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 港区浜松町の一角に佇む地上二十二階建てタワーマンションの一室が伊吹大和の自宅だ。一階部分にはコンビニが併設され、地下一階には駐車場と駐輪場がある。


大和の住居は低層に位置する五階。あの父親もさすがに大学生の分際の息子に高層階の部屋は買い与えなかったようだ。


 マンションに到着した美夜を大和は嬉々として出迎えた。こちらは警護の講習や準備に追われて休む暇もなかったのに、大和は呑気に宅配ピザを食べて酒も飲んでいた。


 自宅に侵入できてしまうデリバリーサービスは危険だから現状での利用はするなと注意を促しても大和には命が狙われている危機感がまるでない。


あげくに裸の女が奇声を上げるポルノDVDを堂々と美夜の前で鑑賞する神経が信じられなかった。


『とりあえずゆっくりしなよ。ピザ食べる?』

「ゆっくりはできませんが、部屋の位置関係の確認はさせていただきます、食事は済ませてきたのでお気遣いなく」


 犯人側がどのようにして大和に接触を図ろうとするのか行動パターンが読めない。最も効率的で殺害の機会が狙えるのは家と大学の行き帰り。

しかし大和の自宅と大学は同じ港区内の目と鼻の先。一駅で行けてしまう距離にある。


警察にとっては大和は犯人をおびき寄せる餌。大和を狙いに来たところで一気に片を付ける算段だが、警察の監視下で大和を狙いにくい状況をわざと作り上げた犯人側の本当の目的は?


『家具の裏覗いたりして何してるの?』

「盗聴器やカメラが仕掛けられていないか調べているんです。最近この部屋に誰か入りましたか?」

『秘書の前ちゃんなら、さっきハワイに持っていく荷物とパスポート届けに来た。前ちゃん以外だと先週持ち帰った女が二人……いや三人?』

「わかりました。それくらいで結構です」


 高そうな腕時計のコレクションが並ぶキャビネットと壁の間や耳障りな女の声を発する大型テレビの裏側、彼女はありとあらゆる家具の隙間やコンセントを確認した。


『もう止めなよー。盗聴器なんかないって。ここに出入りできる人間は俺以外だと合鍵持ってる親父と前ちゃんくらいだし、ここのセキュリティじゃ、そんなの仕掛けに来れないよ』


確かにマンションのセキュリティは強固だ。

住人以外がマンションに出入りするには合鍵を使うか、エントランスとエレベーターホールの二重のオートロックを住人側に解除してもらわなければ部屋には入室できない。


 広いリビングの隣は寝室だ。寝室の家具の配置や室内の雰囲気に既視感があった。

ここは望月莉愛のリベンジポルノ映像に映っていた部屋だ。莉愛はこの部屋で彼らに集団強姦された。


ここで莉愛は女の尊厳を奪われ、その動画はネットの海に解き放たれる。莉愛が受けた屈辱と無念の殺気が渦巻いている室内は薄ら寒く、彼女は早々に寝室から退散した。


 リビング、寝室、キッチン、風呂場にトイレ、すべての場所を隈無く調べたが盗聴器や小型カメラの仕掛けは発見できなかった。


 リビングに戻ると大画面のテレビには豊満な女の乳房が映し出されていた。そちらを極力見ないようにして彼女はソファーに寝そべる大和を見据える。


「お聞きしたいことがあります」

『そんな怖い顔して美人が台無しだよ。聞きたいことってなに?』

「望月莉愛があなた達の要求に応じなければならなかった理由。莉愛は小柴優奈に秘密を握られて脅されていた。優奈と親しかったあなたは莉愛が脅されていた理由もご存知なのでは?」


大和の口元に浮かぶ不敵な笑みの意味は?


『教えてあげてもいいけど……まぁこっち来て座って話そう』


 身体を起こした彼は自分の隣を指差した。逡巡しゅんじゅんの末、大きなソファーの端に大和と距離をとって座った。

決して油断したわけではない。それでも大和の方が一瞬動きが速く、美夜は片腕を引かれてソファーの座面に身体を押し倒された。


馬乗りになった大和の体重がのしかかって動けない。


「離しなさい」

『俺、まだ年上との経験ないんだ。優奈はいっこ上だったけど年上のうちに入らないしね。アラサーの綺麗なお姉さんに手取り足取り教えてもらいたいな。あんな感じにさ』


 テレビ画面には年若い男の上に裸の女が跨がっている。聞きたくなくても大音量で耳に入ってくるセリフの内容から察してよくある女教師と高校生の男子生徒のポルノ作品だ。


「公務執行妨害で連行されたい?」

『おー、怖い怖い。でもその睨みの視線もそそるね。初めて見た時からずっと気になってた。一目惚れってやつ?』


 全身を這う性的な視線がおぞましい。一目惚れなんて聞こえのいい言葉を吐いても、この男は女を性的搾取の道具としか見ていない。


 望月莉愛も同じ想いをしていたのだ。被害者に感情移入しない美夜でも、強姦された莉愛の気持ちを考えると気がおかしくなる。


どうして莉愛は優奈と大和に従った?

莉愛の守りたかった秘密はやはり恋人の存在?


『綺麗なお姉さんが腰振って喘いでるのっていいよね。考えただけでゾクゾクする。ね、神田さんはイく時どんな感じになる? ここ防音しっかりしてるからどれだけ声出しても大丈夫だよ。せっかく二人きりなんだ。楽しもうよ』


 美夜のウエストや太ももをいやらしく撫でていた大和の手が股の内側に忍び込む。スラックス越しに下半身に触れられて身震いが走った。

これがスカートなら一気にショーツを脱がされて一貫の終わりだ。


ジャケットの下には拳銃がある。大和のことだから面白がって拳銃に触れる可能性もあり、ジャケットを脱がされる前にこの状況を打破しなければ。

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