第2章「悩み部屋」その5


.......あれ、いない。


いやそんなはずはない。


僕は視たんだ。


目の前にいた少女が僕の数メートル先で飛び降りたことを。



この屋上からダイブしたことを。


しかし何度見直しても、平木の死体はなかったし、一滴の血の痕跡も見当たらない。


移動したのか?彼女は死んだのか?それともこれは夢なのか?


いや僕の意識ははっきりあるし、ほっぺをつねってもとても痛かった。



だとしたら、


「大丈夫、私が飛び降りた後、


もし私の死体が見つからなかったらあなたも飛び降りて。」


この言葉は遺言でなく、彼女の真意だったのか。


ダメだ。


ここから飛び降りるなんて出来るわけがない。


あんな約束果たせるわけがない。



僕は急いで扉の方に向かい、さっきとは違い豪快に扉を開け、


机と椅子を掻き分け、階段を降りている。


怖い、怖すぎる。


しかし4階の辺りで震えていた足が止まった。


......................................................................................

.........................くそっ。



僕は足を戻した。


逃げ出したかった場所から息を切らして向かった。



屋上に着いた僕は柵をよじ登り、


真下にグラウンドが見える位置まで来た。


野球部、サッカー部、陸上部の連中が声を出して練習に励んでいる。


誰でもいい。


ここで誰か僕に気づいてくれたら、きっと飛び降りることなんてなかったろうに。


そしたら、明日から僕は自殺未遂の疑いで異質の存在として


取り扱われるんだろうなぁ。



風の音がうるさい。


しかし心臓の鼓動がそれを遥かに勝ってうるさい。


気が動転して吐き気がする。


なぜここまでするのか?


美少女に頼まれたから?


それとも借りを返すため?


それとも約束を果たすため?


それともプライドのため?


それともくだらない毎日から抜け出すため?


分からない。


たぶん全てが混ざってごっちゃになっている。


いや彼女はきっかけに過ぎない。


ただ何か特別なことが待っているようなそんな気がした。


そして、この世界からダイブした。


その瞬間、風を切る音が僕の鼓動をかき消した。

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