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世間の噂はあてにならない。咲希も被害者側だと指摘した記者の桑田の読み通りだ。
「次は私の番かもしれないの。いつ莉愛と同じ目に遭わされるかわからなくて毎日怖くて、莉愛をレイプした奴らが死んだって聞いてホッとしちゃったんです。……ごめんなさい」
『いいんだよ。怖かったよね。君のことは俺達が守るから大丈夫』
応接室のキャビネットにあったティッシュ箱を掴んだ九条がティッシュを咲希に差し出した。大粒の涙を流す咲希はしばらく話せる状態にはならず、咲希が泣き止むのを待って再び聴取が再開する。
「瀬田と増山が殺された件で優奈さんは何か言っていた?」
「それが何も言わなくて……。優奈にとってはファンも道具なんです。最近は新しくできた彼氏に夢中みたいで、自分と繋がっているファンが死んでも気にもしていないと思います」
『社長さんは莉愛さんが仲間に
九条の視線が国本に向く。咲希と国本の到着前にこの事務所の社長とも面会したが、時代遅れのチンピラのような風体の社長は当初は咲希への聴取も渋っていた。
『うちの看板は見ての通りフルリールです。社長はこれ以上のスキャンダルを表に出したくないんですよ。リベンジポルノの示談金を受け取ってる手前、事を荒立てたくないようで……僕が抗議しても社長は聞く耳を持ちません。面目ないです』
社長からは咲希以外のメンバーへの聴取は断られた。莉愛を強姦した増山と瀬田が殺された現状では望月莉愛に近しい人間が復讐の闇を抱えて彼らを裁いている可能性が高い。
小柴優奈が集団強姦事件の黒幕だとすれば、いずれ彼女も狙われる。
警戒を呼び掛けたくても優奈への聴取の望みは薄く、本人や事務所に悟られないよう優奈を警護するしか犯行を防ぐ手立てはない。
「莉愛さんは今年の1月頃に帰り道を怖がっていたという証言があります。国本さんは莉愛さんのストーカー被害に心当たりはありませんか?」
莉愛のストーカー被害は昼間訪れた釣り堀で真紀が桑田から入手した情報だ。
『後を付けられている気がすると相談されたことはあります。僕が家まで送れる日はなるべく車で送迎していましたが、他のタレントの送迎もあると毎日送り迎えもいかなくて……。咲希と二人で帰る日もあったよね?』
「はい。そういえば莉愛とダンスのレッスンが同じ日は一緒に帰っていたんですけど、スタジオの前で何度か同じ人に出待ちされました」
「顔は覚えてる?」
「莉愛のファンなので顔までは……。そこまでおじさんでもない男の人で、眼鏡をかけていたと思います。花束やぬいぐるみのプレゼントを押し付けてきて、私もひとつ貰いました。だけどあの時のプレゼントってアレでしたよね?」
最後の一言を咲希は小声で国本に囁いた。国本は咲希に頷いて見せ、溜息の後に口を開く。
『ファンから直に受け取ったプレゼントや手紙は家に持ち帰る前に事務所に持ってくるように所属タレントに言い付けています。何が仕込まれているかわからないので、まず手紙もプレゼントもスタッフが中身を確認します。莉愛が出待ちで受け取ったプレゼントはテディベアでしたが、クマの瞳の部分にカメラが仕掛けられていました。カメラや盗聴器をぬいぐるみやキーホルダーに仕掛けたプレゼントが最近は多いんです』
プレゼントに隠したカメラや盗聴器で好意を抱く相手の私生活や日常会話を覗き見て快感を得る。行き過ぎたファン心理は犯罪を招く。
芸能人へのストーカー容疑でファンが逮捕される事例は多い。
「莉愛さんがぬいぐるみを自宅に持ち帰っていれば大変な事態になっていましたね」
『本当にその通りです。アイドルの日常生活を盗撮できてしまいますからね。咲希も気を付けるんだよ』
あの社長の下ではさぞ気苦労が絶えないだろう。咲希を連れて応接室を後にする優男のマネージャーの背中はとてもくたびれていた。
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