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 小山真紀が井上香菜と対面したのは今年の初め。未成年者集団自殺事件で自殺した少女に関係した人物として香菜を聴取した時だ。

香菜は聴取の最中でも片時もスマートフォンを手放さず、大人を小馬鹿にした少女だった。

しかし先ほど写真で見た少女の死に顔には生前の生意気さは跡形もなかった。


 長年刑事をしていれば別件の事件関係者と最悪の形で再会することもしばしばある。天井を見上げて彼女はひとつ深呼吸をした。

直後に響いたノックに応えると部下の神田美夜が扉の隙間からこちらの様子を窺っていた。


「なにー?」

「10時半に捜査会議を始めるから第二会議室に来てくれと一課長が……」

「うちに帳場が立ったのね。何の事件か聞いてる?」

「いいえ。ただ、所轄の刑事が何人か来ているようです」

「所轄との合同捜査か。それ系の事件最近あったかな……」


ティッシュでさっと拭った目元にはまだ悲愴の形跡が残っていた。美夜は真紀の涙に気づかないフリをしてくれている。


泣いている理由を尋ねるでもなく、驚くでもない。普段と変わらない態度で接する美夜は一見冷たい人間に見えるだろう。

それが美夜なりの気遣いだと真紀はわかっていた。


「八王子の事件の話聞きました。被害者は主任が未成年者の集団自殺事件の聴取をした子なんですね。どんな子だったんです?」

「大人を舐めてる生意気な子だったよ。私は香菜がパパ活していたと知ってた。集団自殺の捜査の過程で香菜のインスタを見つけてね。あきらかに高校生の金銭感覚ではなかった。香菜にお金を渡している大人が裏にいたのよ」


 香菜のインスタグラムは多数のブランドバッグやアクセサリー、高級料理店の食事、左ハンドルと思われる車内や三つ星のシティホテルの室内で撮影された自撮り写真など、当時十六歳とは思えない派手な生活の投稿で埋め尽くされていた。


料理店、車内、ホテルの室内のいずれも同行者の姿は写されていない。


「あの子の親でも生活安全課の刑事でもない私は集団自殺の捜査を優先して香菜のパパ活には目を瞑った。でもあの時にちゃんと大人の怖さや男の怖さを教えておくべきだったのよ。香菜には彼女のためを思って叱ってくれる大人がひとりもいなかった」


 あの時、平然とスマホを触りながら人の話を聞き流す香菜を教師は叱らなかった。

教育委員会幹部の父親は香菜がいじめの主犯格だったこともパパ活の事実も知らない。


子どもに愛情を与えることと甘やかすことは似て非なる。両者には大きな違いがあるが、愛情と甘やかしを履き違えている親は多い。


「主任が諭したとしても被害者がパパ活を止めていたかはわかりません。それに援助交際は自己責任ではないでしょうか? 売る側にも買う側にも非があります」

「そうね。自分を売って小遣い稼ぎをしようと決めたのは香菜自身。そういう意見があっても否定できない」

「私は自分の身体を売って稼ぐ行為は気持ち悪いと思ってしまうんです。先月のデリヘル殺人の被害者達もそうでしたが、稼ぎが良くてもわざわざあの仕事を選ぶ女が理解できません」

「それって10年前の同級生の事件が関係してる?」


 先に廊下に出ていた美夜は一瞬の狼狽を見せた。これまで動揺や怒りも見せずに淡々と職務をこなしていた美夜が真紀の前で初めて見せた感情の揺らぎだった。


「……ご存知だったんですね」

「一課長に聞いたのよ。同級生を殺した援助交際の相手の男も同じ日に殺されている。男を殺した犯人はわからずに今も未解決扱い」


埼玉の女子高校生殺人は被疑者死亡で一応の幕は降りている。問題は女子高校生を殺害した不動産会社社長とその夫人の射殺事件だ。


「あなたが刑事になったのは男を殺した犯人を突き止めたいから?」

「そんな綺麗な動機じゃありませんよ。私にそこまでの正義感があれば刑事にはなっていません」


 大義名分を掲げて人殺しをしたいがために警察官になった人間を真紀は知っている。

美夜があちら側の人間だとは思わないが、真紀が神田美夜という人間を理解するにはまだ時間がかかりそうだ。

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