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梅雨時のお洗濯物……、湿気でうねる髪に……、紫外線カット……、集中美白……、チカチカと目に痛い黄色い用紙に蛍光ピンクと赤ペンで書かれたセンスのない店内ポップ。
6月のドラッグストアは梅雨の時期特有の湿っぽさと迫りくる夏を予感させる単語が店内を埋め尽くしている。
春に比べるとスキンケア商品のラインナップも一目で美白用とわかる青や白色のボトルが多くなった。
光はインスタグラマーの来栖愛佳オススメの化粧水を見つけた。陳列棚に並ぶ化粧水は二種類ある。ひとつには“今だけ増量”のシールが貼られていた。
確かに普通サイズよりボトルが少し大きい。
増量シールがついていない化粧水ボトルを買い物カゴに放り込み、彼女は化粧品のコーナーに足を向けた。
アイドルの及川果林のインスタグラムに愛用のアイシャドウが掲載されていた。低価格で販売されている
mellow candyの棚の前で光はアンティークゴールドの単色アイシャドウを手に取った。果林がインスタで紹介していた色と同じ物。
ゴールドのアイシャドウが自分に似合うかわからない。光はメイクには興味がない。
けれど蛍はメイクやヘアアレンジが好きな女の子だった。
高校卒業後は美容専門学校に通って美容師になりたいと将来の夢を嬉々として語っていた蛍の夢は二度と叶わない。
メイクが得意な蛍ならゴールドのアイシャドウも難なく使いこなしてしまうだろう。
「あ……ゴムなくなったんだ」
ひとりごちして彼女は店内を半周する。生理用品売り場の近くに陳列された十二個入りの避妊具の箱を選んで彼女はレジの列に並ぶ。
会計を対応した若い男性店員がコンドームの箱を見た途端に口元をニヤニヤさせて気持ちが悪かった。
コンドームや生理用品の会計は真顔で済ませてもらいたい。水着の女が表紙を飾るグラビア雑誌や卑猥なタイトルの漫画を涼しい顔で会計するコンビニや書店の店員の方がこの男よりもよっぽどプロフェッショナルだ。
高校生がコンドームを購入するのは法律違反ではない。あからさまに店員から性的な視線を向けられると益々、女が避妊具を買い辛くなる。
ドラッグストアの袋を提げて六号棟の川島宅に帰宅した。玄関に入った途端に香る匂いは懐かしい煮物の匂い。
『おかえり。遅かったね。今日は仕事はやらないって言ってなかった?』
「買い物してた」
キッチンに立つ川島は真剣な顔で鍋の中身を覗き込んでいた。
煮物の匂いには種類がある。光は鍋の中身を見ずに煮物の正体を口にした。
「肉じゃが?」
『よくわかったね。初めて作ったんだ。味付けが上手くできているといいんだけど』
慣れない料理に悪戦苦闘しながらも楽しそうに煮物の世話を焼く川島は良い父親、良い旦那に見えた。妻と娘が存命の頃は家事をしなかったと言うのだから皮肉なものだ。
娘の蛍が食べられなかった川島の手料理を光は不思議な罪悪感と共に飲み込んだ。肉じゃがは味は薄いがじゃがいもが柔らかくて美味しかった。
『昼間、刑事が来たよ』
「会社に?」
『ああ。来たのは女と男の二人だ。名刺を持ってくるよ』
席を立った川島は小さな紙切れを持って戻ってきた。名刺の名前は神田美夜、所属は警視庁刑事課となっている。
「川島さんが疑われてるの?」
『6月2日のアリバイを確認されたよ。三人の被害者が蛍を殺したあの男に似ていると思うかと聞かれた』
「警察もそれほど無能ではないみたいだね」
『僕は警察に見張られているかもしれない。しばらくは動かないでおこう』
「……わかった。川島さんが動けないとなると車が使えないもんね」
しばらく無言を共有して二人は食事に専念した。不揃いな大きさ、形のじゃがいもを頬張りながら光は川島不在でも成り立つプランを模索する。
警察が川島の存在に気付くタイミングが予想よりも早い。この復讐ゲームもそろそろ潮時か。
タイムリミットは蛍の命日の6月10日。
どうせその日になれば全てが終わる。
殺せるなら、なんでもいい。
殺せるなら、誰でもいい。
「車出してくれる人に心当たりあるんだ。頼んでみる」
『その人は君がしていることを知っているの?』
「知ってるよ。私に人殺しのやり方教えてくれた人」
『男?』
川島は何故そんなことを聞くのだろう。協力者の性別など関係ないはずだ。
「男だよ。だから川島さんは何もしなくていいよ。獲物は私だけで狩る」
計画実行は予定通り今週土曜日。
川島に狙いを定めた警察も光には辿り着けない。彼女は幽霊みたいなものだから。
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