第1章「平木尊」その13


6限目だ。ようやく今日の最後の授業だ。


それは数学だ。


周りを見渡すと、みんな、ぐったりしている。


まったく、僕らは高校1年生という人生における青い春の真っ只中だというのに。


僕の目に映ったその姿たちは安月給で8時間労働+残業を終え、


夜中の7時に駅のホームから帰宅するサラリーマンと大して変わらないんじゃないか、そう思う自分がいる。


こうして人間は疲れることに慣れるのだろうか?


まぁ、その事実はさておいて


最後の授業に数式を解かされるのは、やはり生徒たちには相当こたえるらしい。


普段は寝ることのない僕だが、眠気のせいか今日は頭がぼーっとする。



「であるからしてこのxの3次式を因数分解して...」


数学担当の古谷先生が


教科書p32に記載された方程式を丁寧に解説しながら解いている時、何かが転がる音が聞こえた。


こういうとき、自分の語彙力と表現力のなさにがっくりする。


軽い音だ、僕は周りを見渡した。



それは消しゴムだった。もう一度言おう、消しゴムだ。


ゴムではない、消しゴムだ(三回目)。


おそらくまだ一回も使われたことはないであろう真っ白の消しゴムだった。


なぜこんなところに消しゴムが?


いや、学校の教室に消しゴムが落ちていることはなんら異常な模様ではないはずだ。


誰かが消しゴムを落としたのだ。


誰が?そんなのは決まっている。


窓際の最後列の座席にいる僕の右側に消しゴムを落とす奴なんて決まっている。


平木だ。


右隣を見ると、真剣に黒板を見ている。



しばらく経っても拾う気配もない。もしかして、気づいていないのか。


...拾うべきだろうか。いや、拾うべきなんだ。


さっき彼女が山寺に怒られたのは僕の責任でもあるかもしれないからだ。


「これ、落としたよ。」


言えた。今度は言えた。


平木は少し驚いた様子で、自分の机を確認しだした。



手のひらにある消しゴムを受け取り、また僕を先ほどの1限の授業終わりの時のようにじっと見ていた。


あの時も顔にこわばりがないように感じる。


すると平木は視線を僕から黒板へと戻し、さっきと同じように真剣な表情で授業に臨んでいる。


「…」


まさかの無視だ。嫌われているのか、僕は…

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