3-9
6月10日(Sun)
ねずみ色の空から零れ落ちる水滴は死者を弔う涙。道を覆う水溜まりに現れたもうひとつの世界を九条大河が運転する車が切り裂いた。
フロントガラスのワイパーは休む暇もなく雨粒を拭いている。
『今日もよく降るな』
「梅雨だからね。九条くんまた寝癖ついてる」
『うるせぇ。これは癖毛だ。湿気でうねるんだよ』
車の行き先は川島拓司が経営していた調布市の製紙会社。会社の地下倉庫の床からは被害者三人の血液が、川島の車のトランクからも被害者の毛髪が検出された。
ネット通販で購入したスタンガンや寝袋の届け先は豊北団地の川島宅、製紙会社の合鍵も見つかった。
遺棄の際に被害者の身体を覆っていたビニール袋も調布市内のスーパーで簡単に手に入る品物だ。
以上の物証から川島拓司が本件の重要参考人と断定されたが、その川島も殺害された。
彼の身体には川島蛍の友人、西村光の体液が付着していた。
蛍の部屋にあった使用済みのコンドームからも川島と光の体液を検出。川島は殺される間際に光と性交渉に及んでいたと推測できる。
『川島と光は恋愛してたと思うか? 娘の友達と関係を持つってどう考えてもまともな感覚じゃない』
「恋愛ではなかったでしょうね。それに娘の友達と知っていながら援助交際していた男もいるよ」
『そんな男いる?』
「私の父親」
美夜の発言に九条は口を開けて放心した。彼はハンドルを握ったまま助手席の美夜に目を向ける。
『……まじ?』
「九条くん前見て。刑事が脇見運転で事故なんて洒落にならない』
冷静な美夜に諭された九条は慌てて視線を前方に戻す。美夜にとっては過去の話でも、九条はバツが悪そうに肩をすくめた。
『……なんか、ごめん。まともな感覚じゃないとか言って』
「気にしてないよ。九条くんが謝ることでもない。実際に川島以外にもそういう人間がいたって話。まともな感覚をした大人は未成年と援助交際はしないよね」
美夜は微笑してかぶりを振る。もう何年も会っていないぼやけた父親の顔が浮かんだが、あの男に会いたいとすら思わない。
「川島と光も恋愛じゃなかったのよ」
川島と光の共犯関係には不明な点が多い。川島宅には至るところに光の毛髪や指紋が置き去りにされていた。まるで光が蛍の身代わりをしているみたいに。
『けど川島がどこまで犯行に関与していたのかわからないのが厄介だよな。川島も光も死んでるから聴取もできない』
「ターゲットの呼び出しを光が、拉致して製紙会社の地下まで連れて行く役目を川島が請け負っていたんだと思う。光は運転免許を持っていないから拉致も死体遺棄も川島の協力がないと成立しない」
重要参考人が二人とも死亡している今となっては残された証拠品や犯行の足跡を辿って彼らの動機や行動を読みとくしかない。
調布に到着した二人は足早に四角い建物の軒下に潜り込んだ。幽霊屋敷と化した製紙会社の敷地には一足先に到着した深沢班の刑事と鑑識係が入り乱れている。
ここへ最初に捜査に入った真紀と杉浦が電源の入っていない三つのスマートフォンを押収している。スマホはそれぞれ被害者三人の物だ。
光が自殺する直前まで所持していた川島蛍のスマートフォンには[ホタル]名義のトークアプリが存在していた。
川島は蛍の死後も娘の携帯電話の契約を続けていた。未成年者の携帯電話の契約は保護者名義であり、使用者は蛍でも契約者は父親の川島だ。
使われないスマホの料金を払い続ける川島の心情は定かではない。それを利用した光は[ホタル]として被害者と連絡を取っていた。
第二の被害者、大久保義人のツイッターに書き込まれた[明日ホタルに会える]は光との約束を意味していたと思われる。
『川島には大久保殺しのアリバイがある。それに犯行に使用したナイフとゴム手袋も光の指紋しかでなかった』
「川島の頸部の傷と被害者三人の傷はナイフの角度や力加減が一致してる。あと母親もね。母親と四人の男を殺したのは光で間違いない」
豊北団地四号棟の二○三号室からは西村光の母親の遺体も見つかっている。母親の死亡推定時刻は川島が殺される2時間前。
光は母親を殺害後に川島宅を訪問。川島と性交渉した後、川島も殺害した。
川島殺害に至った光の動機はわからない。共犯関係の仲間割れか、口封じ?
そのどちらにも思えないのはどうしてだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます