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新宿三丁目のショッピングビルの四階を徘徊する夏木舞はアパレルブランド
ワンピース、トップス、ボトム、小物、靴、秋服の新作がアイテムごとに綺麗にディスプレイされた店内は若い女性で溢れている。
店内中央のトップスの棚から順に見ていた舞は、店員オススメのコーディネートに身を包んだマネキンをぼうっと眺める少女を見つけた。
リリィユゥのコンセプトは甘さと気品。メインカラーはピンク系やパステルカラーで、可愛らしいワンピースやスカートが豊富なブランドだ。
店を訪れる客もそういった系統の服を好む女性が多い中、ジーンズとスニーカー姿の少女はリリィユゥの店内の雰囲気にイマイチ溶け込めていなかった。
「ゆきちゃん?」
舞に声をかけられた少女はよほど驚いたのか肩を小さく跳ね上げさせた。恐る恐る舞を見つめ返す目付きには怯えが宿っている。
「……こんにちは」
「ゆきちゃんもお買い物? ひとり?」
「……はい」
正直、新宿の繁華街のビルでクラスメイトの大橋雪枝に遭遇するとは思わなかった。それも他のアパレルブランドならいざ知らず、華やかで可愛らしいリリィユゥの洋服は地味な雪枝には似合わない。
雪枝はコーディネートされたマネキンを憧れの眼差しで眺めていた。ここの服が着たいと思っているとしたら、舞は失笑してしまう。
そんな内心の毒をおくびにも出さずに舞は雪枝に笑顔を向けた。
「ゆきちゃんもリリィユゥ好きなの?」
「たまたま入っただけで……。夏木さんはひとりなんですか?」
「親戚のおじさんと来てるの。おじさんは下のカフェでコーヒー飲んで休憩してるよ。四十代で年寄り扱いするなって言うくせに、こういう時はすぐに休みたがるんだよね」
今日のデートの相手は吉田だ。彼と街を歩く時は店員やパトロールの警官に不審がられないように二人は伯父と姪のフリをしている。
以前、二人で渋谷を歩いている時に吉田が警官に職務質問をされたが、吉田と舞の顔つきが似ていることから警官は伯父と姪の嘘にまんまと騙されてくれた。そんなに似ている? と、あの後に二人で苦笑したものだ。
「すいません」
舞は店員を呼んだ。人の波から顔を出した店員が舞と雪枝に笑顔を向ける。舞は側のマネキンを指差した。
「ここにコーディネートされている服を全部試着したいんですけどぉ、あと靴も同じ物を」
「かしこまりました。すぐにご用意しますね」
マネキンが着用している服は襟元や袖にフリルがあしらわれたラベンダーピンクのニットとアイボリーのミニスカート、足元はチャコールブラウンのショートブーツだ。
「夏木さんはこういう可愛い服も似合うんでしょうね」
「そうかなぁ。ねぇ、ゆきちゃん、試着まで付き合ってくれない? ゆきちゃんの意見聞きたいの」
「でも……」
「お願い」
小首を傾げて両手を合わせる舞からは有無を言わせない威圧感が漂っている。雪枝が舞の頼み事を断れないと知っていて、舞はこうして上部だけの頼む仕草をしているのだ。
可愛くお願いと頼めば誰もが要求を聞いてくれた。顔が可愛いって得だ。
可愛い顔に産んでくれた母には感謝している。
試着と会計時まで雪枝を付き合わせ、雪枝が羨ましそうに眺めていたマネキンのコーディネートを靴も含めて舞は一色買い上げた。
リリィユゥのラベンダーカラーの紙袋を手にして店を出る舞の後ろを、何も購入しなかった雪枝が家来のように従って歩いている。
エレベーターで一階まで二人で降りて、雪枝と別れた。一階のカフェの前で待っていた吉田豊が舞を見つけて手を振っている。
「遅くなってごめんね」
『いいよ。欲しいもの買えた?』
「うん!」
吉田はすでに紙袋を両手に提げていた。すべて舞が購入した服やバッグだ。
ビルを出た舞達は車を駐めている駐車場に向けて新宿の街を
『さっき一緒にいたあの子は学校の友達?』
「そうだよ。偶然お店で会ったの。名前は雪枝ちゃん。頭も良くて委員長もやってて、すっごいイイコなんだ」
吉田の車は国産の高級車。彼の職業を詳しく知らない舞は吉田のことは会社の社長だと思っていた。
舞と吉田の間に彼の職業は関係がない。知らなくてもデートもできるし身体も重ねられる。
「イイコ過ぎて鬱陶しくて、だからいじめたくなるの」
小声で呟いて舞は車に乗り込んだ。後部座席に舞の荷物を押し込んでいた吉田には彼女の呟きは聞こえていない。
『何か言った?』
「ううん。ねぇ、今日の腕時計いつもと違うよね。前はもっと大きくてゴツゴツとした時計つけてたでしょ?」
運転席に座る吉田が着けている腕時計は見慣れないシルバーのシンプルな腕時計だった。シートベルトを嵌めた吉田は手元に視線を落とす。
『あの時計は壊れてしまってね。修理に出しているんだ。これはいつも仕事でつけてる物だよ』
「そっか。だから変な感じしたんだ。だってその腕時計、スーツ着たサラリーマンがつけてるデザインだもん」
『ははっ。舞ちゃんは細かな所をよく見てるなぁ』
新宿の通りを走行する車は舞と吉田が二人きりになれる快楽の場所に向かっていた。
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