3-8

 捜査一課のフロアに繋がる渡り廊下に見慣れた長身がいた。相棒の顔を見て安心するなんて、よほど疲れている証拠だ。


『顔色悪いぞ、優等生』

「元からこういう顔です。……5日間バディなしになってごめん」

『構わねぇよ。そのうちの2日は俺も休みだ。バディ不在は3日、どこかの班から補充が来るさ』


 所轄時代に合同捜査でチームを組んだ当時から九条大河とは絶対に馬が合わないと思っていた。


お喋りでお節介で感情的な九条は美夜とは真逆の性質。被害者にも加害者にも感情を入れ込む彼の思考は許容はできても理解はできない。


 当初は人選ミスを疑った。それは本人達だけでなく、周りも美夜と九条は相性が合わないのではと上野一課長に進言していたほどだ。


『本当に伊吹を殺した奴を見てないんだよな?』

「見ていたら捕まえてる」

『普通の刑事はな。だけど昨日の神田は普通の刑事じゃなかった。隠してるみたいだけど俺が現場に着いた時、泣いてただろ?』


 九条は人の感情の変化に鋭い。人に興味のない美夜が気付けない心の機敏を彼は感じとる。それは同僚でも例外ではない。


『伊吹が殺されてお前が悔し泣きするとも思えない。けど他に現場で刑事が泣く理由も思い当たらないんだ。バディの俺にも言えないことがあったんじゃないか?』

「あれは自分の不甲斐なさに涙が出ただけ。帰るから、あとよろしくね」

『待てよ。……こんな最悪な状況で渡す予定じゃなかったんだけど、これ。誕生日おめでとう』


 九条が差し出したのは黒いリボンがかけられた赤い小箱。美夜が躊躇して箱を受け取れずにいると、彼はそれを美夜の手に無理やり持たせた。


「……ありがとう。まさか九条くんからプレゼントを貰えるとは思ってなくて驚いた」

『そんな高い物じゃねぇぞ。って言っても千円の安物でもなくて、ちゃんとしたブランドの物だから壊れにくいとは……思う』

「開けていい?」

『どうぞ』


照れ臭いのか、そっぽを向く九条の赤らんだ横顔を眺めつつ美夜はリボンをほどいて小箱を開けた。中には箱の色と同じ真紅のバレッタが収まっている。


『俺のバディは神田だけだ。まぁ……バディとしてこれからもよろしくって意味のプレゼント』

「うん。これ……大切に使うね。ちょうどバレッタ失くしたとこだったの」

『だろ? 髪留め失くしたって言ってたからな』


 九条の快活な笑顔を見ていると心が救われる。彼は生まれながらの太陽の下を歩く人。


九条は日向がよく似合う。彼の日向の心地よさに惹かれて皆が九条の周りに集まっている。

美夜も九条の日向の恩恵を受けたひとりだ。


 太陽を味方につけた九条と夜に溶け込む美夜。相性が合わないと思い続けて半年が過ぎ、いつの間にか互いをかけがえのないバディと認め合うまでになっていた。


『今夜、一緒に過ごす奴がいるんだろ。謹慎期間なんだから羽目外して彼氏とイチャイチャし過ぎるなよ』


 茶化しているつもりの九条の冗談も今は軽くあしらう気力もなかった。今夜、美夜が一緒に過ごす約束をしていた男がまさに伊吹大和を撃ち殺した犯人だと九条は思いもしない。


「どうかな。今日会えるのを期待しちゃいけないって思ってる。……もう忘れるべきかもしれない。連絡も来ないしね」


九条が太陽の人ならば、愁は美夜と同類。美夜と同じく愁は、月のない夜を歩く男。

自分と同じ匂いを感じた男に一時、ほだされただけ。


『もし今夜ひとりなら……』

「え?」

『いや……なんでもない』


 美夜の肩に一瞬触れた九条の手が行き場をなくして彷徨さまよっている。今夜ひとりなら……その続きを九条は何て言おうとした?


『謹慎食らった優等生はさっさと帰って反省文でも書いてろ』

「そうする。じゃあね。プレゼントありがとう」


 肩に触れた手の意味も九条の言葉の続きも、きっとこれ以上は深入りできない。彼女と彼がバディでいるためにも。

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