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 仮説として国本が望月莉愛の恋人だとすれば、国本には莉愛を強姦した瀬田聖、増山昇、伊吹大和、莉愛をいじめていた小柴優奈への復讐の動機が成立する。


及川果林と坂元凛々子も優奈に加担して莉愛をいじめていた。だから果林と凛々子は殺人ではなく枕営業のスキャンダルの形で制裁を受けた。


 フルリール最後のメンバー、高倉咲希だけが復讐のターゲットにならなかったのも国本が咲希と莉愛の友人関係を知っていたからだろう。


世間の噂では莉愛をいじめていたのは優奈ではなく咲希だと思われていた。しかし殺人のターゲットにされたのは咲希ではなく優奈。


 この連続殺人事件が復讐代行だとして、復讐を依頼した人物は莉愛と咲希と優奈の関係を世間の噂に惑わされることなく、正しく理解できた立場にいる人間だ。


 咲希の所属する芸能事務所エスポワールには真紀の友人で女優の本庄玲夏が所属している。


玲夏の話によるとフルリールの所属事務所とエスポワールの間に入って咲希の移籍の話をまとめたのは国本だと言う。

そして国本は咲希の門出を見届けて人知れず姿を消した。彼は今どこに?


『あともうひとつ、とっておきのネタがある。俺の同業が小柴優奈の男の情報を掴んでいたんだ。これ見てみろ。優奈と男の密会現場』


 桑田の毛むくじゃらの太い手が数枚の写真を真紀に差し出した。写真には手を繋いで夜道を歩く小柴優奈と若い男が写っている。


男の体格は長身の細身、サングラスをかけていてもわかる整った目鼻立ちは芸能人の優奈の隣にいても見劣りしない。


「男はどの写真もサングラスをかけていて顔がよくわかりませんね。年齢が若いとしか……」

『優奈がコイツと接触し始めたのは8月下旬頃だ。何度かラブホで逢い引きしていた。同業者の話では優奈はこの男をケイと呼んでいたとか』


 “ケイ”──その名は優奈が殺される直前までトークアプリで連絡を取っていた男と同じ名前だ。


『同業者は笛木ふえきと言うんだが、ケイの素性を探り始めてしばらくしてから笛木は行方不明になってる。俺にこの写真を預けてすぐに連絡が取れなくなって、嫁さんの所にも実家にも音沙汰がない。失踪してもう一月ひとつきが過ぎた』


記者の失踪で考えられる可能性はひとつしかない。


「まさかとは思いますが笛木さんは……」

『身元不明の中年男の死体が出てきたら俺に連絡くれ。確認しに行ってやる。コイツがその笛木だ。ついでにケイの写真も持っていけ』


 ケイと笛木の顔写真を真紀に託して桑田は去った。彼は笛木の死を覚悟している。

“ケイ”が小柴優奈を殺した犯人であれば自分の周辺を嗅ぎ回る笛木も殺しているだろう。


 杉浦が待つ車に戻るまでの道中に真紀は思考を整理する。


 小柴優奈が自宅に所有していた違法薬物の中には〈禁断の果実〉と呼ばれる性的快楽増進の媚薬が紛れていた。媚薬は中東で製造され、2000年代初頭から日本に流通し始めた物だ。


2000年代当時、禁断の果実の密輸ルートを持っていたのは貴嶋きじま佑聖ゆうせいが率いる犯罪組織カオスだけだった。


 カオス壊滅後は貴嶋のビジネスパートナーであった夏木十蔵がカオスの密輸ルートを引き継いだと上野は睨んでいる。夏木十蔵が禁断の果実を入手できてもおかしくはない。


優奈に禁断の果実を与えたのは夏木十蔵に近しい人間、つまり優奈を殺害したのは夏木の手の者……夏木十蔵専属の殺し屋、ジョーカー?


(“ケイ”がジョーカー? でもジョーカーはカオス時代から暗躍していたって上野一課長は言ってた。写真のケイはどう見ても二十代前半……)


 ジョーカーの年齢は若くても二十代後半以上でなければ真紀が知るジョーカーの情報と辻褄が合わない。


 殺害方法の異なる伊吹大和と小柴優奈を除いて七十三件目となった連続絞殺事件と優奈の謎の恋人、ケイ。


 真紀の夫の矢野一輝が捜査協力を依頼されたゲームアプリ〈agent〉の開発は夏木グループの子会社。


選ばれた被験者の刑事達が〈agent〉のゲームをプレイしている。ゲーム自体に問題があればそこから夏木十蔵に切り込んでいけるが、矢野と上野の読みでは相手もそう簡単に尻尾は出さないらしい。


 上野曰く、夏木十蔵は貴嶋よりも厄介な存在。どうあってもいつかは夏木十蔵とその裏に潜むジョーカーと渡り合う。


(ケイが二十代前半ならカオスがいた時代は小学生……。夏木の養子は今は確か大学生だった)


夏木十蔵の養子は、しくも神田美夜の同級生を殺害した埼玉の不動産会社社長の息子と娘。ここの関係性も詳しく調べる必要がありそうだ。


 スマホの通話を特命捜査対策室の芳賀敬太に繋げる。仮眠から目覚めたばかりの寝ぼけた声の芳賀に真紀は告げた。


「芳賀くん、ここ1ヶ月の間に関東近辺で中年男性の身元不明の遺体がなかったか大至急調べて」


 長年の刑事の勘が示す先に見えたのは根深い因縁。

この街に蠢く闇の色は、まだまだ濃く、どこまでも深い。

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