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「それでは来週のミュージックマンデーもお楽しみにっ!」


 司会の女性アナウンサーの締めの言葉で月曜20時から生放送の音楽番組が終了した。フルリールのセンターポジションを担う高倉咲希は笑顔で共演者に挨拶をして楽屋への通路を辿った。


 デビュー3年目のフルリールにはまだ個々の楽屋は与えられない。メンバー四人共同の楽屋に戻って真っ先にアイドルの仮面を剥がしたのは、リーダーの小柴優奈だ。


「咲希、ダンス間違えたよね。生放送でやらかさないでよ。仮にもセンターでしょ」

「でもリハの時はBで行くって……」


 優奈に指摘されたのはダンスのバージョン。咲希以外の三人は歌唱中もAのバージョンで踊っていた。

咲希だけがBバージョンのダンスを披露してしまい、ダンスの揃わないフルリールのパフォーマンスは結果的にちぐはぐな印象となってしまった。


「リハーサルの後にAに変更になったの。ああ、ごめぇん。咲希には言ってなかったね?」


ダンスのバージョンが変更になったのを優奈はわざと教えなかった。収録番組ならもう一度録り直せばいいが、生放送では録り直しや修正はできない。

生放送で咲希がミスをするよう仕向けた優奈に口答えしたいのを堪えて、咲希は優奈を睨み付ける。


 咲希と優奈から漂う殺伐とした空気をよそに及川果林と坂元凛々子は二人で写真を撮って笑っていた。

これが今のフルリール。堕落したアイドルの真の姿だ。


 悔し涙を楽屋では見せたくない。咲希はスマートフォンを持ってトイレに駆け込んだ。

トイレの個室に鍵をかけ、ようやく悔し涙が混じった溜息をつける。静かに涙を流す彼女はスマートフォンをSNSに接続した。


エゴサーチをもしても良いことは何もない。わかっていても止められないのは認められたい承認欲求。


 フルリール、高倉咲希でエゴサーチをかけた結果は散々な言われようだ。ツイッターでは歌は口パク、踊りも雑と酷評の嵐。咲希がダンスを間違えたことも指摘されている。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

フルリール落ちたな。UN-SWAYEDと比べると口パクってバレバレ。KAITOの声量と比べるのも酷か。


順番が生歌のUN-SWAYEDの後って可哀想。歌の順番考えた奴、絶対狙ってない?


あんなに激しく踊っても息切れしたり声かすれたりせずむしろ笑顔キープで口も開いてないってとこが口パク証明してるようなもん


莉愛ちゃんがいた頃は生歌だったのに😭莉愛ちゃんが別格で歌上手かっただけで他のみんなもちゃんと歌えばそれなりなんだから勿体ない💦


咲希だけ踊り違うのなんで?


口パクならせめてちゃんと振りつけ覚えて。高倉咲希はなんでダンス間違えてんの?


咲希ちゃん見え方によっては下腹ちょっと出てない?まさか妊娠?

__________


 少しでも体重が増えれば太った、妊娠したと言われ、歳をとれば劣化と言われる。メイクを変えれば整形、露出の高い衣装を着れば胸や脚を出して男に媚びてると叩かれる。

衣装デザインの選定はセンターの咲希ではなくリーダーの優奈がしていると世間の人々は知らない。


 ファンは口を開けば莉愛がいた頃は……と繰り返す。あんなに莉愛を責め立てたくせに莉愛がいなくなると莉愛を惜しむ勝手なファンに笑顔を振り撒いて媚を売らなければならない。

それがアイドルだとわかっていても莉愛を傷付けた奴らに振り撒く笑顔も咲希の中ではすでに枯れていた。


(だけど私も莉愛を追い込んだひとりなんだ……)


 先週金曜日付けの売上ランキングを見れば現状のフルリールの立ち位置は明らかだ。


 1位 月夜の原罪/UN-SWAYEDアンスウェイド

 88.6万枚

 2位 クロノスタシス/Fleurirフルリール

 32.8万枚


 健闘したとは言え、シングルリリース日が同じ四人組ロックバンドのUN-SWAYEDに売り上げの大差をつけられている。

リリース日が被った相手が今年デビュー10周年を迎えた大物バンドならばこの順位と売り上げの差も仕方がない。


 個人的に咲希はUN-SWAYEDのファンでもある。芸能界に憧れを抱いたのも小学生の頃から応援していたUN-SWAYEDの影響が強い。

彼らの売り上げ1位の地位はファンとしては素直に喜ばしかった。しかし1位と2位の数字の開きには社長やマネージャーも言葉を失い、フルリールの売り上げは低迷期に入っている。


莉愛が生きていた頃はUN-SWAYEDには遠く及ばなくともリリースすれば初動は60万枚は越えていた。一昨年のアルバムはグループ初のミリオンヒットもしている。


 望月莉愛には天性の華と才能があった。

音域の広い歌声、幼い頃から習っていたクラシックバレエとダンススクールでつちかわれた踊りの技術、恵まれた容姿、どれをとっても莉愛は他のフルリールメンバーを凌駕している。


だから莉愛は優奈に疎まれていた。自分よりも目立ち、自分よりも秀でた莉愛をリーダーの位置にいながらもセンターになれなかった優奈は嫌っていた。


 莉愛は容姿や才能だけでセンターを張っていたのではない。そこに至るまでの血の滲む努力の日々を笑顔の裏に隠して、莉愛はいつも笑ってステージに立っていた。


望月莉愛は才能に溢れた努力の人だった。

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