった不気味な視線だった。


時間が経つにつれ、背中に嫌な汗を感じた。


山寺に名指しで呼ばれ、この状況を理解するのに


教室の壁につるしている時計の長針が半周するまで時間がかかった。


そして僕は気づいた。右手にペンを持っていないことに。


ハッとなり急いでペンを探したが、机には白紙のノートと筆箱があるだけだった。


筆箱の中もまさぐるように探したが、


あるのは角が削れた消しゴムと赤ペンのみだ。


自分の筆箱の寂しさに愕然(がくぜん)とした。


いや、持ってきていないはずはないんだ。


現に僕は一限の生物はシャーペンで文字を書いていた。


落としたのか、床を見たがホコリとお菓子の紙切れがあるだけだ。



山寺は教卓あたりから僕の状況を理解したのか、


「ペンくらい持ってこい。とりあえず、今日は隣の平木に貸してもらえ」


呆れたように言って、黒板に示した文章の解説を始めた。


その声を聞いて、みんなが僕への視線を解いたのがわかった。


緊張がほぐれたのか深いため息をついてしまった。


しかしまだ嫌な汗を感じているのもわかった。



ふとド真ん中の席にいる西山の方を見ると、


心配そうな顔をして前を向きなおしたを確認できた。


人の優しさがまるで吸水紙をゆっくり水槽につけるように


足から頭の隅々まで全身にしみる感覚におちいった。


その時、右肩を軽く叩かれた。


右方を見ると、してやったりと楽しそうな顔をしていた少女がいた。


平木は左手でシャーペンを持って、ペン回しをしていた。


まるでバレエダンサーのピルエットのような優雅さを感じるペン回しだった。


しかし何が言いたいのか時計の長針が一周しようと理解できなかった。



そして直後に気づいた。


その回っているシャーペンは僕が探していた僕のシャーペンであることに。


「ひどすぎるだろ」


「ぼーっとしていた羽塚くんが悪いんじゃない」


さっきまで優しさに包まれていたはずが、いまや恐怖に変わっていた。

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