第3話
「どうした直尚」
学校からの帰り道、ビルが立ち並ぶ街中で急に立ち止まった相手の顔を見上げて晃が問えば、いや、気のせいかなと直尚は首を傾げた。
「今すれ違った女子高生、見たことがある気がして」
「……"向こう"で?」
「うん」
一瞬だけこちらに向けられた力強い視線に、覚えがあるような気がしたのだが。
「まあ、気のせいだな」
「そんなにホイホイ向こうに行ったり帰って来たりしないだろ」
「そうだよなぁ」
ここに二人もいるのだから、と。納得した学ラン姿の元勇者とその伴侶は再び、肩を並べて雑踏を歩き出した。
「お嬢様ーーーー!」
「……、美奈さん」
「あ、あ、ごめんなさい。あの、茉莉沙、さん」
そう言って頬を赤らめ、照れながら答えるので、さすがに小言のひとつも言いたくなってしまう。
「もう、あれから何年経ったと思っているの」
「はい! 今日が十年の! 記念日です!」
ね! と満面の笑みを浮かべた美奈に、そんなに気合を入れなくても……と茉莉沙は思わずため息を吐いてしまった。
十年というのは、お互いの本名を知ったあの日から数えた歳月だ。あの世界で九年、こちらに戻って来てから一年。合わせてちょうど十年。
昏睡状態から目が覚めた時、あの世界のことは夢だと思った。あまりにもリアルな夢。
退院後、別の学校に通う生徒であった東雲美奈と再会したのは偶然だった。毎朝通学のために乗っているバスが事故に巻き込まれて運休していたので、いつもとは別のルートを走るバスに乗って。ひどく混雑している車内で顔を合わせた瞬間に号泣された時は、本当に困ってしまった。
美奈と再会して、互いに確かめ合って。だからあれは夢ではなかったのだと、今では信じているけれど。
彼らにも話を聞いてみるべきなのだろうか、と。雑踏に目を向けた茉莉沙の様子に気がついた美奈が問いかけた。
「茉莉沙さん、今、誰かを見送ってました?」
「元勇者とその伴侶とすれ違ったわ」
「え!」
彼らもこっちに戻って来てたんですねぇと目を丸くする。そして、ということは、と言いづらそうに美奈が続けた理由を茉莉沙はすぐに察する。
「あの子も、どこかにいるのかもしれないわね」
あれから皇太子と結ばれて、王妃となった『異世界からの来訪者』であるかつての少女も。
それにしてもあの世界、異世界からの来訪者が多すぎるのではないかしら? と首を傾げる茉莉沙の目の前で、美奈が微妙な表情を浮かべた。
「いやー……でも乙女ゲームなら間違いなく主人公のはずなのに、完全にバッドエンドルート引いてますよね彼女……」
「その、乙女ゲームというのはよくわからないのだけど。嫁いだ国ごと滅亡するような、ルート? もあるのかしら」
「あるらしいですよ。物語の途中分岐での選択次第、みたいですけど」
ならば彼女は、どこかでその選択を間違えたのだろうか。もしかしたら皇太子を選んだ瞬間に、その先の運命が決まっていたのかもしれない。
「私は貴女を選んだわ」
「……幸せの青い鳥にはなれませんでしたけど」
「だけど貴女は、貴女だけが、私を選んでくれたの」
向こうでも、こちらでも。
そう言って微笑む茉莉沙が差し出した白い手を、美奈はいつかのようにそっと握りしめる。変わらずあたたかいその指先を握り返せば、恥じらうように笑う。
ここに至るまでに色々なことがあったけれど、そしてどちらも、あの世界の主人公ではなかったけれど。
このあたたかな手を選んだことは、その選択はきっと間違いではなかった。
異世界の皇太子に婚約破棄された元悪役令嬢は百合ルートに突入しました。 おがた @kirimono
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