2-9
静寂に包まれた捜査一課のフロアに足音が響く。コンビニの袋を提げた九条大河が美夜の隣席に腰を降ろした。
美夜のデスクにはタブレット端末の横に川島蛍の事件に関する捜査資料の束が山積みに置かれている。
『また川島蛍の捜査資料見てんの? 川島のアリバイは立証されただろ』
「都合良く現れた6月2日のレシートがどうしても気になるのよ」
第三の被害者、池原秀樹の死亡推定時刻である6月2日の20時から22時頃の川島のアリバイは成立した。彼が所持していたスーパーのレシートの会計時刻とスーパーの防犯カメラ映像に買い物をする川島の姿が映っていた。
大久保義人のツイート〈ホタルに会える〉から昨年殺された川島蛍を連想したが、蛍の父親の川島にアリバイがある以上は捜査線上から川島犯人説は除外される。
『レシートはアリバイ工作で、川島の共犯者が殺したって線を考えてるんだろ? ガイシャの特徴が中井道也と似てるからって飛躍し過ぎじゃねぇの?』
「じゃあ蛍を殺した中井と被害者三人の容姿の類似をどう説明付ける? あの大久保のツイートも、ホタルって誰のこと?」
『それは……』
菓子パンを頬張る九条は口ごもった。美夜は九条に渡されたチョコロールパンの袋を開け、空腹の胃にチョコパンを投げ込む。
捜査資料に記載された川島蛍のインスタグラムのアカウント名を検索すると、タブレットにインスタグラムの画面が現れた。
「蛍のインスタのアカウントまだ消えてないね」
『川島にしてみれば娘の思い出アルバムみたいなものだから消せないさ。事件で蛍のパパ活が報道された後は蛍を中傷するコメントが書き込まれて荒らされたんで、インスタ非公開にしたって資料に書いてあった』
現在は非公開となっているため蛍のアカウントを閲覧できない。[このアカウントは非公開です]と表示された蛍のインスタの投稿数は一〇三、フォロワーは一人、フォローは七人。
当時のインスタグラム画像が掲載された捜査資料と見比べるとフォロワー数とフォロー数が減っている。
「今はフォロワーが一人しかいないね。元は三十人程度だったフォロワーが最後の一人になったみたい。このフォロワー誰なんだろ」
『更新されない幽霊SNSを今でもフォローし続けてるなら、そいつも幽霊アカウントかもな。パスワードがわからなくなってログインできなくなったとか?』
スマートフォンなどの機種変更時にSNSのパスワードが不明でアカウントにログインできず、削除もされずに使われないままネットの海を
故人が生前に使用していたSNSアカウントも使用者以外にパスワードがわからずに遺族がアカウントを削除できない事例も多い。
彼女は資料の束をめくる。次のページには蛍のツイッターとインスタグラムの投稿がいくつか記録されている。
蛍はツイッターでパパ活相手を募っていた。蛍を殺害した中井道也ともツイッターを介して知り合っている。
ツイッターのフォロワー数はインスタグラムよりも遥かに多い百九十三人。投稿内容もツイッターはパパ活募集のツイートのみ。
ツイッターはパパ活の営業用、インスタグラムは日常用と使い分けていたようだ。
「蛍と一緒に写ってる子、どれも同じ子だ。同じ制服着てるから高校の友達ね。名前は……ひかり?」
インスタには制服姿の少女二人のプリクラ画像の投稿がある。投稿日は2017年5月19日、殺される1ヶ月前だ。
投稿に添えられたキャプションには[テスト終わった❤️ひかりと池袋で遊んだよ]と記されている。
『ホタルとヒカリか。示し合わせたような名前。それにしても最近のプリクラは昔に比べて顔が宇宙人になるな。目が不自然にでかくてすげぇ不気味。今の高校生はこれが可愛いと思ってるのか』
蛍のインスタはほとんどの投稿に#ljk、#jk1、#likeforlike、などSNSならではの暗号染みた記号や文字が並んでいた。意味を知らない人間にとっては解読不能な文字列だ。
「感覚が麻痺しちゃうのかもね。世代じゃないけどルーズソックスや日焼けサロンも当時の人達はこれでいいって思ってやっていたんじゃない?」
『ルーズも日焼けサロンもドンピシャ世代以外には理解し難いものがあった』
「だけど下の世代を見て今時の若者は……と言い出したら自分が年寄りになってる証拠よね」
『俺らが高校の頃も上の世代には散々そうやって言われてきたしな』
1990年代から続くプリクラ文化やスマートフォン普及に伴う近年のアプリ加工文化の流行を先導しているのは若年層でも、機能を作り出しているのは大人だ。
「九条くんもプリクラ撮ったりしてた?」
『高校の頃はたまに。ゲーセンは高校生の遊び場だっただろ?』
「ふぅん。そういうものなのね」
大人が作ったビジネスの流れに子どもが乗せられているのか、子どもが流れを作るから大人がそれをビジネスに利用するのか、卵が先か
『今日は家の布団で寝る。お前も徹夜すんなよ。あと、ここ。チョコついてるぞ』
九条が自分の口の端を指差した。指摘されて初めて口についたチョコの存在に気付いた美夜は慌ててその焦げ茶色をティッシュで拭う。
考え事をしながらの食事は他に注意が向かなくなるものだ。
「……お疲れ様」
『お疲れさん』
何故か上機嫌に口笛を拭く九条の背中を赤い顔で見送り、美夜はデスクに向き直った。
高校の制服は蛍が在学していた北区の高校に間違いない。明日このヒカリという少女に会いに行こう。
疲れた身体を引きずって美夜も警視庁を後にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます