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二人用の小さなダイニングテーブルに用意されたカレー。半年前はカップラーメンを食べて過ごしていた川島も今では自炊をするまでになった。
無骨な切り方のじゃがいもやニンジンが煮込まれたカレーはレトルトのカレーよりは美味しかった。
「今日、誕生日なの」
『そうか……。今日だったんだ』
「もうじき今日が終わるのに誰からもおめでとうのメッセージは来ない。中学の友達とは絶縁してるし携帯の番号も変えてるから誰からも連絡来ないのは当たり前だけどね」
帰宅して早々に投げ捨てたリュックから二つのスマートフォンを取り出した。二つのスマホにはバニーガールのイラストが描かれたスマホケースを色違いで付けている。
ケースの色はパステルピンクとシルバー。
パステルピンクのケースがついたスマホのランプが点滅している。今日相手した
『高校に友達はいないのかい?』
「蛍以外の人と付き合いないもん。蛍が死んだ時にあの子を責めた人間ばかりだから関わりたくない」
高田への返信を後回しにして光はカレーを掻き込んだ。
「お母さんは私の誕生日も忘れてる。あの人は自分の幸せをぶち壊した私が憎くてたまらないんだ」
『……少し待っていて。すぐ戻ってくる』
川島は財布を携え、サンダルを突っ掛けて玄関を出ていった。完食したカレーの食器を洗って片付けた光は今度はシルバーのカバーのついたスマホを気だるげに眺めた。
インスタグラムのアプリを開くとアイドルグループ
フルリールは一番人気でセンターポジションにいた
莉愛に代わって現在のセンターポジションにいる
果林の投稿は愛用のアイシャドウの紹介だった。イイネの印のハートマークをタップして画面を下にスクロールする。
次に現れたのは大学生人気インスタグラマーの来栖愛佳の投稿だった。
1時間前に投稿された愛佳のインスタは彼女が愛用しているスキンケア用品の写真と商品名が掲載されていた。
化粧水、美白美容液、アイクリーム、保湿クリームのボトルがドレッサーに並んでいる写真だ。美白美容液や保湿クリームは高校生の光には手が出せない有名ブランドの商品だったが、化粧水はドラッグストアで購入できる安価な物だった。
四十六件届いているコメントでは、「同じ美容液を愛用しています」「愛佳さんオススメの物は間違いがないので買ってみます」「プチプラの化粧水に親近感がわきました」「今度ポーチの中身も紹介してください」と、愛佳を賞賛するコメントで溢れていた。
光も愛佳のインスタの投稿をスクリーンショットしてデータ保存した。次の化粧水は愛佳が載せているこの化粧水にしてみよう。
光が惰性に過ごしている間もまだ川島は帰ってこない。
スマホの時間表示が23時24分になった時、川島が帰宅した。彼は手にビニール袋を提げていた。
「どこ行ってたの?」
『コンビニだよ。はい、これ』
渡されたビニール袋の中身は二個入りの苺のショートケーキ。綺麗な二等辺三角形の二つのケーキが四角いケースに窮屈そうに収められている。
「私の?」
『安物で申し訳ない。この時間だとスーパーも閉まっていてこれぐらいしかなくてね。でもあと30分は君の誕生日だ。おめでとう』
今日初めて言われたおめでとうの言葉。光は小声でありがとうと呟いてケースの蓋を開いた。
本当はショートケーキは好きではない。川島はきっとショートケーキが嫌いな女はいないと思っている。
蛍は苺のショートケーキが大好きだった。川島の基準はいつだって娘の蛍だ。
「川島さんは良い父親だったんだね」
『どうかな』
「私の父親はケーキすら買ってこなかったよ。誕生日プレゼントも参考書。成績と学歴重視の父親だったの。それに比べたら川島さんは良い父親だよ」
川島はどこのコンビニに行って来たのだろう? 団地の敷地を出た大通り沿いのコンビニには母が勤めている。団地から一番近いコンビニはあそこしかない。
川島が購入したこのケーキの会計をもしも母がしたのなら、面白くて笑えてくる。
「蛍も来週誕生日だよね」
『君と同じ十八歳か……。早いな』
光はショートケーキの頂点をスプーンで削って口に入れる。当たり前に甘い。
彼女は二口、三口とケーキを咀嚼した。
30分後には6月5日が終わる。今夜の空は雨が降りそうで降らない、光の瞳と同じ濁った黒色だった。
Act1. END
→Act2.鬼灯と空蝉 に続く
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