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10月15日(Mon)


 増山昇の死体発見から一夜明けた月曜日。大学生連続殺人事件の第一回捜査会議が午前10時より行われる。召集がかけられたのは警視庁大会議室。


神田美夜と九条大河が警視庁に異動になって半年あまり、二人がこれまでに担当した事件とは今回の事件は会議室の規模も人員も違う。会議室に密集する刑事の多さに九条は圧倒されていた。


『今回の捜査本部、人多くない?』

「特命対策室の人も来てるってさっき杉浦さんが言ってたよ」

『特命が扱う事件って未解決事件だよな。過去の未解決事件と増山達の殺害が関係あるのか……』


人員の多さや顔ぶれを見るとここに集まる刑事は殺人事件を専門とする捜査一課の刑事だけではなさそうだ。今回の事件は単なる大学生の連続殺人事件でもないのかもしれない。


『おーい、小山班の新人達よ。こっちこっち』


 割り当てられた座席を探していた美夜達を手招きする陽気な声。声の主の隣には杉浦誠がいる。

杉浦と共にいる男は美夜と九条が初めて目にする顔だった。可愛らしい童顔は九条よりも年下に見える。


『こいつは特命対策室の芳賀。人事異動で今年から特命に入ったが、それまでは俺や小山さんと一緒に上野一課長直属のチームにいたんだ』

『芳賀敬太です。よろしく』


 杉浦に紹介された芳賀敬太に美夜も九条も会釈をして名を名乗る。見た目は年下に見えても彼は捜査一課の先輩だ。


『一課長直属の班って脱獄したカオスのキングを捕まえるために作られた特別チームの……』

『そうそう、あの頃は大変だったんだよ。カオスのキングを相手にしてるって言うのが刑事としての使命感に火をつけて、燃えてたなぁ。キングとのバトルを知らない君達には想像もできないと思うんだけどね』


尋ねてもいないのに過去の栄光を語り出す芳賀に美夜も九条も苦笑いで返す。杉浦はやれやれと肩を落として美夜と九条にアイコンタクトで謝っていた。


「芳賀くん。後輩への先輩面もほどほどにね」

『うわっ……! ちょっと小山さん! その後ろからにゅっと現れる登場の仕方、いい加減止めてくださいよ』


 人の波から現れた小山真紀が芳賀のすぐ後ろに立っている。驚いて挙動不審な芳賀を真紀は冷ややかにたしなめる。


「すぐに先輩面するのがあんたの悪い癖。カオスとのバトルが本当に大変だった時代は芳賀くんも知らないでしょ」

『それはそうですけど……』


真紀に諭された芳賀は先ほどのよく回る口を閉じて萎縮している。美夜達には先輩面をしていても、自分よりもさらに先輩の真紀には頭が上がらない様子だった。


 犯罪組織カオスが関与した殺人事件が横行していた2007年から2009年。カオス壊滅とキングの逮捕を掲げて結成された捜査本部の中心にいたのは上野恭一郎と小山真紀だと聞いている。

当時は所轄署の刑事だった杉浦もキング脱獄前のカオスの事件とは関わりが薄かったらしい。


 真紀と杉浦が他部署の刑事達と話している隙を狙ってすかさず芳賀は美夜に近寄った。美夜の隣には九条がいるが、芳賀は美夜しか見えていない。


『神田さんに会えて嬉しいな。俺もあと1年そっちに居られたら神田さんと同じ班だったかと思うと悔やまれる』

「はぁ……」

『この事件が解決したら懇親会しようよ』

『芳賀さん。特命の人達に呼ばれてますよ。行かなくていいんですか?』


咳払いした九条が美夜と芳賀の会話に割って入ってくる。

直前に九条が特命対策室の刑事に話しかけていたのを美夜は横目で捉えていた。古巣の後輩に絡む厄介な先輩刑事の引き取りをあちらに願い出ていたのだろう。


『……九条くんもなかなか策士だな』

『うちの相棒は取り扱いが難しいのでおすすめできませんよ。俺もやっと最近まともにコミュニケーションが取れてきたくらいですし。懇親会にはぜひ俺も呼んでくださいね、芳賀先輩』


 当人を差し置いて九条と芳賀の間で起きる牽制の嵐に美夜は付き合いきれない。二人の男を放って席に着いた彼女の横に遅れて九条が着席した。


『気を付けろよ。何度も言うが、神田は顔だけはいいんだからな。今もあっちこっちの男から狙われてるぞ』

「九条くんが番犬のように側にいて睨み付けていれば大丈夫じゃない?」

『番犬とは失礼な……。しかし芳賀さんはよく喋る人だな。先輩面は多少、鬱陶しいけど』

「会議の規模に緊張してる私達を和ませようとしていたから悪気はないのよ。捜査本部で女口説こうとしなければ、芳賀さんはいい先輩だと思う」


 昨日の伊吹大和の気持ちの悪い視線に比べれば、芳賀や他の男性刑事から注がれる興味の視線はさして気にならない。

美夜の気がかりは今回の大学生連続殺人事件と、木崎愁のこと。


(あんな弱った木崎さんの声、らしくなかったな……)


 昨晩、愁から電話が入った。予告もない電話は毎度のことでも、少し心を踊らせながらスマートフォン越しに聴いた愁の第一声は今にも泣きそうな声だった。


あまりに弱々しい声を発する愁に何があったか尋ねるのもはばかられて何も聞けないまま、明日の天気の話や美夜の祖母の家で飼っている猫の話、猫と犬はどっちが好きかなど、大して実にならない話をしていた。


 饒舌じょうぜつではない美夜のつたない話を愁は優しい相槌で聞いてくれる。いつもは話の合間にからかったり茶化すくせに、昨日の愁はほとんど聞き役に徹していた。


(あんな風に弱ったところ見せられると気になっちゃうんだよね)


様子を見に家を訪ねることも考えたが、彼の家には同居人の夏木伶と舞がいる。伶はともかく愁を慕う舞とは顔を会わせ辛い。

舞も愁の恋人だと思っている美夜の訪問にいい顔はしないだろう。


(これじゃあまるでお節介な女みたい。彼女でもないのに……。私って木崎さんの何?)


 愁とはキスもデートもしている。けれど、はっきり付き合おうと言われたわけではなく愛の言葉を囁かれてもいない。


 恋人ではない。友達でもない。友達以上恋人未満の呼び方もしっくりこない。

そもそも美夜自身は愁をどう思っている?

美夜の誕生日の夜に会いたいと言う愁は美夜をどう思っている?


(デートもキス……も嫌じゃない。昨日の電話だって声が聞けて嬉しかった。わからない……)


曖昧な愁との関係に心のもやが濃くなる。この気持ちの正体を認めてしまえば、何かが変わってしまう予感がしていた。

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