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 資料室の扉横の指紋認証装置に真紀が指を触れると真紀の指紋を認知した装置が資料室のロックを解除した。


ロックが開いた扉から三人は室内に入った。書類ファイルが敷き詰められたスチール棚に囲まれた一角に、数台のパソコンがある。


 パソコンの端末で資料の検索をかけた真紀はある事件の捜査データを画面に表示した。


「去年の6月に女子高校生が殺された。被害者の名前は川島蛍。当時十六歳の高校二年生」


美夜と九条は真紀の隣のパイプ椅子に腰掛けてそれぞれ画面を凝視する。


 2017年6月11日日曜日の早朝。

東京都東久留米ひがしくるめ市の畑道で女性の遺体が見つかった。

発見時の被害者は全裸で所持品はなく身元は不明。身体的な特徴から年齢は十代後半から二十代前半と推測された。


ちょうど関東を中心に未成年者の集団自殺事件が続発していた時期と重なり、集団自殺に関連した強姦殺人の可能性も視野に入れて東久留米の所轄署から警視庁に捜査協力の要請があった。


 死亡推定時刻は6月10日の夕方から夜。

10日の午後4時頃に被害者が東久留米市の隣の西東京市内のコンビニに男と一緒に立ち寄っていたと目撃証言があり、防犯カメラには被害者と中年の男が店内で共に買い物をする姿が映っていた。


防犯カメラ映像とコンビニ周辺の主要道路のNシステムに記録された男の車両ナンバーから身元はすぐに割れた。


 男は練馬区に住む会社員の中井道也、四十一歳。中井が所有する車から被害者の衣服と所持品が見つかり、被害者の身元が東京都北区在住の高校生、川島蛍と判明。


 中井が所持していた蛍のスマートフォンには、複数の相手との援助交際を匂わせる会話がツイッター上に残っていた。

蛍が投稿したパパ活相手募集のツイートに中井が食い付き、二人は6月10日土曜日に池袋駅で待ち合わせをした。


ツイッターでの二人のやりとりの記録から蛍が中井に提示した条件は行き帰りの電車賃と食事代は相手持ち、デートは1時間につき五千円。


 蛍は10日に北区の自宅から池袋駅まで電車で出向き、迎えに来た中井の車に乗って都心部を離れて郊外に。この日は食事も含めた4時間のドライブデートだったようだ。


けれど帰りの車内で中井は肉体関係を蛍に要求した。

蛍は条件にはない性的行為を許可するつもりはなく要求を断ったが、逆上した中井は蛍の首を絞めて殺害。蛍を無理やり犯したと思われる痕跡が蛍の身体から見つかっている。


 中井は蛍の死体を人気ひとけのない東久留米市の畑道に放置。近隣の住人が蛍を発見するまで蛍は冷たい雨に全身を打たれていた。


「神田さんが気付いた被害者達の特徴と逮捕当時の中井の特徴が似ているの」


 中井は見た目には人を殺すとは思えない気の弱そうな顔立ちだった。尾野、大久保、池原の三人と顔の特徴が似ている。


「中井には妻と中学生の娘がいた。家で妻と娘に邪険に扱われていたから、パパ活の相手をすることで良いパパを演じて自分を満たしていたの。だけど女子高生とデートを繰り返すうちに、身体が欲しくなったって言ってた。それで犠牲になったのが川島蛍」


 美夜は川島蛍の家族の項目に目を留める。

蛍の父親の名前は川島拓司。現住所は東京都北区豊島五丁目、都営豊北とよきた団地六号棟の五○七号室。


「被害者の家族は父親だけなんですね」

「母親は病死してる。蛍の父親は会社を経営していたんだけど、倒産してね。借金もあったみたい。蛍は自分の学費を稼ごうとしてパパ活をしていたのよ」


 川島家は以前は調布市の一戸建てに住む比較的裕福な家庭だった。蛍が三歳の時に両親が離婚、2年後に母親が川島と再婚した。

母親の再婚相手の川島と蛍には血の繋がりがない。


蛍が十三歳の冬に母親が持病の悪化のため病死。そこから川島家の不幸が立て続けに起きた。

3年前に親から引き継いだ製紙会社が不況のあおりを受け経営難で倒産。

川島と蛍は調布市の家を出て北区の団地での生活を余儀なくされた。


「当時は中井だけでなく蛍も世間から批判されていた。パパ活で殺されたんだから自業自得だってね。娘を失っただけでなく、死んだ後も世間から娘が中傷される日々に心を病んだ父親は一時期、精神科に通っていたと聞いてる」


 ネットを使った被害者や被害者家族へのバッシングも近年問題になっている。八王子パパ活殺人も被害者の井上香奈への批判の書き込みが絶えなかった。


昨年殺された川島蛍にも香奈と同様の批判の矢が向けられただろう。その矢は死んだ蛍ではなく残された遺族に突き刺さる。


ネットの書き込みの意見には誹謗中傷だけではなく正論も多い。大概が正論だとも言える。

その正論も本来は親や教師が子どもに言って聞かせなければならない言葉だ。


 未成年者が殺されたニュースが流れると世間の人々は口々に可哀想、と言う。


けれど後に被害者が援助交際をしていた事実が報道されるや否や、世間の反応は被害者への同情から批判に変わる。ひとつでも罪があれば人はその罪を叩く。


人間は手のひら返しの生き物だ。

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