3-11

 たっぷりのフリルとレースがついた可愛らしいベッドにピンクの壁紙とシャンデリア、至るところに薔薇とレースのモチーフが散りばめられた室内はまさにプリンセスに用意された部屋。


 レースの枕に頭を沈めた夏木舞は裸の胸元の一部を片腕で隠した。仰向けに寝そべる舞の傍らで、バスローブを纏った男がスマートフォンを向けている。


「綺麗に撮ってね」

『わかってるよ。でもここからだと顔が写ってしまうかも』

「トリミングで切るからいいよぉ」


男が構えた舞のスマートフォンから連続してシャッター音が発射される。高画質のカメラで撮影された写真はパステルピンクのショーツだけを身につけた裸の姿。


 ポーズやカメラの角度を変えて男に撮ってもらった写真は二十枚近くに及んだ。画像フォルダに並ぶ自分の裸の写真に舞は満足げに微笑する。


「これでまたフォロワー増えるかなぁ」

『舞ちゃんを独り占めしたい僕としてはこういう写真は載せて欲しくないなぁ。こうやって相手を見つけているんだろう?』

「ツイッターで仲良くなってもリアルで会う人は少ないよ。そこはちゃんと選んでる」


 撮影された写真は舞のツイッターに載せるためのもの。舞にはツイッターのアカウントが二つある。

ひとつはプライベートな出来事を呟くための日常系アカウント、もうひとつはセクシャルな投稿を主にする裏アカウント。


日常系アカウントは〈まいまい〉、裏アカウントでは〈まいにゃん〉の名義を使用している。

どちらも本名からの派生ではあるが、まいにゃんのアカウントでは顔は非公開にしつつも、下着姿の写真や自慰動画をメインに投稿していた。

まいにゃんのフォロワー数は九五四人。九割が男性名義のアカウントだ。


『ネットには変な男が多いからね。それと舞ちゃんは特別に可愛いから電車での痴漢や盗撮には気を付けるんだよ』

「えぇー、舞にエッチなことしてる吉田さんが言っても説得力なぁーい」


 男の名前は吉田豊、推定四十代。正確な年齢は知らない。

昨年の夏休み、東京ミッドタウンにひとりで買い物に出掛けた時に吉田に声をかけられた。

ナンパの類いは無視を決め込んでいるが、若くして死んだ吉田の妻と舞の容姿が似ていると語る吉田の寂しげな瞳にほだされて彼をほうっておけなくなった。


 月二回程度デートを重ね、五回目のデートで舞は処女を捨てた。

舞と吉田の関係は恋人でも友達でもない。これは例えるなら擬似的な恋人ごっこ。


「男の人は独占欲強いよね。ホテルで撮った写真載せると、今日は誰とエッチしたのってフォロワーが絶対聞いてくるの」

『当たり前だよ。皆、僕だけの舞ちゃんでいて欲しいんだから』


 舞は自分の身体と年齢に需要があると理解していた。どんな男も女の若い肌は好物だ。


 今日の写真には吉田が胸や太ももにつけたキスマークが写り込むように身体の角度や手の位置を計算した。

舞の写真はいいねやリツイートでネットの海に拡散され、明日にはまたフォロワーが増えているだろう。今朝投稿した自慰動画で今日もフォロワーが二十人増えていた。


「あーあ。愁さんも舞が可愛いこと知ってるのになんで振り向いてくれないのぉ?」

『舞ちゃんが大人になるのを待っているんじゃないかな。僕が言えたことではないけど舞ちゃんは未成年だから。愁さんの立場もあるよ』

「舞はいつでも愁さんウェルカムしてるのにさ。一緒に寝てもキスしかしてくれない」


誰に可愛いと言われるよりも愁に可愛いと言われたい。誰に好かれるよりも愁に好かれたい。

SNSで承認欲求を満たしても愁以外の男に抱かれても、埋まらない心の空虚。


『舞ちゃんの初恋が実って欲しいと本当に思っているよ。だけど愁さんと結ばれたら僕とはもう会ってくれなくなるのは寂しいな』

「舞も吉田さんとはずっとお友達でいたいよ」


 髪を撫でる吉田の優しい手つきは愁の手つきを思い出す。幼い頃に父親にこうして頭を撫でてもらう経験が舞にはなかった。

舞を確かな愛情で包み込んでくれたのは兄の伶と愁だけ。養父の夏木十蔵は甘やかしてはくれても伶や愁のような愛情は感じない。


 舞と吉田は大きなベッドでけだるげな時間を共有する。写真を画像加工アプリで加工していた舞のスマホにトークアプリの新着のメッセージが届いた。

送り主は同級生の須藤亜未だ。


[O橋さんに数学と英語の回答送ってもらったよ~]


 Oオー橋とは同じクラスの大橋雪枝のこと。舞は週末用の課題に出された数学と英語のテストプリントを最初から雪枝の回答をアテにして一切手を付けていなかった。


(この答え丸写しすれば宿題終わりっ)


亜未が送ってきた数枚の画像は大橋雪枝の字で書かれたプリント用紙の写真だ。これからも雪枝には役立ってもらおう。


 下の人間は頂点に立つ人間の手足となって働く。歯向かう人間は金で上手くコントロールして操ればいい。

それが舞が養父の夏木を見て学んだ生き方だった。


『そろそろシャワー浴びて支度しようか』

「えー。時間まだ平気でしょぉ?」


 上半身を起こした吉田の腰に後ろから抱き着いた舞は、彼のバスローブの内側に片手を忍ばせた。そこに存在するモノに舞の手が触れると吉田は苦笑してかぶりを振る。


『こらこら。僕も若くないんだよ。二回目は腰も辛いんだ』

「こんな時だけオジサンキャラになるのずるいっ! シャワー浴びながらイチャイチャしよっ? ね?」


 わざとバスローブをはだけさせて露出した胸元に吉田の視線が注がれる。若い女の張り艶のある肌は雄を誘惑してやまない。


 二人分のバスローブが床に散る。誰もいなくなった部屋に流れ続けるシャワーの水音のBGMには時々、男と女の情事の音が紛れていた。


 どれだけ男を知っても埋まらない心の隙間。

いつになれば少女は現実を知るのだろう。

身勝手な大人が作り上げた残酷で理不尽な現実を。



Act3.END

→エピローグ に続く

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