2-11
高倉咲希並びに他のエスポワール所属タレントへの侮辱、暴言、脅迫などの発言がSNSに散見した場合は名誉毀損の法的措置を検討する意向を社長は記者会見で伝えていた。
『週刊誌やアンチに潰されるほど俺もメンバーもヤワじゃないんで。そうなれば俺達も咲希も結果を出して外野を黙らせればいいだけです』
{言うことが年々リーダーに似てきたな。さすが兄弟}
『それ、まったく褒め言葉じゃないですよ……』
彼女を迎え入れるエスポワール側は警察を通じて咲希への薬物検査を行った。陰性の結果は昨晩出たが、薬物検査の経緯と結果を世間に報告しなければならなかった。
これは咲希をエスポワールに移籍するにあたり、エスポワールの役員側が社長に提示した条件でもあった。
行動を共にするメンバーのひとりが薬物使用の常習だった。エスポワールの幹部の中に咲希への疑いの眼差しを向ける者がいても仕方のないことではある。
{お宅の社長さんは咲希をどう売り出すつもりだ? 記者会見は売り出しの方向性には言及してなかったな}
『歌を基礎から鍛え直して、アイドル路線ではなく正統派の女性ソロ枠でデビューさせるようです。デビュー曲の作曲担当は
{ほおほお、作曲が葉山のお嬢ちゃんとは考えたねぇ。どんな仕上がりになるか楽しみだ}
この数年はUN-SWAYEDの作曲も手がけるピアニストの葉山沙羅には海斗から作曲の打診をした。作詞は海斗が指導して咲希に詞を書かせ、編曲は葉山沙羅の父で音楽プロデューサーの葉山
曲は葉山父娘、バックアップがUN-SWAYED。最強の布陣を揃えて最高のソロデビューをお膳立てしてやった後は咲希の実力勝負になる。
{せっかくならUN-SWAYEDの面白いネタも提供してくれよぉ。あんたと咲希がくっついたら俺としては極上に美味しいんだが、本当は咲希とはどうなんだ?}
『ご期待には添えませんよ。ハタチそこそこの後輩に手を出すほど困っていません』
{イケメンしか言えねぇセリフを平然と言いやがって。相変わらず葉山のお嬢ちゃんしか眼中ない感じ?}
『はぁ……。もう俺は行きますね。失礼します』
沙羅との関係は色々と突っ込まれると面倒だ。通話を切り、エンジンをかけている間に向かいにいた桑田の姿も見えなくなった。
どこにでも現れ、突然消える神出鬼没な男だ。
ツーシーターの右側の助手席に置いたスマホを動画配信サービスに繋げて、海斗は地下駐車場から地上に車を這い出した。
スマホから流れ始めたのは望月莉愛の歌唱動画。曲はUN-SWAYEDの〈full moon〉。
伸びやかな歌声で丁寧に言葉が紡がれる莉愛の〈full moon〉は海斗の表現方法とはまるで違う。歌う人間が変わるだけで聞き慣れたメロディも歌い慣れた歌詞も、別の歌のように思えた。
才能と努力の結晶の莉愛の歌声は天使の歌声。莉愛はこの歌を完璧に自分のものにした。
このfull moonは莉愛を照らす月光だ。
咲希には莉愛を越えなくていいと言ってある。
莉愛と咲希の長所は異なり、咲希には咲希の声の良さがある。莉愛の歌声を追い求めれば咲希の良さは消えてしまう。
だけど莉愛を心に宿して歌えるのも、莉愛の想いを受け継げるのも咲希だけだ。
歌は天に届く。
この世で最も綺麗な場所に旅立った友人に想いはきっと、届くから。
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