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10月21日(Sun)
フルリールの最後のメンバー、高倉咲希が今月末で所属事務所との契約を終了させ、大手芸能プロダクション〈エスポワール〉への移籍の準備を進めていることを21日朝に発表した。
午前11時より港区のエスポワール本社内で行われた高倉咲希の移籍発表会見にはエスポワールの社長も同席する異例の事態となり、テレビ局、新聞社、出版社から多くのマスコミが詰め掛けた。
「記者の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。そしてこの会見をご覧いただいている、これまでフルリールを応援してくださったすべての方へ、度重なる不祥事のために皆様のご期待に沿う活動ができなくなってしまったこと、大変申し訳ございません」
薄化粧に黒色のスーツを纏ってマイクの前に立った咲希はまず、小柴優奈、及川果林、坂元凛々子の騒動を謝罪した。
次に彼女はエスポワールへの移籍に至った経緯を説明する。
15日月曜日にリーダーの優奈が殺され、18日木曜日に果林と凛々子の枕営業のスキャンダルが明るみになった。今後のスケジュールはすべて白紙、16日からフルリールとしての活動はできていない状態であったことを述べる。
そこで咲希はかつてのセンターだった望月莉愛への想いを綴る。時には涙ぐみ、声を詰まらせながら天国にいる莉愛に届けるように、彼女は想いの丈を吐露した。
「私に対する世間の皆様の風当たりが強いことは理解しています。私が莉愛と友達だったと言っても嘘だと思われるかもしれません。それでも構いません。莉愛だけが本当の私をわかっていてくれたから……それでいいんです」
果林と凛々子は事務所を解雇されたが、これまでグループで仕事をしてきた咲希の活動再開の見通しは全く立たない。
このままでは莉愛の無念と共に自分まで潰れてしまう。
そんな自分に手を差し伸べてくれたのがエスポワール所属のロックバンド、UN-SWAYEDのKAITOであること、KAITOを含めたUN-SWAYEDのメンバーがエスポワールの社長に掛け合い、移籍の話を後押ししてくれた事情を咲希は包み隠さず話した。
質疑応答の時間では集まった記者からの質問に咲希は真摯に答えた。意地の悪い質問にもひとつひとつ言葉を選び、莉愛の想いを背負ってイチから頑張りたいと彼女は決意を表明した。
UN-SWAYEDを矢面に立たせた、人気ロックバンドを盾にしているのではとの質問には、UN-SWAYEDは後輩の面倒見が良いのだと社長が穏やかに一撃。記者達はエスポワールの社長の微笑の圧に何も言えなくなっていた。
別室で会見の様子を見守っていた高園海斗はサングラスをかけて事務所の地下駐車場に向かった。
じきに会見を終えた記者達が事務所の前に集い始める。その前にここを脱出したかった。
今日はマネージャーの送り迎えではなく自分の車で来ている。地下駐車場で海斗を待っている
車なんて走れば何でもいいと思っている海斗のために、お節介な兄が選んできた外車だ。
先ほどからスマホが着信を続けている。シートベルトの装着前にスマホを覗き込んだ海斗は顔をしかめた。できればあまり関わりたくない相手の名前がスマホ画面の中央に偉そうに居座っている。
仕方がないので通話に応答する。電話を繋げる前に彼は二度、溜息をつき、舌打ちを一回した。
{よお、面倒見の良い二枚目ボーカル。いつも思うが良い車乗ってるねぇ}
軽薄な声の主は週刊ルポルタージュの記者、桑田真隅。
まだUN-SWAYEDが新人と呼ばれていた時代に巻き込まれたあるトラブルを契機にUN-SWAYEDはその後も桑田と連絡を取り合う関係を築いた。
芸能人と週刊誌の記者も持ちつ持たれつだ。桑田は敵に回すより味方につけるべき人間だと判断したのはUN-SWAYEDのリーダーだった。
(早河シリーズスピンオフ【Quintet】参照)
『咲希の会見はまだ続いていますよ』
{会見に行ってるのは俺の同僚だ。あんたの車を見かけたって情報が入ったんで、ま、ち、ぶ、せ}
通路を挟んだ向かいに駐車する車と車の間から桑田は文字通りにゅっと出現した。駐車スペースのあちらとこちらで男達は電波越しの会話を続ける。
『咲希の移籍はあの二人のように枕ではなくエスポワールからの正式なスカウトですので、そこは来週の記事でよろしくお願いしますよ』
{任せておけ。だが他社や咲希のアンチがどう出るかは保証できねぇぞ。咲希がお宅の社長と寝ただの、お前さんの女だの、雑誌の記事でもSNSでもあることないこと書いて騒ぎ立てるだろう}
優奈の薬物使用に加えて果林と凛々子の枕営業によりフルリールのアイドルの仮面は剥がれた。
暴かれた彼女達の真の姿に落胆と失意の地獄に堕とされたファン達は、ひとり残った咲希に希望を見出だす。
けれど咲希の大手事務所の移籍を歓迎する者ばかりではない。優奈や果林達を応援していたファンには咲希だけが光の当たる場所に居続ける展開は面白くない。
咲希をやっかみ、侮辱する人間は必ず現れる。
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