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10月24日(Wed)
千代田区
伊吹弁護士と前畑秘書の死亡推定時刻は大和とほぼ同時刻、死因は一連の連続絞殺事件と同じく太さ八ミリのロープによる絞殺。
同時刻に別々の場所で伊吹親子と秘書が殺害された。復讐代行の指摘は以前から挙がっていたが、急浮上した複数犯の事実に捜査一課は困惑している。
前畑秘書殺害については犯人側の動機を検証中。
伊吹法律事務所の職員の証言によれば伊吹弁護士は秘書の前畑に対し数年前から陰湿なパワハラ行為を繰り返していた。それが伊吹弁護士の殺害と直接的な関係があるかは不明だが、前畑が犯人側に協力した動機と口封じに殺された可能性が見えてきた。
伊吹大和の自宅のリビングに取り付けられていた電球の一部は電球型の隠しカメラだった。
大和の自宅に入れる人間は限られている。合鍵は父親の伊吹弁護士と前畑の二人が所持しているため、前畑は大和が不在時でも部屋に入って隠しカメラの電球を取り付けられる。
前畑のスマートフォンには瀬田聖が殺害された翌日、9月29日から伊吹大和殺害の当日まで何度か非通知の着信が入っていた。
前畑と犯人の協力関係が瀬田の殺害後から始まっていたと推測でき、犯人側が前畑にカメラの設置を指示したのだとすれば、リビングの様子は犯人側……つまり大和を殺した木崎愁に筒抜けだった。
警護の最中に美夜と大和がどう過ごしていたか、美夜と大和との会話も大和が美夜をソファーに押し倒した様子もその後の形勢逆転劇も、愁はすべてを見聞きしている。
大和のスマートフォンには美夜達が警護の配置につく直前、16時頃に非通知で一件の着信が入っていた。
通話時間は3分。捜査本部はこの非通知の主が大和を港町架道橋に呼び出した犯人と断定し、現場付近で聞き込みを続けている。
美夜だけは非通知の主が愁だと知っていた。愁が莉愛のリベンジポルノのフル動画を餌にあの場所に大和を誘き寄せたことも、おそらくそれが瀬田聖のスマホから盗みとったデータであることも美夜は誰にも言えず、一睡もできないまま迎えた二十八歳の誕生日。
警視庁では24日の午前中から
決議の結果、美夜には5日間の謹慎処分が下された。
今回の事件では弁護士会からも警察の不手際を指摘するクレームが届いている。形だけでも何らかの処分を下さなければ、さらなる窮地に追いやられる美夜を守るために上野一課長は苦渋の決断を下したのだ。
『こっちのことは気にしなくていいから今は家でゆっくり休め。身体と心を休めることも刑事には必要だ』
「はい。……失礼します」
上野から謹慎を言い渡された美夜は会議室を辞する。
寝不足と精神的な疲労が相まって足元がふらつく。駆け込んだトイレで嘔吐した吐瀉物は苦い胃液のみ。
昨夜から何も口にしていない。こんな状況では腹も空かない。
抱き締められた愁の腕は美夜が欲していた唯一無二のぬくもり。殺人現場で交わしたキスの感覚も心に残って離れない。
昨夜の自分は刑事ではなかった。愁との再会に夢中になって警察官の
10年前の春の雨と同じ、また命を見殺しにした。
フラッシュバックする雨の記憶。死ぬ直前の佳苗の怨めしそうな瞳がこちらを睨んでいる。
佳苗の顔がセピア色に褪せた伊吹大和の死に顔と重なって、二人が美夜を睨んでいる。
絶対に許さない……佳苗の声で聴こえた幻聴に美夜は両耳を塞いだ。
いつになったら佳苗の記憶から解放されるの?
いつになったら佳苗を見殺しにした過去が
昨夜の件を問い質したくても、トークアプリに送ったメッセージは既読無視、再三かけた電話には一度も出ない。
彼は美夜が刑事と知っていて抱き締めて、刑事と知っていてキスをした。
初めて会った春の相席の時点では互いの名前も知らなかった。いつから? どこで? どうやって愁は美夜の素性を知った?
とにかく愁と会って話をしなければ。
愁と話がしたいのは刑事として?
それとも女として?
彼に手錠をかける覚悟も決められないくせに……。
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