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 第二会議室には真紀の班の他には深沢警部が指揮する第八係の刑事が五人と見慣れない二人の刑事が集まっていた。


 上野一課長が会議室に入ると深沢班の刑事が号令をかけて全員が起立、着席した。上野の補佐を務める捜査一課の係長がまず所轄の刑事二人を紹介する。

二人は稲城いなぎ市を管轄する多摩中央警察署と狛江こまえ市を管轄する調布警察署の刑事だった。


美夜と九条は配布されたタブレット端末の電源を入れた。全員に端末が行き渡ったことを確認した上野が話を始める。


『5月29日午前7時過ぎ、狛江市で男性の他殺体が見つかった。ファイル2を見てくれ』


 上野の指示で刑事達はタブレット端末に保存されたデータからファイル2を選択する。被害者の身元のデータが表示された。

被害者は練馬区在住の大久保義人。職業は電気メーカーのサラリーマン。


『発見時、ガイシャは裸をポリ袋で覆われた状態で寝袋に押し込められていた』


添付された現場写真には発見時の大久保の無惨な姿が晒されている。使用されたポリ袋は多摩地域に広く流通している家庭用ゴミ袋だと断定された。

包帯男さながらにポリ袋の上から全身に巻かれたガムテープにも指紋はなし。寝袋もアウトドア用品として流通しているありふれた品物だ。


 大久保の身体には無数の刺し傷があった。死因は出血性ショック。

致命傷は頸部の刺し傷だ。さらに大久保義人の下半身には生物学的な雄には当然あるべき生殖器がついていなかった。


『解剖の結果、局部は被害者が生きている間に切り取られたと判断された』


上野の話が局部切断に触れると会議室がざわついた。切り取られた局部は遺体と一緒に寝袋の中に無造作に放置されていたようだ。

九条が隣席の美夜に囁く。


『生きてる間に局部切断ってえげつなっ。男のシンボルを……』

「だから切ったんじゃない? 去勢のつもりかな」

『その身も蓋もない言い方もえげつなっ。被害者が女だったら胸を切るのか?』

「女の死体も出てきたら胸なしかもね。胸なんてあってもなくても困らないものだけど」


 会議室に集う刑事のうち女性刑事は真紀と美夜、深沢班の多田ただ真利子まりこ刑事の三人だが、彼女達は局部切断の遺体写真を見ても平然としている。

むしろ局部切断に顔を青くしているのは男性刑事達だ。


『静かに。話を続ける』


騒然とする室内が係長の一言で沈黙を取り戻す。再び上野一課長が口を開いた。


『次はファイル1を開いてくれ』


 ファイル1は先週5月21日に稲城いなぎ市で起きた中年男性殺人事件のデータだった。

殺害されたのは健康食品会社勤務の尾野章介、四十一歳。発見時、尾野は大久保と同様に全裸にポリ袋とガムテープを巻きつけられ、寝袋に入った状態で遺棄されていた。


 被害者の身元が即座に判明したのは遺体と共に寝袋に詰め込まれた財布に残された免許証だ。

狛江市で見つかった大久保義人も彼の所持品と思われる財布や交通系ICカードが寝袋に納まっていた。両事件とも所持品には被害者のスマートフォンがなく、現場周辺からも発見されていない。


(二つの事件ともに所持品にスマホがない。犯人が持ち去ったのならスマホには犯人を特定できる何かのデータが入っていた?)


 スマートフォンには所有者の個性が出る。インストールしたアプリ、ネットの検索履歴や閲覧履歴、トークアプリやメールの会話は趣味嗜好や交遊関係を可視化する。

SNSのフォロワー欄を見るだけでも交遊関係の把握には充分だ。


 第一の被害者の尾野も第二の被害者の大久保も身体にスタンガンの痕跡が見られた。どこかで気絶させられ、殺害現場に運び込まれたのだろう。


両被害者の体型は尾野が169センチ62キロ、大久保が172センチ65キロ。

普通体型の成人男性を運ぶのは一苦労だ。ましてや死後硬直の最中ではかなりの労力になる。

複数犯の可能性もあり、おそらくひとりは運転免許を所持している。


『稲城と狛江の犯行手口の一致から、本件を連続殺人事件として稲城及び狛江を管轄地域とする所轄と警視庁が合同で捜査をする』


 捜査の割り振りが決定した。真紀の班は大久保の人間関係の捜査を行う鑑取かんどり担当だ。

大久保義人が所持していた交通系ICカードの利用履歴から事件前の彼の行動を辿る。


 月曜から金曜まで毎日同じ時間帯に自宅最寄りの新江古田駅と会社最寄りの新宿駅を行き来する典型的なサラリーマンは何故か土曜日の午前11時に新江古田駅から大江戸線に乗り、新宿駅で下車している。


履歴は新宿駅で止まっているため、以降の足取りは不明。彼が休日に何の用があって新宿に出向いたのか同居している親も知らないと言う。

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