2-5
フルリールの所属事務所は大手芸能事務所に比べれば質素な外観の雑居ビルに入っている。応接室に通された神田美夜と九条大河は待ち人が来るまで手持ち無沙汰に時間を浪費していた。
廊下や応接室の壁のあちらこちらにフルリールのポスターが貼り付けられている。
所属タレントで最も売れているのがフルリールと人気AV女優の野々宮マホロということもあって、応接室にはフルリールの写真集や野々宮マホロの写真集、テレビの側にはマホロのDVDやフルリールのライブDVDまで置いてあった。
『このテレビで野々宮マホロの作品でも観て待っていてくださいねってことか?』
「見たいなら観ていいけど、九条くんも男なのね」
『違うぞ。決してそんなやらしい目的ではなくてだな、暇だからちょっと手に取ってみただけだ』
九条は赤面しながら言い訳を述べ、主婦に扮した野々宮マホロがカバーのDVDをラックに戻した。その隣にはフルリールの2017年のライブDVDがぽつんと立っている。
「野々宮マホロのDVD観てみない?」
『正気? AVを一緒に観るってどんな拷問だよ。それだけは勘弁して』
「お願い。確かめたいことがある」
九条はまだ何か言いたげに口元を歪めつつ、野々宮マホロのDVDをデッキにセットした。
音量設定をゼロにした無音の画面がテレビを流れていく。冒頭からの日常シーンはどうでもよく、美夜はマホロと男優の行為シーンまで一気に映像を飛ばした。
彼女は無音のAVが流れるテレビ画面に食い入った。野々宮マホロの裸体が大画面のテレビに映るたびに九条はチラチラとこちらの様子を気にしていたが、今は九条の気まずさを気にかける余裕はない。
『あのさ、大丈夫? 何も言わねぇけど……』
「この撮影ってカメラマンが撮ってるよね?」
『それはそうだろ。女優と男優がいちゃつくシーンは本人達では撮れない』
確認はできた。もう映像は必要ない。美夜の手がリモコンの停止ボタンを押してDVDの再生を停止すると、画面から裸の女が消えた。
『……やっと終わった。まじ拷問だぞ』
「気まずい思いさせてごめん」
『いいけどさ……野々宮マホロは俺の趣味じゃねぇから……まぁ、その一応、平気だから』
「平気って何が?」
『神田の珍しい天然ボケに今は救われる』
同僚と捜査の一貫でAVを鑑賞することの何がそんなに拷問なのだろう。全くもって男は不可解だ。
九条は野々宮マホロの裸に性的な興奮はしなかった。莉愛のリベンジポルノでさえ、視聴の後にトイレに駆け込んだ男性刑事がいたと聞く。
それくらいの生理現象が本当にわからない美夜ではない。
『で、何を確認したかったんだ?』
「莉愛のリベンジポルノの動画、莉愛を犯した三人の他に撮影者がいるよね。あの動画には瀬田達がしっかり映っていた」
捜査会議で初めて莉愛のリベンジポルノ動画を視聴した時に感じた違和感は動画の撮影方法にあった。
動画には常に莉愛、瀬田、増山、大和の四人が映っていた。AV撮影に例えるならひとりの女優と三人の男優が全員画面に収まっている状態だ。
『部屋に設置された固定カメラなら全員が映るだろ?』
「動画には手振れがあった。固定されたカメラじゃないよ。あれはたぶんスマホのカメラ」
手振れもなく綺麗な映像だったAVとは違い、リベンジポルノ動画は画面のブレが目立っていた。
「撮影現場は伊吹大和のマンションだったよね。部屋の中に強姦した男達以外に撮影者がいたとしたら……」
『撮影者が瀬田達と繋がっていたフルリールのメンバーで、莉愛を嵌めた主犯か』
ノックの音がして会話を中断した美夜と九条は何事もなかったようにソファーに着席した。
数分前までAV鑑賞をしていた刑事達の前にフルリールのセンター、高倉咲希が現れた。緊張の面持ちの咲希は入室すると二人に会釈をしてから対面のソファーに腰を降ろした。
咲希の担当マネージャーの国本和志が隣に付き添っている。国本はひょろりとした優男だった。
「さっきの生放送、拝見しました。私は芸能界には疎いので恥ずかしながらフルリールさんをテレビで初めて見たんです」
「今夜のパフォーマンスはお見せできる出来ではなくてすみません。私はダンスも間違えてしまって……」
軽くメイクを施しただけの咲希はテレビで見た時よりも幼く見える。壁に貼られたフルリールのポスターでは自信に満ち溢れた表情で中央のポジションに構えていても、今の咲希は弱々しく眉毛を下げていた。
「私達は莉愛さんのリベンジポルノ事件について調べています。事件のことで咲希さんが知っていることを全部、話してくれないかな」
「……莉愛の動画を流した男達が殺されたのはニュースで見て知っています」
膝の上で組まれた華奢な両手が震えている。強張る口元を結んだ咲希は顔を上げ、美夜を見据えた。
「莉愛があの動画を撮られる前日、莉愛に伝えてってリーダーの優奈に伝言を頼まれたんです。優奈から言われた通りの時間と場所を私は莉愛に伝えました。来なかったからどうなるか、わかってるよね? って言えば来るからって」
『どうなるかってどういう意味?』
九条の問いに咲希はかぶりを振った。
「わかりません。だけど優奈が伝言を言う時、“莉愛は友達のあんたにも言えないことがあるの”って言っていたんです。それがずっと引っ掛かっていて」
「莉愛さんに隠し事をされてると感じたことはある?」
「そう言われるとあるような、ないような……。友達でも言えないこともありますよね。言いたくないことも。でも莉愛が私に隠していることを優奈は知っていたんです」
咲希を使って莉愛を蒲田のカラオケ店に誘い出したのはリーダーの小柴優奈だった。
「優奈達に私がいじめられるから莉愛はいつも私を庇ってくれました。私より年下なのにしっかりしていて、誰よりも努力家な莉愛が大好きだった。今も莉愛に会いたい。私が優奈に逆らえずにあんな伝言伝えたから……」
泣きじゃくる咲希の肩を国本マネージャーが抱いてなだめている。
ファンと繋がっていたのは望月莉愛でも高倉咲希でもなく、小柴優奈。伊吹大和のマンションで莉愛が強姦される様子を撮影したのも優奈に違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます