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「あの動画、時間は1分程度だったでしょ。動画は伊吹のスマートフォンで撮られたものだったんだけど、伊吹達のスマホに残っていた元データには30分の記録があった。ほとんどが意識のない莉愛や目覚めて泣き叫ぶ莉愛、最後は無抵抗で男を受け入れる姿しか映っていなかった。あいつらは莉愛が快楽を感じているように見える部分だけを都合よく切り取って動画を流出させたのよ」

『とんだゲス野郎だ。そんな奴らがどうして起訴されなかったんですか?』


 九条の疑問には杉浦が引き継いで答えた。


『伊吹大和の父親の伊吹弁護士が莉愛の親と所属事務所に示談を持ちかけたんだ。要するに金での解決だな。相手側は弁護士会の副会長、親も事務所も示談にするしかなかったんだろう』

「伊吹と増山の他に莉愛を集団強姦した仲間がもうひとりいた。瀬田せたこうき、伊吹大和の大学の先輩で、莉愛が呼び出されたカラオケ店の店員。莉愛のドリンクに薬を混入させたのは瀬田に間違いない」


 真紀は手にしていた書類の束を乱雑にデスクに放った。瀬田聖の顔写真が掲載された捜査資料だ。


「瀬田は殺されてる。それも増山昇と同じ手口でね。南田くん、ホワイトボードをここまで運んでもらえる?」

『はい』


キャスターを引いて南田が運んできたホワイトボードに真紀は瀬田の顔写真を貼り付けた。

写真の横に書き込まれた日付は2週間前の9月28日、金曜日。


「瀬田は大田区蒲田の実家暮らし。莉愛が呼び出されたカラオケ店も蒲田駅前の店よ。27日の18時から勤務に入って、28日の午前零時頃にカラオケ店のバイトを終えた瀬田はバイクを停めている地下の駐輪場に向かう途中で襲われた」

『バイト帰りを狙われた点は増山と同じですね』

「そう。瀬田も増山も行動が把握されていたことになる。通り魔ではなく計画的犯行ね」


 ホワイトボードに貼られた写真で対面した生前の瀬田聖の容貌は短髪の黒髪にタレ目で、意外にも爽やかな好青年の印象を与える。見た目だけでは瀬田が強姦事件の犯人の一味には見えない。


だが一見派手な外見の人間の内面が生真面目であるように、突出していない普通の出で立ちの人間が陰湿ないじめや犯罪を犯す場合もある。周りには優等生と思われている善良そうな人間がいじめの主犯の展開もよくある話だ。


 死因は増山と同じく首を絞められたことによる窒息死。凶器は持ち去られているが、首に残る絞め痕から絞殺に使用されたのは太さ八ミリ程度の園芸用ロープと推測。

身体にはスタンガンの痕跡も見つかった。


 瀬田の死亡推定時刻は9月28日午前零時から2時の間。深夜の犯行のため目撃者もなく、不審人物の情報も挙がっていない。


スタンガンで気絶させた後の絞殺、被害者の帰宅時間帯を狙った犯行。何から何まで増山昇の殺害と同じ犯行手口だった。


『瀬田が殺された次に増山が殺された。伊吹はこれが望月莉愛に関係がある人間の犯行だと思っていますよね』

「だから気になって様子を見に行ったところを神田さんと九条くんに見つかったのね。あのクソ息子、莉愛の件で聴取した時ものらりくらりとしていたけど相変わらず腹立つな」


 真紀のクソ息子発言を咎める者はいない。誰が聞いても、伊吹大和、瀬田聖、増山昇の三人の行いは外道そのものだ。


 捜査一課長の上野恭一郎が男を連れて現れた。気難しそうな眼鏡の男は集まる刑事達を一人残らずねめつける。

真紀が発したクソ息子という言葉もおそらく廊下まで聞こえていただろう。


『伊吹先生の秘書をしている前畑と申します。先生の代理で参りました』

『おお、前ちゃーん。来てくれたんだ』

『大和くん、家に帰りますよ』

『はーい。ここの人達、みんな俺を睨んできて怖いんだよね。コーヒーのおかわりも持ってきてくれなくてさ、刑事って気が利かないな』


 応接室から出てきた大和の傲慢ごうまんな態度に舌打ちした九条は今にも彼に掴みかかりそうだ。南田も嫌悪感を露にして大和を睨んでいる。


大和は瀬田と増山の殺人事件の参考人ではない。二人を殺した動機がもしも莉愛の集団強姦にあったとしても現状は大和を拘束して聴取できる正当な理由がない。


 美夜達はすべもなく、口笛を吹いて帰る大和を見送るだけ。


『九条、今は何も言うな。いいな?』


 上野の制止に九条は歯軋りをして拳を握った。

怒りのオーラを撒き散らす九条の腕を美夜も掴む。狂犬と化した九条をここで暴れさせれば、彼は警察官の資格を失いかねない。


 また視線を感じた。増山の殺害現場で感じた時と同じ感覚のこの視線は、やはり伊吹大和から送られている。

秘書の前畑に連れられてフロアを去る最中、大和が見つめていたのは美夜だ。ねっとりとした、いやらしい視線が全身を巡ってぞわっと鳥肌が立つ。


美夜への性的な興味を示す大和の視線が非常に気持ちが悪かった。

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