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 フルリールは恋愛禁止のグループだ。しかし恋愛禁止のルールは表向きのこと。

彼女達の恋愛スキャンダルはたびたび週刊誌に撮られている。メンバーの坂元凛々子と俳優の熱愛報道が出た昨年夏頃もファンの批判の嵐となり、凛々子は3ヶ月の謹慎処分を受けていた。


 性交動画が流出した莉愛は世間からバッシングのやいばを向けられた。ネットを飛び交う鋭利な言葉の刃物はファンだけでなく、フルリールに興味関心のない人々からも放たれた。


「動画を流出させた伊吹達が悪いのはもちろんだけど、莉愛を自殺するまで追い詰めたのはネットの住民だね」


匿名掲示板の望月莉愛専用スレッドに書き込まれた暴言は見るに耐えられない発言ばかりだ。美夜は回し読みしていたタブレット端末を九条に突っ返した。


『匿名を盾にして好き放題、誹謗中傷して自殺したら可哀想の手のひら返し。それが人間ってもんだ。気持ち悪いよな』


 リベンジポルノによるはずかしめと誹謗中傷に堪えきれなくなった莉愛は二十歳の誕生日を前に自ら命を絶った。

これが望月莉愛リベンジポルノ自殺の経緯だ。


「やっぱりあの伊吹だったか……」


 物憂げな表情の小山真紀が捜査一課のフロアに姿を見せた。現場にも現れなかった真紀の顔を美夜も九条も今日初めて目にする。


『主任。どこに行っていたんですか?』

「ちょっと特命対策室にね」


顔色の冴えない真紀はひどく疲れているようだ。彼女は応接室にいる伊吹大和をブラインド越しに見据えて溜息をついた。


「望月莉愛のリベンジポルノの動画、本当は集団強姦なのよ」


 真紀が語ったリベンジポルノの真相は想像以上に陰湿だった。


 望月莉愛が自殺するおよそ1ヶ月前、2018年2月28日。莉愛は港区浜松町の伊吹大和の自宅マンションに昏睡状態で連れ込まれたそうだ。


「あの動画が流出した直後、莉愛がマネージャーと一緒に被害届を出したの。その場に私も居合わせて彼女の話を聞いた。莉愛の話では、ある人からの呼び出しで指定されたカラオケ店に行くと、そこで伊吹達が待っていたそうよ」

『ある人って?』

「呼び出した人間が誰か莉愛はかたくなに言わなかった。でも口振りからして同じグループのメンバーだと思う」


真実はねじ曲げられて伝わる。ありのままの実情が伝わると困る人間が真実を書き換えてねじ曲げるのだ。


「伊吹と増山は誕生日前でまだ未成年の莉愛にお酒を飲ませた。お酒を飲ませてフルリールの歌を歌わせて、そうしないと帰らせないと脅された。莉愛は一杯だけ飲酒してあとはソフトドリンクでやり過ごしたそうよ。だけどある飲み物を飲んだ時から意識が朦朧として、気が付いたらベッドの上で裸にされていた」

「まさか……レイプドラッグ……?」


 美夜の指摘に全員の顔が凍り付く。真紀も目を伏せて頷いた。


 飲食物に睡眠薬など相手の抵抗力を奪う薬を混入し、意識のない相手に性的暴行を加える性犯罪は女性だけでなく男性も被害に遭っている。

加害者と被害者の関係は恋人、友人、会社の同僚と顔見知りのケースが圧倒的だ。たとえ恋人であっても合意のない性交渉は犯罪となる。


「ノンアルコールだと安心して飲んでいた飲み物の中に薬が入っていたのね。意識を失った莉愛を伊吹のマンションに運んで、強姦してる場面を撮影したのが例のリベンジポルノ動画。卑劣な手口よ」


 レイプドラッグの手口は被害者が席を外した一瞬の隙に加害者が飲食物に薬を混入させ、被害者は薬の混入に気づかず飲食をして意識を失う。

性交の合意の有無や性的暴行の証拠を立証できずに泣き寝入りする被害者も多い。

莉愛が飲まされたのも睡眠薬に類似する薬物だろう。

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