Act2.鬼灯と空蝉
2-1
6月6日(Wed)
梅雨入り初日の今朝は分厚くて黒い雲が太陽を覆い隠している。
誰かが除湿に設定したエアコンは吹き出し口から小言を喋り、出番にはいささか早い扇風機が部屋の片隅で首を振った。
神田美夜はコンビニのサンドイッチを片手にパソコンに表示された捜査資料のデータを眺めていた。
被害者三人の出身地、居住地、学校、勤務先、いずれも接点や共通点は皆無。
死体発見現場は
尾野は5月19日土曜の12時に高円寺駅下車、大久保は5月27日土曜の11時半に新宿駅下車、池原は6月2日土曜の13時に池袋駅下車で交通ICカードの利用履歴止まったまま以降の足取りは不明。
〈明日ホタルに会える〉第二の被害者の大久保義人がツイッターに残した“ホタル”が何を指し示すのかも、いまだ判明していない。
殺害された他の二人に関しては第一の被害者の尾野のツイッターなどのSNSは自宅や会社のパソコンからは確認できず、尾野の周囲で彼のSNSアカウントを知る人間もいなかった。
第三の被害者となった池原のツイッターのアカウントは池原の友人が知っていた。友人に見せられた池原のツイッターにはどこにもホタルを連想させる書き込みは見当たらない。
家族や友人、職場の証言では被害者の三人ともホタルと名のつく人や場所に縁はない。
彼らが土曜の昼に高円寺駅、新宿駅、池袋駅に出向いた目的がわからない。
『それが朝飯?
「人の食事にケチつける前に寝癖直しなよ」
隣のデスクの九条大河は美夜に指摘された寝癖を撫で付けた。彼はあくびを噛み殺して美夜のパソコン画面を覗き込む。
『そんな眉間にシワ寄せた顔で捜査資料睨み付けてどうした?』
「被害者の三人、何か似てると思わない?」
『共通点は四十前後の年齢とサラリーマンってことだけだろ?』
「それだけじゃないよ。三人とも身長170センチ程度の中肉、黒髪短髪、顔立ちは冴えないけど人の良さそうな顔に見えない?」
パソコンには被害者三人の身体データが表示され、美夜のデスクには遺族に借りた彼らの生前の写真が並ぶ。
九条は第一の被害者の尾野章介、第二の被害者の大久保義人、第三の被害者の池原秀樹の顔写真を見比べた。
『友達の借金背負ったり変な宗教に無理やり入会させられたりしそうなタイプ。押しに弱そうな顔だ』
「でしょう? これって偶然? ……主任、おはようございます」
「おはよう」
上司の小山真紀の席は美夜と九条の向かい側。九条がデスクから身を乗り出した。
『お子さんの具合は大丈夫ですか?』
「熱も微熱まで下がった。昨日途中で抜けてごめんね。今日は旦那が看てくれてる」
昨日は熱を出した次男の看病で真紀は午後に早退した。彼女の夫は現在の官房長官である武田健造氏の甥。
どのような経緯で刑事が政治家の甥と結婚に至ったのか九条は気にしていたが、美夜は上司や同僚のプライベートには立ち入らない主義だ。
「で、二人して妙な顔してるね。何かあった?」
『神田が被害者の共通点を見つけたんですよ』
「これを見てください。被害者三人の外見的な特徴が似ているんです」
美夜は被害者三人の顔写真を真紀の前に並べた。彼女は第一の被害者、尾野章介を指差し、次に第二の被害者、大久保義人を指した。
「まず髪型の類似です。全員が黒髪に短髪。体型は多少の中年太りはあっても中肉、成人男性の平均身長並の中背、タレ目で、どちらかと言えば冴えない、押しに弱そうな顔立ちをしています」
「確かにここまで揃うとターゲットを絞って狙った犯行としか思えないね。それに大久保のツイッターに書かれたホタル……」
真紀は額に手を当てうつむいていた。もしや息子の風邪がうつって体調が優れないのだろうか。
美夜と九条が声をかけようとした矢先、彼女は顔を上げた。
「神田さんさっき、被害者の外見の特徴が似てるって言ったよね?」
「はい。被害者三人には似た特徴があります」
「……二人とも今から資料室行くよ」
サラリーマン殺人事件の捜査資料ならすべて手元に揃っている。
資料室に行かなければならない理由もわからず困惑の表情の美夜と九条は、真紀の後を追って資料室に向かった。
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